「すべての性はグラデーション」。枠を外して、性、社会と向き合うには

自身の性に違和感を持ち続けた小林空雅さんの9年間に密着した映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』が公開中だ。セクシュアリティにまつわる一人の人間の葛藤と変化を通して、性の多様なあり方へと観る者を誘う。
映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』
映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』
©2019 Miyuki Tokoi

性の多様なあり方を描いたドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』が公開中だ。

本作は、女性の身体を持って生まれ、自身の性に違和感を持ち続けた小林空雅(たかまさ)さんの青春時代を含めた9年間に密着した作品だ。13歳の時に「性同一性障害」と診断され、17歳の時に弁論大会に出場し男性として生きていくと宣言、20歳で性別適合手術を受け戸籍も変更、そしてその後の大きな決断…。そんな小林さんの変化と成長を9年間つぶさに追い続けた力作だ。

監督は元NHKディレクターの常井美幸氏。本作は短縮版がNHKにて全国放送され、ギャラクシー賞候補となるなど、大きな反響を呼んだ。セクシュアリティにまつわる一人の人間の葛藤と変化を通して、性の多様なあり方へと観客をいざなう。既存の枠にとらわれずに性を考えるとはどういうことなのか、理解を広げてくれる作品だ。

本作の公開にあたり、常井監督と小林さんに話を聞いた。

マイナスからゼロに戻り、プラスへと至る

『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』
『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』
©2019 Miyuki Tokoi

常井監督と小林さんの出会いは10年前にさかのぼる。当時NHKディレクターだった常井監督は、性同一性障害で悩む中高生をニュースで取り上げるべくリサーチをしていたところ、小林さんを知り、オファーしたそうだ。

常井「初めて会ったのは小林さんが15歳の時です。その時から顔出しもOKで自分のことを伝えたいとはっきりとした意志を持っていたので、取材させてもらいました」

本来はニュース向けの一度の取材で終わる予定だったが、2年後に小林さんの母親から弁論大会に出場することを知らされ、再会したとき常井監督は「自分を堂々と表現するスキルを持ち、その成長ぶりに驚いた」と言う。

常井「17歳になって再会した時は自信に満ち溢れていたんです。すごく前向きに生きている様子が伝わってきて、ゆくゆくは性別適合手術を受けて戸籍も変更するということで、あと2、3年は取材を続けようと思ったんです」

一方、小林さんは取材オファーを受けた時の心境をこう語る。

小林「ローカルテレビや新聞社などの取材を受けたこともあったので、慣れていましたし、聞かれて困ることもありませんでしたから。10年前は今ほど(性の多様性について)情報がなかったので、取材を受けることで世の中の役に立つことがあるかもしれないと思いました」

映画は、小林さんの高校時代の葛藤、弁論大会でのスピーチ、声優の夢を追いかける姿や、定時制高校で友人たちと楽しく過ごす姿、手術費のためのアルバイトを探す日々などを映し出す。履歴書の性別欄を空白で提出して面接先からなかなか返事がもらえないなど、社会の壁にぶつかることもしばしば。

「女性として生まれたが、違和感を感じている今の自分はマイナスの状態。将来の夢に向かってプラスに行くにはまずゼロに戻らないといけない」と、映画の中で小林さんは心と身体の性の不一致について語る。

小林「当時、声優の勉強や教習所に通うとか、やりたいことがたくさんあったんです。でも身体と戸籍が自分の思いと違うので、そこを一致することから始めないといけない。(身体の性と心の性が一致している)シスジェンダーの人をゼロと考えると、それを揃えることから始めないといけない自分はマイナスなんだなと思っていました」

本作は小林さんが、78歳で性別適合手術を受けた八代みゆきさん(現95歳)や、男性でも女性でもないXジェンダーの中島潤さんらと出会い、新たな認識を得ていく姿も描く。とりわけ、中島さんとの出会いは小林さんの後の決断に大きな影響を与えることになる。

『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』より、中島潤さん(左)と小林空雅さん(右)
『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』より、中島潤さん(左)と小林空雅さん(右)
©2019 Miyuki Tokoi

小林「最初、性別は男性と女性の2つしかないと思っていて、自分は女じゃないなら男性だろうと考えていたんです。中島さんにお会いする前からXジェンダー(※)については知っていたのですが、そこまで詳しくありませんでした。でも実際にお話ししてみて、Xの人にもいろんな人がいて、単純に男・女・Xの3種類ではなく、性というものはグラデーションがあるものなんだと気が付いたんです」

※Xジェンダー…性自認が女性/男性ではない人(中性、無性、両性など多様)のこと。

『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』より、八代みゆきさん(左)
『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』より、八代みゆきさん(左)
©2019 Miyuki Tokoi

性は一人ひとり違うことを示す「ジェンダーブレッド」

性はグラデーションである。これは本作で最も重要なポイントだ。

このことを本作では、「ジェンダーブレッド」という図でわかりやすく説明してくれる。

「ジェンダーブレッド」の図
「ジェンダーブレッド」の図
©2019 Miyuki Tokoi

ジェンダーブレッドは、性は男性・女性の2つだけの選択肢ではなく、複数の要素の組み合わせで成り立っているという考えを示したものだ。映画の中では、性自認・性指向・身体の性・性表現の4つの要素を提示している。

