BLOG
2020年07月19日 14時34分 JST | 更新 2020年07月19日 14時34分 JST

ベビーシッターの性犯罪事件で「いつ何時も子供は親が見るべき」に戻らないように

今回の事件によって、再び「子どもの世話はいつ何時も親が見るべき」という考えが広がってしまうことに危機感を覚えている。

ベビーシッターマッチングサービスの大手「キッズライン」に登録して働いていた男性ベビーシッター2人による強制わいせつ容疑事件が報じられている。

事件の再発防止はもちろん必要だが、同社のこれまでの対応を見ていると、ベビーシッターを含めたくさんの人に力を借りて、子育てをしてきた私は、残念でならない。

そして、今回の事件によって、再び「子どもの世話はいつ何時も親が見るべき」という考えが広がってしまうことに危機感を覚えている。

 

事件への対応に残念な思い

キッズラインでの事件では、2020年4月24日に最初の事件の容疑者が逮捕された際にも、社名ありでの報道があった後で、5月3日になってホームページ上にお詫びや対策が掲載された。また、すべての利用者宛の周知などもされないまま、5月に別の容疑者による事件が発生してしまうことになった。

さらに同社は6月4日、突然、男性シッターの登録を一時的に停止。同様の事件の再発防止との名目だったが、それは男性への偏見・差別を助長していると批判の声も相次いだ。

同社は事件発覚以降、匿名でサポートセンターに連絡できる報告フォームや適正テストの導入など、新たな安全対策への取り組みをアナウンスしていたが、経営トップ個人の見解や男性シッター差別との批判への回答などは、いまだに公表されていない。

既存ユーザーや登録シッターに対して誠実だとは言い難いと批判されているこうした同社の対応が、潜在顧客の損失に繋がるのではないかと、子育て中の身としては非常に残念に思った。

そこで、これまでの対応について、同社と代理人弁護士に複数の点について問い合わせたが「個別取材に対応いたしてはおりません。弊社といたしましては、継続的に、改善点の把握と安全対策の実施に努めてまいります。また、必要かつ適切な情報に関しては、積極的な情報開示に努めると共に、ホームページにより公表してまいります」とのことで、回答は得られなかった。

ホームページ上では、男性シッターの一時サービス停止は「小児性犯罪については男性により発生する割合が相当量を占めることや、その資質を見抜くことは現段階で難しい」という専門家の見解が理由であるとし、また、事件後すぐに公表しなかったのは警察の捜査に最大限協力をするためだったなどの見解を公表している。

 

ここ数年で風景を一変させたキッズラインの功績

私は、今から5年ほど前、現在小学校2年生の娘が保育園に通い出す前、自治体が運営する一時預かりに頻繁に保育をお願いしていた。キッズラインではないが、民間のベビーシッター業者を利用したこともある。

実家が遠方で、何かあればすぐ頼れるという環境ではなかったため、仕事やリフレッシュの時間を確保する上で非常にありがたい存在だったし、我が子を家族以外の人に大事にしてもらうことで得られる喜びもあった。

しかし、周囲には一時保育もベビーシッターも利用経験のある人はほとんどいなかった。

何かあれば実家にお願いするから大丈夫、特に一人の時間が欲しいとは思わない、登録に際しての手続きや面談が煩わしい、など理由は様々だったけど、子どもを家族以外に預けることには諸々の抵抗があるということは分かった。

そこには2014年に埼玉県富士見市で起こった、ベビーシッターに預けられた幼児が亡くなった事件に端を発する「ベビーシッター=危険」という先入観もあったかもしれない。

当時、逆に「子どもを預けた母親が無責任だ」と批判する声も少なくなく、ただでさえ日本に根付いていないベビーシッター文化が今後浸透していくのはなかなか難しいのだろうと感じさせられた。

そんな中で、ここ2,3年、周囲に「ベビーシッターを利用したことがある」という人が劇的に増えた。

その多くがキッズラインにシッターをお願いしているとのことで、1時間1000円から利用できる、サービスの使い方も非常に簡単なのだと評判も良かった。

使ったことのないサービスを何の根拠もないまま好意的に捉えることは難しいかもしれないが、身近な人が利用していれば「私も使ってみようかな」という取っ掛かりにもなるだろう。結果、ユーザーが増えれば自ずと市場も大きくなり、抵抗なくベビーシッターを使える雰囲気も広がっていくに違いない。

今まで日本ではポピュラーでなかったベビーシッター文化が、キッズラインの登場によって、一歩前進しているのではないかという実感を得た。

核家族化が進み、ワンオペ育児や、孤育てなど、社会問題にもなっていた産後女性の孤独がこれから少しずつ解消されていくのではないかという期待にも繋がった。

しかし、種が蒔かれ、少しずつ芽が育ちつつあったベビーシッター文化が、今回の事件を機に、また潰れてしまうのではないか。

 

