「中国人は帰れ」にも、黙ってゴミ拾いを続ける。日本に暮らす中国人たちがコロナ禍で固めた静かな決意

規制が難しい“一線を越えない”言葉たちが、被害者を追い込んでいると専門家は指摘する。

新型コロナの発生以降、日本人の中国への感情が一層悪化したように感じる。

感染拡大当初、中国政府がウイルスの存在を隠蔽した疑惑が伝えられたほか、尖閣諸島(沖縄県)沖の領海侵入を続けるなど挑発的な動きもある。香港で国家安全法が施行され、日本で人気の高い周庭(アグネス・チョウ)さんが逮捕された時も怒りの声が上がった。

感情の悪化は形として現れつつある。ネット空間には新型コロナウイルス感染症を「武漢肺炎」と呼ぶ書き込みもあり、現実世界で攻撃的な言葉をぶつけられた人もいる。

日本には約81万人の中国人が暮らしている(2019年末)。急速に対中感情が悪化しているとみられるなか、どのような思いで暮らしているのか。在日中国人2人が実名で取材に応じた。

■黙る、そしてゴミ拾いを続けると決めた

「もともと、誹謗中傷はありましたけどね。心が強い方なので気にしていませんでした」そう笑うのは来日して10年の郭磊(かく・らい)さん。東京で不動産投資の仲介や留学生の支援などを手がけている。

郭磊さん
郭磊さん
Fumiya Takahashi

コロナの影響を感じたのは7月上旬。親戚の男性と連れ立ってゴルフ場に出かけたときのことだ。感染拡大防止のため、マスクをつけ、お互い距離を保ちながらのプレー。かけ声も禁止とされた。

だが、いつものクセで「ナイスプレー」と中国語で叫んでしまった。

郭さんの目に入ったのは、怒った様子で近づいてくる他の日本人客。「黙れ」と叱責されると、続けざまに吐き捨てられた。

「中国に帰れ!」

ルールを破ってしまったのは事実。そのことを責められるのはまだしも、投げつけられたのは予想外の言葉。とっさに選んだ対応は、ただひたすらに黙って聞くことだった。当時を振り返る。

「その場では中国人を代表しているわけですから。反応すれば騒ぎが大きくなる。中国人のイメージがさらに悪くなります」

ほどなくゴルフ場の責任者がやってきて、「中国に帰れ」という発言について謝罪を受けたという。これまでの日本生活ではあまりなかった出来事に「これもコロナの影響なのかな」と肩を落とす。

これからも日本で暮らしていくつもりの郭さん。政治的なニュースをきっかけに中国に反感をもつ人が出ることは「理解できます」としつつも、日本で暮らす中国人のイメージを良くする必要があると考えている。

自分にできることとして、ゴミ拾いのボランティア活動に精力的に参加している。大勢が集まる普段の活動はコロナのため中止に。自宅の最寄駅付近で一人、ゴミを拾ってはボランティア仲間に写真で報告している。

郭さんはペンを取ると、記者のノートに漢字を書く。

「有余力則助人、無余力則修自身」。余力ある時は人を助け、余力なき時は修練する。自身の仕事も「生き残るのが大変」というが、イメージアップの活動も欠かせない。

郭さんが記者のノートに書いた文字。「余力ある時は人を助け、余力なき時は修練する」という意味がある
郭さんが記者のノートに書いた文字。「余力ある時は人を助け、余力なき時は修練する」という意味がある
Fumiya Takahashi

「これからゴミ拾いをさらに1年続けて、何かが変わるかと言ったら、何もないですよ。でも、やらなきゃ変化はありません」

■「愛されていると感じられれば...」子育てに追われる母親は

家族のために、日々情報収集に追われるのは滕海英(とう・かいえい)さん。中国東北部・大連の出身で、非常に流暢な日本語を操り、医療通訳などを手掛ける。

滕海英さん
滕海英さん
本人提供

コロナの感染拡大とともに、中国への感情が悪化したことについては「地方政府の隠蔽があったのではないでしょうか。日本の保健所のようなシステムがあれば防げたかもしれません」とこちらも理解を示す。

滕さんは仕事の傍ら、子育てに追われる母親でもある。小学2年生の男児と保育園に通う女児は日本にもすっかり馴染み、友達にも恵まれた。「子供たち本人は“自分は中国人”という意識がありますが、日本社会への帰属意識も強いんです」と話す。

そんな滕さんにとって、日本の感染拡大状況は常に気になるニュースだ。情報収集は中国のSNSを使うことが多い。日本のコロナ関連のニュースも、すぐに中国語に訳されて出回るからだ。

