著名人の「自殺報道」はどうあるべきか。過激さ先行する報道に、専門家が危惧する「負の影響」

一部のセンセーショナルな報道は「不安を抱える人を、自殺に向けて背中を押すことになりかねない」と専門家は指摘する。

人気リアリティショー 『テラスハウス』に出演していたプロレスラー、木村花さんが亡くなったことについて、多くのメディアが取り上げている。

木村さんの死因は公表されておらず、所属事務所スターダムは「木村花選手のご逝去については、警察による判断の結果、事件性は無いものと伺っております。より詳しい死因等につきましては、ご遺族のご意向により公表を差し控えさせて頂きます」と発表している。

報道機関の中には、木村さんがどのように亡くなったか、現場の状況などを詳細に報じているメディアもある。

木村花さん=2020年3月8日撮影
木村花さん=2020年3月8日撮影
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WHOによる「自殺報道ガイドライン」

新聞やテレビ、ネットなどでの自殺報道のあとには、自殺が増加する可能性があると世界保健機関(WHO)が発表している。その中でも、著名人などの自身と重ね合わせやすい人の死は、その可能性をさらに高める。WHOは「自殺報道ガイドライン」を公表し、報道において「やるべきこと」と「やるべきでないこと」を具体的に列記している。

その中では、自殺に用いた手段について明確に表現したり、自殺が発生した現場や場所の詳細を伝えることは「やるべきではない」としている。

NPO法人自殺対策支援センター「ライフリンク」代表の清水康之さんは、木村さんをめぐるこれらの報道は「今現在不安を抱いている人を、自殺に向けて背中を押すことになりかねない」と指摘する。

木村花さんの死を『自殺か』と、センセーショナルに報じるメディアがいくつもあります。さらにそれがテレビやネットで取り上げられ、拡散されることで過激な報道が横行しているように見受けられます。

亡くなった方に自分を重ね合わせて見ていた方からすれば、詳細に報じられることで自分もこうなってしまうのではないかというイメージを持ってしまいます。

また、身近な人を自殺で亡くした人たちも、そうしたセンセーショナルな報道に触れることで、場合によっては『今は蓋をしておきたい』と思っていた感情をえぐられることになりかねません

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一部のメディアでは、遺書と思われるメモが残っていたこと、そしてその内容についても報じられた。遺書を報じる場合は、そこに社会的意義があるかを吟味し、判断しなければならない。たとえば、いじめに悩んでいた子どもが自殺した場合、学校がいじめを認めなかった時に遺書の中で言及されていれば、報じることが社会にとって必要だと考えられる。しかし、清水さんは、木村花さんの遺書の報道には、疑問を感じる部分があるという。

遺書を報じることを一律禁止すべきだとは思いませんし、報道の自由は守られるべきです。遺書を報じることでその死に関する重要な事実が明らかになるなどの意義があれば、慎重に検討した上で報道することもありえます。ただ今回は、第一に木村さんのご家族が公開を望んでいませんでしたし、遺書を取り上げた一部の報道には、報じるべきか、そうではないか、という葛藤のあとがまったく感じられませんでした。

視聴率や読者の注目を集めようとの一心で、センセーショナルに報じることが先行した部分があるのではないかと感じています

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SNSでの誹謗中傷は「誰もが経験しうること」

木村さんは『テラスハウス』での出来事をめぐって、生前にSNSで激しい誹謗中傷を受けていた。

木村さんの訃報を受け、TwitterやInstagramでは多くの著名人が誹謗中傷に対して声をあげた。だが、SNSでの誹謗中傷は、著名人だけでなく一般人が「攻撃」の対象となることもあり、清水さんは、木村さんをめぐる報道の危うさを指摘する。

日常的に使っているツールだからこそ、SNSの誹謗中傷というのは誰もが経験しうることですが、死がその苦しみから逃れる一つの解決策だと捉える人もいるかもしれません。だからこそ報道する際は、相談窓口など支援を受ける方法についても併せて伝えるべきです。

また、木村さんはリアリティショーに出演し、SNSで中傷され、その後亡くなりました。視聴者は、リアルタイムで一連の出来事を目撃し、報道で訃報を知った。非常に身近なところで起きたという感覚になって強く影響を受ける人もいると思います

新型コロナで社会全体の不安感が高まる

また、新型コロナウイルスの影響で、社会全体に不安感が広がっているのも無視できないという。自粛生活が続く中、精神面や生活面、経済面で不安定になり、先行きが見えず追い詰められていく人も多くいたはずだ。

コップのふちの表面張力のように、どうにか生きることに止まっている人は全国にたくさんいます。今その緊張度がより高まっている中で、自殺報道は命を決壊させるのに十分な一滴になりかねません。

2011年、東日本大震災が起こったあとの5月は自殺が急激に増えたというデータがあります。当時、女性タレントが亡くなって連日報道が続き、直後10日間ほどの間に集中して同世代である20〜30代の女性の自殺が急増しました。間接的には、震災の影響も考えられます。

これから学校が再開するタイミングですが、子どもたちは長期休み明けに自殺が増えるというデータもあります。周囲の大人は、子供が不安定な心理状況にあることを自覚し、寄り添っていかなければならないと思います

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自殺報道は、それを報じることで背景にある社会的問題を検証する役割も担っている。しかし、同時にそれによって心理的に強く影響を受ける人もおり、慎重に行わなければならない。

私たちの団体では、これまで自殺で亡くなった方のご遺族と協力して、自殺の実態調査を行いました。その中でわかったことは、死に追いやったのは一つの要因だけではなく、複合的に問題が重なり合っていることが多いということです。

自殺報道は、個人の問題として矮小化するのではなく、同じように追い詰められている人がたくさんいて、そういう人を支援するためにどういった仕組みが必要かという点に議論を向けていくべきです

WHOの「自殺報道ガイドライン」

▼やるべきこと

・どこに支援を求めるかについて正しい情報を提供すること

・自殺と自殺対策についての正しい情報を、自殺についての迷信を拡散しないようにしながら、人々への啓発を行うこと

・日常生活のストレス要因または自殺念慮への対処法や支援を受ける方法について報道すること

・有名人の自殺を報道する際には、特に注意すること

・自殺により遺された家族や友人にインタビューをする時は、慎重を期すること

・メディア関係者自身が、自殺による影響を受ける可能性があることを認識すること

▼やってはいけないこと

・自殺の報道記事を目立つように配置しないこと。また報道を過度に繰り返さないこと

・自殺をセンセーショナルに表現する言葉、よくある普通のこととみなす言葉を使わないこと、自殺を前向きな問題解決策の一つであるかのように紹介しないこと

・自殺に用いた手段について明確に表現しないこと

・自殺が発生した現場や場所の詳細を伝えないこと

・センセーショナルな見出しを使わないこと

・写真、ビデオ映像、デジタルメディアへのリンクなどは用いないこと

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