ヘビーユーザーにも不信感

キッズラインのユーザーである知人の1人は、事件以降もシッターをお願いしているという。

「ヘビーユースしてきたことで、『この人なら大丈夫』と見極められる選球眼も養ってきたから、これからもキッズラインを使うことに特に不安はない。シッターの力を借りないことには、どうしても仕事と育児を回していけないから」というが、一方で、「事件について納得のいく説明をしてくれていないことに対しての不信感はある。内閣府のベビーシッター割引券などが利用でき、国が勧めているサービスのはずなのに、事故があった時に預けた親が責められるような事態になってしまうのだとしたら、それはおかしいと思う」と、煮え切らなさを感じているようだ。

創業以来成長を続けてきたとはいえ、それでもベビーシッターを利用したことがない人が今でも圧倒的に多数派だ。

その中で「これからベビーシッターを利用してみたいと思っていたけど、やっぱり不安だからやめておこう」と思うのと、「これからはもう使わない」と利用をやめる人を合わせると、
今回の対応による漠然としたネガティブなイメージから生じる損失は大きく、良質なベビーシッターや市場全体にも影響を与えているのではないだろうか。

「不信感を抱きながらも、やむを得ず利用を続けている」という声からは、これ以上の市場の成長や前向きな空気をどうしても感じることができないのだ。

東京都福祉保健局が0歳から5 歳の子供がいる世帯の、子どもの保護者に対して平成30年に実施した東京都保育ニーズ実態調査結果報告書(有効回答数13,114サンプル)において、「あなたの希望する条件がそろったら、お子さまの預け先として利用したいと考えるサービスはありますか。」という設問に、「ベビーシッター」と答えた利用意向者は全体の8.0%、1046人いる。
うち、79.3%が「サービス利用に必要な条件」に関して「衛生・安全面が確保できる」と回答しており、多くの保護者が子どもを預けるにあたって安全・安心を重視していることが分かる。

しかし安全・安心というのは、設備やインフラを整えるだけで担保されるものではなく、双方の信頼関係によって成り立っている部分もあるのだ。

ベビーシッターに限った話ではなく、保育園や幼稚園、学校や学童保育も合わせて考えると、保育者、教職員や事業者が日々どれほど注意を払っていても発生してしまう事故やトラブルはある。

施設が認可・認可外であるとか、安価か高級かという議論ではなく、サービスを提供する側が利用者に誠実に向き合うことでしか生まれない安全や安心感があり、それこそがキッズラインが今一番欠いているものではないかと思う。

 

ぎりぎりの状態の母親を救ったシッター

今回の事件が発生してから、ずっと考えていたのは2018年の映画「タリーと私の秘密の時間」が劇場公開時に開催していたキッズラインのキャンペーンだ。

仕事も育児も両立しよう奮闘し、夫にもうまく頼ることができず、3人目の産後にとうとう心が折れてしまった女性マーロの元に、ある日、完璧なベビーシッター、タリーが現れ、心身ともに疲弊しきっていたマーロが自分を取り戻していく。

主人公マーロを演じたシャーリーズ・セロンが役作りのために15キロ増量し、たるんだお腹や上半身裸で搾乳するシーンが強烈なインパクトを残す作品だ。

キッズラインは映画の前売り鑑賞券を購入した人に抽選で300名に初回無料ベビーシッター特典最大3,000円分をプレゼントするほか、試写会を主催するなど、サービスの認知拡大、新規ユーザーの獲得に注力していた。

ぎりぎりの状態のマーロを救い、笑顔を取り戻させるタリーの姿には「我が家もベビーシッターを使ってみたい」と心を動かしてくれるパワーがあり、映画と相性の良いキャンペーンに前向きな印象を受けただけに、今回の顛末に後味の悪さを感じてしまう。

マッチングシステムというビジネスモデルに見直すべき部分も、シッター登録の際のスクリーニングなどシステムを活用して強化できる点もあるだろう。

ただ、構造の変化だけにこだわった結果、排除された男性シッターや不安な想いを抱えたままのユーザーが置き去りにされてしまえば、市場はどんどんシュリンクしていき、文化も潰えてしまうのではないだろうか。

システムの整備は当然のこととして、安心してサービスを利用できる状態にするには、経営サイドから公式なコメントを公開するなど、ユーザーへ一歩歩み寄ってほしい。

安心・安全性を強化する上ではソフト面の見直しも重要だと思うからだ。

さもなければ、トラブルを起こさないためにも、子どもの世話はいつ何時も親が見るべき、という考えに帰結してよいのだろうか。

ベビーシッターも含めて、たくさんの人の力を借りてここまで子育てしてきた身としては、その結果だけはどうしても避けてほしいのだ。

タリーのように、1人でも多くのベビーシッターが、一組でも多くの親子を笑顔にしてほしいと切に願う。

(取材・文:真貝友香、編集:泉谷由梨子)