日本語が堪能な滕さんだが、中国語のニュースに頼る理由がある。「日本語のTwitterは偏った情報も多いんです。Yahoo!ニュースも見ますが、コメント欄は...中国語のニュースならば、そうしたものを見なくても済みます」と戸惑う。

滕さんはこれからも日本で暮らしていくつもりだ。ネット空間のバッシングを、将来子供たちが目にした時にどう感じるか。一抹の不安は残るが、乗り越えられると信じている。

「ネットで誹謗中傷をする人たちは、現実社会で人間関係がうまくいっていないのかもしれません。子供たちも、周りの日本人との関係がしっかりとできていて、“愛されている”と感じることができれば、気にならないと思います」

リアルやネットのバッシングに複雑な思いを抱くのは、この2人に限ったことではない。

今年3月には、横浜中華街に差別的な内容の手紙が送られてきた。横浜市人権課によると、手紙が送られてきたのは4つの店舗で、いずれも差出人は不明。「中国人はゴミだ!悪魔だ!細菌だ!日本から出て行け!」などと書かれていたという。警察にも相談したというが、差出人は分かっていない。

横浜市は公式サイトで「人権侵害につながることのないように」と配慮を促している。

■一線を“越えていない”発言にも問題 専門家の目

「“中国に帰れ”はもちろんヘイトスピーチに該当します。そのようなことを言わなくても注意はできるはずです」郭磊さんがゴルフ場で出くわしたケースについて、ヘイトスピーチ問題に詳しい社会学者の明戸隆浩さん(法政大学特任研究員)はそう話す。

リモート取材に応じる明戸隆浩さん(法政大学特任研究員)
リモート取材に応じる明戸隆浩さん(法政大学特任研究員)
HuffPost Japan

在日外国人や、外国にルーツを持つ人らを標的にした差別発言は多い。

法務省の2017年調査では、「外国人であることを理由に侮辱的されるなど、差別的なことを言われた」ことが「よくある」「たまにある」と答えた外国人は3割近くに上った。中国人だけならば34%と平均よりもやや高い。

さらに、「ネットで差別的な書き込みを見た」ことが「よくある」「たまにある」と答えた外国人は41.6%と、現実空間よりも多くなっている。

明戸さんは、コロナや尖閣などのニュースの影響で、中国人を対象にしたネットの攻撃は激化していると推測する。

「外交や国際関係など、本国との関係が悪化すると(その国にルーツがある)国内のマイノリティが標的になるというのは、ずっと繰り返されてきたパターンです。

コロナでは外国人にかかわらず、感染者も含めてバッシング文化が根付いてしまい、カジュアルに人を叩く土壌がありました。そこに国際関係の悪いニュースがのっかったときに、雪崩を打って動くのがネットの特徴。

(こうした攻撃は)非常に波があり、しかも“この半年だったら中国”というように標的を変えています。当事者からすれば、静かな時と一気に敵視される時とがあると想像します」

国もこの事態を放置しているわけではない。2016年には通称「ヘイトスピーチ解消法」が成立。罰則規定のないいわゆる“理念法”だが、自治体などが対応に動き出すきっかけを作った。

「この法律ができてから、デモや集会など過激なものの動員数は減りました」と明戸さん。リアルの場では一定の効果があったというが、一方で課題も残る。ネット空間での差別的な投稿、そして規制と“表現の自由”とのバランスだ。

明戸さんは、リアリティショーの「テラスハウス」出演がきっかけで誹謗中傷を受け、のちに亡くなったプロレスラーの木村花さんの例を挙げて話す。

「一つ一つの発言が一線を越えるものではないことがあります。例えば“お前なんか番組やめちまえ”が侮辱や名誉毀損になるかは不透明です。しかし、それを100人、1000人から言われた場合どうなるか。1人に“爆破する”と脅迫されるよりも心理的な圧迫は強いのです。

つまり、加害者の加害と被害者の被害が対称ではなくなるのがネットです。

ヘイトスピーチにも同じ問題があります。明らかに一線を超えたものだけを取り締まっても効果には限界がある。では100個、1000個集まって初めて大きな被害になるものも取り締まるべきか、と言われると即答でハイとは言えません」

明戸さんは、被害者を守るには、書き込んだ人の情報開示をしやすくするなどの方法があると話す。

「自分の氏名や連絡先が開示される可能性が低いと、乗っかって(差別的な言動を)言えるようになってしまう。即座に罰するのではなく、民事裁判への支援や、ちょっとした一言が集まって被害者を死に追いやる可能性があるという前提のもとで(情報開示の)ハードルを下げる方法もあると思います。

細かい技術論ですが、それしかないんだろうなというのが今のところです」

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