香港版「国家安全法」が成立。中国本土へ移送し裁判も...「逃亡犯条例のやり方そのもの」専門家は警鐘

「香港で人を逮捕して、大陸に連れて行って裁判にかけるということを、かなり限られた条件とはいえ可能にするとしています」(立教大学・倉田徹教授)

香港での、中国政府を転覆させる行為などを禁じる香港版「国家安全法」が6月30日、中国の全人代で可決された。RTHKなど、複数の香港メディアが速報した。7月1日にも施行される見込みだという。

この法律には、一定の条件を満たした場合に、容疑者を中国大陸へ移送し裁判にかける機能もあるとみられ、専門家は「香港人が激しく抵抗した逃亡犯条例改正案のやり方そのものだ」と指摘している。

6月15日に実施された抗議活動
6月15日に実施された抗議活動
ANTHONY WALLACE via Getty Images

■どんな法律?

事前に公表されていた概要によると、成立した「国家安全法」は全部で6章66条から成り立っている。国家の安全に危害を加える行為を罰すると明確にしており、以下の4つの行為が該当するとしている。

①国家を分裂させる行為

②政権を転覆させる行為

③テロ行為

④外国や本土外の勢力と結託して国家に危害を加える行為

さらに、中国政府が香港に治安維持機関として「国家安全維持公署」を設置することも明記した。この機関は香港での国家安全に関わる情勢分析などを担当し、「特定の条件下ではごく少数の国家安全に関わる犯罪に“管轄権”を持つ」とされている。

つまり、国家安全法を犯した場合は、通常は香港側で捜査や裁判が進められるが、「ごく少数」のケースでは中国政府が管轄することになる。

国営新華社はこの措置について「基本法18条4項を発動させないために有効だ」としている。18条4項は香港がコントロール不能な緊急事態などに陥った時に、中国本土の法律を例外的に適用可能とするものだ。

また、香港側も、国家安全について中国政府の監督を受ける組織「国家安全委員会」を設置する。トップは行政長官だが、中国政府から顧問が派遣される。

この罪に問われた場合、裁判を担当する裁判官も行政長官によって指名される。

附則では、香港の法律と矛盾する場合、新しい国家安全法を優先して適用することも決められている。法律の解釈権は中国政府が持つ。

■裁判結果もコントロール

「イギリス式の香港司法を迂回するバイパスを作り、できるだけ無視する方法を中国が必死に考えた結果ということがはっきりした」香港政治に詳しい立教大学の倉田徹教授は、今回の国家安全法をそう評価する。

立教大学法学部・倉田徹教授 取材はソーシャルディスタンスを保ち行われた。
立教大学法学部・倉田徹教授 取材はソーシャルディスタンスを保ち行われた。
Fumiya Takahashi

香港は中国返還前のイギリスの司法体系を受け継いでいて、共産党の「指導」を受ける大陸の裁判所とは大きく異なる。倉田教授は、香港が守ってきた“法の支配”が崩れかねないと考えている。

「いくつか驚くべきことがありました」と倉田教授。そのひとつが、国家安全法が既存の香港の法律よりも優先して適用されることだ。

「そもそも香港は返還後も一国二制度のもと、イギリス式の司法をやってきたため、抗議活動や反政府的言論も相当程度守られてきた。そうしたことを全て無効にするのではないでしょうか」

裁判を担当する裁判官を、行政長官が指名できるとする規定もある。香港は一部の役職を除き、外国人でも裁判官になることができる。

「行政長官はこの件については北京の操り人形とみてよいでしょう。中国政府が気に入った裁判官だけで国家安全法の裁判をすることができます。裁判官の人事を通じて、中国政府は裁判の結果を相当コントロールできるようになるのではないか、という心配があります」

また、治安維持などを担当する香港側の組織=国家安全委員会も行政長官がトップだ。それに加え、中国政府が顧問を送り込むことで、より支配力を持つ設計になっている。

「この“顧問”が事実上、圧倒的な影響力を持ち委員会を牛耳ると思います。行政長官が指導力を発揮する組織にはならないでしょう。国家安全委員会はマカオにもありますが、こちらには(顧問制度は)ないわけです。つまりこれは、香港政府はあてにならないと中国政府が見ているのでしょう」

■「逃亡犯条例そのもの」

そもそも、この国家安全法が制定されるきっかけになったとされるのが、2019年6月から始まった「逃亡犯条例」改正案反対デモだ。

中国政府にとって都合の悪い人物が香港から大陸へ連れて行かれ、不公平な裁判を受けさせられるなどといった疑念が広がり、香港政府は撤回を余儀なくされた。

逃亡犯条例改正反対デモ(2019年6月)
逃亡犯条例改正反対デモ(2019年6月)
EPA=時事

そして、今回の国家安全法には、この時一度は諦めた「犯罪容疑者を大陸へ連れて行く」機能が備わっていると倉田教授は見ている。

「端的に言えば、香港で人を逮捕して、大陸に連れて行って裁判にかけるということを、かなり限られた条件とはいえ可能にするとしています。事実上、香港人が激しく抵抗した逃亡犯条例のやり方そのものです。非常に強力な規定になりかねないと心配しています」

香港では、毎年6月4日の天安門事件の発生日などに追悼集会が開かれるなど、中国政府にとって都合の悪いデモや集会が行われることが多い。今後、国家安全法はデモ参加者などを取り締まり対象にするのだろうか。

「言論やデモの自由が突然死んでしまうと、中国の国際イメージ上、不都合な事態になります。平和なデモや、内容次第である程度は認めるとは思います。しかし、これは根本的に考えるとデモの自由が保障された状態とは言えません。デモに行くと国家安全法がどういう形で自分に降りかかるか全くわからないという状況は、(デモ参加者を)萎縮させる効果があります」

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