性自認:自分の性別をどのように認識しているか

性指向:恋愛や性愛の対象で、どの性別の人に惹かれるか

身体の性:性染色体や性腺、内性器・外性器の分化状況がどうか。生まれてきた時に割り当てられた性

性表現:社会的な女らしさや男らしさをどのように表しているか。服装や言葉使い、どのような社会的役割を好むかなど

そして、この4つの要素にそれぞれ男性矢印・女性矢印の2つの線が設けられている。左端が「ゼロ」で右にいくにしたがい割合が大きくなる。

本作に登場するジェンダーブレッドは、男女を1本の線上の対極に置くのではなく、2本の線で並列しているのがユニークな点で、人によっては男女の矢印がともに右寄りになったり、左寄りになることもありうる。

小林さんも中島さんからジェンダーブレッドを教わったそうで、それ以前に見たことのあるグラフは男女が1つの線で対極におかれたものだったらしい。

小林「一本の線で男女が対極におかれている矢印では、表現しきれない気がしていたんです。ジェンダーブレッドは男と女それぞれの矢印があって、両方に印をつけるのがわかりやすいと思います。身体的にも性自認も男性だけど、性表現は女性ということもあり得るんです」

性自認や性指向に並んで、性表現に注目している。性表現は前述したように、本人がどのように「女らしさや男らしさ」を表現しているかを示すものだ。例えば、服装や言葉遣いなどにそれは表れる。

中島「例えば、ネクタイを締めて、髭を生やしていて、自分のことを『俺』と呼ぶという表現をしていて、男性矢印の右側に印がつく人もいれば、スカートをはいて化粧をする日もあれば、メンズの服を着て化粧をしない日もある、一人称は『ボク』という表現で、女性矢印と男性矢印の両方の中間あたりに印がつくという人もいます」(映画公式プレス資料より)

性自認が女性でも、男性らしい服装を好む人は珍しくない。さらには言えば、身体の性が女性、性自認が男性で、性表現としてはマニキュアやメイクを好み、一人称は「ボク」というケースもあるということだ。自認と、外側の表現の好みが必ずしも一致しているとは限らない。社会的制約の中で、本来表現したい性を抑圧されている人がいる事も理解する必要がある。

そして、外見や社会的な「女らしさ・男らしさ」が社会の変化によって変われば、性表現も変わりゆくものだ。

中島さんは、「何を『らしさ』とみなしているか、印の位置だけからでは分からないという奥深さもある」と語っている。(公式プレス資料より)

常井監督もこのジェンダーブレッドを知ることで、多くの気づきを得たという。

常井「改めて考えてみると、私自身にも男っぽい部分があるなと気がつきますし、性のあり方は一人ひとり違うのだとよくわかりました。

実は、性的マイノリティと呼ばれている人たちだけじゃなく、マジョリティと言われる人たちも、あの図に印をつけてもらうと全員違ってくるんです。

取材を始めた9年前は、小林さんが言ったように、この社会は男と女でできていて、性同一性障害を説明する時も、『男性の身体で女性の心』や『女性の身体で心は男性』と説明していた時代で、私もそれを前提としていました。

ところが、取材を始めて4、5年目あたりで『どっちでもない』とおっしゃる方に出会うことが多くなったんです。私がジェンダーブレッドのような考え方を学んだように、社会の中の認識の変化をたくさん目撃しました」

「枠」にとらわれずに生きてほしい

『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』より、小林空雅さん
『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』より、小林空雅さん
©2019 Miyuki Tokoi

常井監督が感じた社会の変化を、小林さんは一人の当事者としてどう感じていたのだろうか。

小林「10年前と比べて性に関する情報は確実に増えたと思います。でもその分、間違った情報もあるし、正しい情報を選ぶのもまた難しいと思います。

自分は、社会の歯車となって生きていこうとしておらず、生きやすい場所は自分自身で探せばいいと思っています。日本社会がどう変化しているのか肌感覚ではわかりません。でも、ニュースを見ると少しずつ多様性を尊重するようになってきたのかなとは思いますね」

小林さんは、あくまで「自分は自分」という姿勢を貫いている。

小林「自分の場合は、“普通”とか“一般的”とかの定義を壊してみたら、今までは柵の中で飼われていたけれど、広いところに出られたなという気分なんです。もちろん、必要な時は社会の中に身を置きますけど。今回のように取材を受けたりとか(笑)」

小林さんが常識という枠を壊して自由になったように、常井監督はこの映画を見る観客に、ジェンダーに限らず様々な「枠」にとらわれないで自分らしい生き方を考えてほしいと語る。

常井「この映画をご覧になって、シスの人もトランスの人も、同性愛者も異性愛者も一人ひとりが違うんだということを知り、じゃあ自分はどうだろうかと考えてみてほしいです。きっと、当たり前だと思っていたことが実はそうじゃなかったんだということに気が付けると思います。

この映画は性別をモチーフにしていますが、性別のことだけを描きたかったわけではなく、世の中には色々な考え方があり、色々な捉え方があるので、様々な枠を外して一度社会を考えてもらえたらと思っています」

常井美幸監督(左)と小林空雅さん(右)
常井美幸監督(左)と小林空雅さん(右)
©2019 Miyuki Tokoi

(取材・文:杉本穂高/編集:毛谷村真木

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