リモートワーク化で転勤に変化の兆し 三菱地所プロパティマネジメントの実験は?

共働き世帯が増える中、悩みの種になりがちな転勤。新型コロナでその風景は少しずつ変わっている。同社で営業職の女性たちが実験して考えたことを聞いた。

共働き世帯が一般化する中、社員にとって悩ましいのが「転勤」だ。

新型コロナ対応でリモートワーク化を進めている企業では、転勤廃止を打ち出した例も出始めている。その中で、転居をせずに異動先の業務を担うという「あたらしい転勤」の形を一足先に進めてきたのが、三菱地所プロパティマネジメント(東京・千代田)の営業職の女性たちだ。2020年7月に実施された合同取材会で、現状や課題を聞いた。

「あたらしい転勤」プロジェクトを担うのは、同社の営業職の女性6人のチームだ。同社では女性活躍推進法が施行された2016年から、社内にワーキング・グループをつくり、女性のキャリアアップを支える施策について議論を重ねてきた。

社外の知見を取り入れるため、2018年からは、企業の垣根を超えて営業職の女性が働き方改革に取り組む「新世代エイジョカレッジ(エイカレ)」に参加。このプロジェクトは、エイカレがきっかけとなり、参加者が決めたテーマから始まった。

チームリーダーの吉野絵美さんは、前提となった問題意識を次のように語る。

「転勤をテーマにしようと考えたのは、実際、配偶者の転勤などを理由にキャリアを中断する女性社員が社内でも目立ったからです。『それは、仕方ないね』とよく言いますが、本当に仕方ないのか。選択肢を広げる制度があれば、人材確保にもつながるのではないかと考えました」(吉野さん)

三菱地所プロパティマネジメントの吉野さん
三菱地所プロパティマネジメントの吉野さん
やどかりみさお

プロジェクトを進めるに当たっては社長へのプレゼンテーションも必要になったが、その点を強く訴えたという。

吉野さんたちが提案する「あたらしい転勤」は、一言でいえば、転居を伴わずに遠隔地の業務にも取り組めるようにするということだ。

オフィスビルや商業施設などの管理を主な事業とする同社は、全国に支店を持つ。現状では、地方支店への異動が決まれば当然に、担当エリア内への転居が必要だ。だが、吉野さんたちはオンラインビデオ会議システムなどを活用することで、「必ずしも顧客の元に直接足を運ばなくても、進められる業務は多いのではないか」という仮説を立てた。

プロジェクトでは、2019年9月中旬から1カ月間を、実証実験の期間として設定。一部の本社メンバーがその期間限定で地方へ出張し、支店オフィスから「本社の仕事」に取り組んだ。期間中、一つひとつの業務を棚卸しして検証したところ、リモートワークで対応できる業務は全体の85%に上り、これは実証前に認識していた量の約2倍に当たることが分かったという。

「実証実験をしたのはコロナ禍以前で、打ち合わせなどをオンラインに切り替える提案自体が『顧客の理解を得られないのではないか』という懸念もありました」と吉野さん。しかし、取り組みの目的を丁寧に説明し、オンラインに不慣れな相手に対しては、営業チームのメンバーが直接足を運んでツールの使い方などをフォローできる体制も整えた。すると、想定以上に前向きな反応が多かったという。

コロナ禍で「リモート対応」が普通になりつつある現在、「直接足を運ぶことこそがマナー」という風潮は薄れつつある。業務をオンライン化できれば、働く「場所」に縛られなくていい。担当エリアが変わっても「勤務地」は変えず、どうしても顧客の元に出向く必要がある業務のみ出張でカバーする――。そんな働き方が、可能になるかもしれない。

「あたらしい転勤」プロジェクトに参加した三菱地所プロパティマネジメントの女性社員たち
「あたらしい転勤」プロジェクトに参加した三菱地所プロパティマネジメントの女性社員たち
やどかりみさお

社会の変化を追い風に、同社では追加の実証実験を進め、制度として社内に広く展開する可能性を探っている。推進する上での課題を、人事担当者は「現地で働く社員とリモートで働く社員が、協調し合って働ける状態をつくれるかどうかだ」と話す。

実証実験中の会議では、リアルで参加している現地社員と、リモート参加の社員との間に、通信状況などが原因で「情報格差」が生じることも。その場合、現地社員はリモート社員が聞き取れなかった情報を会議後に改めてシェアするなど、負担がかかる局面もあったという。「リアルの代替」にとどまらない価値を、リモートワークに見出せるのか。この点は、制度化を左右する大きな要素になりそうだ。

吉野さんは「転勤することで身に付くスキルや知見は個人にとってプラスに働く。試みは、転勤制度自体を否定するものではない」とする。だが、さまざまな事情で、働く場所と生活する場所を離すことができないタイミングは、人生の中で確かに存在する。「企業が、働く個人のニーズに柔軟に対応できる選択肢を増やしていくことが、営業職の未来を明るくすることにつながると思う」と語る。

独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)が常用労働者300人以上の企業1万社を対象に行った調査(2017年発表)では、「正社員(総合職)のほとんどが転勤の可能性がある」と回答した企業が33.7%。

一方、過去3年間で、配偶者の転勤を理由に退職した正社員がいる企業は33.8%にのぼった。経験者の正社員を対象に「転勤があることにより、困難に感じることがあるか」を聞いたところ、「介護がしづらい」(75.1%)「進学期の子供の教育が難しい」(65.8%)などで「そう思う・ややそう思う」との回答だった。

人材獲得などのため、転居を伴う転勤を原則廃止とした企業も近年出始めている。さらに新型コロナの影響でも見直しの動きは進んでおり、全従業員を原則リモートワークとしたカルビーや富士通では、単身赴任を解除・廃止することなどを発表し、注目されている。

(取材・文:加藤藍子@aikowork521 編集:泉谷由梨子@IzutaniYuriko

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