アメリカ女性スターの「フェミニスト」宣言。激しいバッシング、それでも止まらなかった彼女達が繋いだ歴史

ビヨンセ、テイラー・スウィフト、クリスティーナ・アギレラ…アメリカのポップカルチャーの先頭に立つ彼女たちが、時に批判を浴びながらも挑んできた歴史を振り返る。

2020年、アメリカのポピュラー音楽の女性スターは、政治的発言、そしてフェミニストであることの表明が当たり前のような状態だ。

しかしながら、なにも昔からそうだったわけではない。大衆文化の先頭に立つ彼女たちは、チャレンジングな表現によって大きな議論とバッシングを巻き起こしながら歴史と文化を積み上げてきた。

たとえば、アメリカのバラエティTV番組の歴史においてヘソを露出した最初期の女性は1946年生まれのシンガー、シェールとされる。一筋縄でいかない、ときに過激で挑発的な女性表現の30年を簡単に振り返りたい。

逮捕寸前。マドンナの「エロティカ」革命

1990年、マドンナは逮捕寸前だった。トロントにてツアー公演を準備しているとき、警察官から「不道徳なパフォーマンスをしたら逮捕する」と警告を受けていたのだ。母国アメリカにて十字架が燃え盛るなか黒人の聖人との性的な関係を描く「Like A Prayer」をリリースしたことでボイコット運動に遭いペプシから広告契約を打ち切られた彼女は、カナダにおいても犯罪者のような扱いを受けたことになる。警官からの脅しを伝えられたマドンナは、Fワード混じりに返答する。「私のショーは変えない(I’m not changing my fucking show)」。こうして、女性にしてマスターベーションを模すパフォーマンスが敢行された。

マドンナの「ショーは変えない」宣言は、その後10年以上貫かれることとなる。1992年にはアルバム『Erotica』にてサディズムやマゾヒズムを描きだし、本人いわく「世界一の嫌われ者」となった。連日「娼婦」、「魔女」、そして「悪魔」とバッシングを受けた体験は相当にこたえたようだが、一つの矛盾にも気づいたという。「(男性歌手の)プリンスだって網タイツとハイヒールを履いて、口紅をつけてお尻を出しているのに?」。マドンナは、このときが真の男女格差に気がついた瞬間だと回想している。

後年、『Erotica』がレディー・ガガやリアーナ等の活躍の基盤となったことは言うまでもない。「悪魔」と呼ばれたポップの女王は、大衆文化の真ん中から、女性のセクシュアリティ表現を切り拓いてみせたのだ。

クリスティーナ・アギレラ
クリスティーナ・アギレラ
Getty Images

「私たちは排除されない」あるアイドルの反抗

2000年代は若手女性ポップスターの性的表現が急増した時代だ。しかしながら、もう一つの流行は「ヴァージニティ」。セクシー表現といっても、親しみやすさと処女性がセットの場合が多かった。この状況に反旗を翻したアーティストこそ、クリスティーナ・アギレラである。ティーンアイドルとして成功した彼女は、成人した2002年、レーベル側のコントロールに反抗するかたちで、ラッパーのレッドマンと共にシングル「Dirrty」をリリースした。

半裸の男たちが集うボクシングリングで誇らしげに腎部を振るその映像は既存イメージを打破するに十分だったが、バッシング喚起にも十二分だった。権威あるコメディ番組は彼女を嘲笑する劇を放送したし、ジェシカ・シンプソンやシャキーラといった同業の女性スターも批判的なコメントを残している。それでもアギレラは止まらなかった。「Dirtty」が収録された2ndアルバム『Stripped』では、こんな言葉が歌われる。

「ごめんなさい、処女じゃなくて。ごめんなさい、売女でもなくて」

女性たちに「従順さ」を課す社会への反抗を押し進めたアギレラの『Stripped』は、2010年代フェミニズム・ポップ旋風の基盤をつくったアルバムと言っていい。なんといっても歴史的なのは、トランスジェンダー女性や摂食障害の女性など社会規範に苦しめられる人々を肯定するパワーバラード「Beautiful」。そして、開幕を飾るリル・キムとのコラボレーション「Can’t Hold Us Down」は、社会のダブルスタンダードを糾弾して団結を呼びかけるフェミニズム・アンセムだ。

「なんで意見を持っちゃ駄目なの? 静かでいるべき? 私が女性だから? ビッチと呼べばいい 私は言いたいことを言う」

「歴史を辿れば 社会はダブルスタンダードに満ちてる 男たちは成果以上の栄光を手にした 同じことができる女は売女と呼ばれていたのに」

「この歌は世界中のガールズに贈る あなたの価値を軽んじる男に囲まれる女の子たちに」「私たちは排除されない 女の子たち、大声で叫んで!」

ビヨンセがステージに掲げた「FEMINIST」

アメリカのポピュラー音楽において、女性たちをエンパワメントする曲は珍しくない。しかし、2010年代に入っても少なかったものが「フェミニスト」 宣言だった。

ケイティ・ペリーテイラー・スウィフトすら、そう呼ばれることを拒否した経験がある。おおむね理由にあがったのは「私は男性を憎んでいない」といったものなのだが、状況を考えれば、彼女たちの態度も無理はないかもしれない。アメリカのウェブサイトを対象にした2013年の言語調査において「フェミニスト」と最も紐づけられるワードは「男性嫌悪」だったし、その前には、ネガティブな印象が広がりすぎたため呼称を「ヒューマニスト」に変える案がアクティビストからも提起されていた

ビヨンセ
ビヨンセ
Getty Images

しかしながら、こうした環境は、2014年8月24日、様変わりする。当時Twitterで「フェミニスト」関連語のトップを独走したのは人名である。「ビヨンセ (“Beyoncé”)」

黒人女性としての葛藤や怒りを表現してきたビヨンセは、人気音楽番組MTV VMAのパフォーマンス・ステージに「FEMINIST」という言葉を掲げてみせた。

そこで歌われた曲のひとつには、ナイジェリアの活動家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェによるスピーチの一部がサンプリングされた、前年末リリースの話題作「***Flawless」がある。女の子に対して「成功しすぎてはいけない、男性が怖気づいてしまうから」と教育する社会の問題が提起される約1分間の引用は、以下の宣言で締めくくられる。

「フェミニストとは、男女間の社会的、政治的、経済的平等を信じる者である」

ビヨンセの「***Flawless」、そしてVMAパフォーマンスは、少なくともアメリカのショービジネスにおいて、「フェミニスト」の意味が大きく書き換えられた瞬間だった。この宣言によって、続々と人気セレブリティが「自分はフェミニストだ」と名乗りあげていくこととなる。

2014年、MTV Video Music Awardsパフォーマンス・ステージに「FEMINIST」の文字を掲げたビヨンセ
2014年、MTV Video Music Awardsパフォーマンス・ステージに「FEMINIST」の文字を掲げたビヨンセ
Getty Images

多様化するポップ・フェミニズム

もちろん、その全てが肯定されたわけではなかった。まずフェミニズムの商業化が危険視された。「男性主体的」と言われるような性的表現を行うパフォーマーは反フェミニズムであるとする意見も活発になる。こうした議論は一つ一つ繊細なものであるのだが、大局的に見れば、ビヨンセ以降の米ポップカルチャー、特にポピュラー・ミュージックにおけるフェミニズムは多様化を増加させたと言っていい。

フェミニストが多様であることを示したビヨンセのアルバムを称賛していた俳優エマ・ワトソンは、2017年、女性の主体的表現の肯定としてトップレス・スタイルで雑誌の表紙を飾る。ビヨンセとその妹ソランジュらは非白人フェミニストとして人種問題を含む提起をつづけていく。ホールジーやキム・ペトラスなど、クィアな女性スターも増えていっているし、さまざまな体型を肯定するボディイメージ問題のアクティビストとしてはレディー・ガガやリゾがいる。グリッターやピンクなど、フェミニンとされるものを愛好しながら運動を行うモデルとしては、映画『キューティ・ブロンド』をオマージュするアリアナ・グランデの「thank u,next」がぴったりだ。

テイラー・スウィフトが受け継ぐ「リッチ」宣言

アメリカ社会の若年層でフェミニスト自認者が増加した2010年代末期、女性ポップスターたちは、話題となりやすい同性間での敵対よりも、男性優位社会における連帯を見せていくようになる。象徴的だったのは、2013年頃からバックダンサーの争奪疑惑を発端に激しい対立で世間を騒がせたテイラー・スウィフトとケイティ・ペリーが抱擁して和解を示す「You Need To Calm Down」だろう。

このLGBTQ+アライ作品には、女性ポップスターの歴史をも表出させている。1984年に牧師の家に生まれたケイティは、マドンナに対するアンチ・デモに参加させられる少女だったが、そののち、マドンナ当人に才能を認められて女性やクィアの権利問題を発信するスターとなった。そして、MV冒頭に映されるテイラーの部屋に飾られた標語“MOM, I’M A RICH MAN”は、シェールが1990年代に発したものである。このウィットに富んだ文言は、一筋縄ではいかず当然のように賛否ある、挑発的で恐れを知らぬフェミニスト・ポップスターのセンスが詰まっていると言えよう。

ママに言われたの。「あなたもいつか落ちついて、お金持ちの人と結婚しないと……」だからこう返した。「ママ、私がお金持ちの人よ」

(1996年、50歳となったシェールの言葉)

(文:辰巳JUNK 編集:若田悠希)

注目記事