一斉休校、あの騒動は何だったのか。「学校」と「教師」の転換点にするために必要なこと

一斉休校は「家庭も、学校も、教員も、誰もサボっていないのにうまくいかなかった」。

一斉休校のあの騒ぎはなんだったのだろうーー。

学校に行けず友達にも会えない子どもたち、家で勉強をさせなければいけない親たちは大きな壁にぶつかり、オンライン授業やICT(情報通信技術)活用などが大きな話題となった。

多くの人が「このままではいけない」「第二波にも備えなければ」「学校って勉強をするだけのところじゃなかったんだ」と感じたと思う。

しかし、短い夏休みを終えて2学期が始まった今、ほとんどICTについての話題は聞かない。多くの学校が授業をこなしていくことに必死になっている。

あの全国一斉休校が私たちにもたらしたものはなんだったのか。学校は、私たちはこのままでいいのか。

子どもたちの学習支援・居場所づくりに取り組む認定NPO法人カタリバ代表理事で、文科省の中央教育審議会委員も務める今村久美さんに聞いた。

オンラインでも居場所になり得る

今村久美さん
今村久美さん
HuffPost Japan

――コロナ禍で一斉休校が行われる中、あぶり出されたこととは何だったのでしょうか。

社会の分断と学校の存在意義を感じました。

休校中、子どもの人間関係は家庭に閉ざされ、その結果、家庭ごとの事情が子どもに大きく反映されました。

高度な教育を受けさせる家庭や学習の遅れを心配している家庭もある一方で、食事すらないという子、親の新しいパートナーの家を渡り歩いた子、妊娠の不安を抱える子など、厳しい状況の子たちもいました。

こういった状況は学校に通っていれば先生に見つけてもらえたかもしれない。学校は、親を通さずに子どもが個人として社会に接続できる場所であり、福祉的な側面もあるのだと再確認しました。

――一方で休校中は、ICT(情報通信技術)活用の大切さも注目されました。カタリバでもインターネット上のフリースクール「カタリバオンライン」を始めましたね。

休校が始まった直後の3月4日からインターネット上のフリースクール「カタリバオンライン」を始めました。朝の会をはじめ、英語やタブレットでの学習など様々な講座が開かれ、夕方からはクラブ活動の時間も設定。約2200人が参加しました。

カタリバオンラインの参加者たち。実際には会えなくても、部活動なども行って友達になった
カタリバオンラインの参加者たち。実際には会えなくても、部活動なども行って友達になった
カタリバ提供

――スピード感のある取り組みでした。手応えはありましたか?

インターネット上でも子どもたちの居場所となり得るし、つながりが作れると実感しました。不登校の子どもたちや病気で学校に通えない子どもたちの参加も思った以上に多く、平常時の課題を解決できるのではないかとも感じました。

ただ一方で、オンラインの場所につながるためには、インターネットに接続できる環境やパソコンやスマホなどの機器が必要です。先ほど挙げたようなより困難な状況にある子どもたちには手を差し伸べられないというジレンマも感じました。そのため、貧困家庭にパソコンやWi-Fiを貸与し、学習支援を行う「あの子にまなびをつなぐプロジェクト」を始めています。

先生は「指導者」から「伴走者」に

カタリバオンラインに参加する子ども。一斉休校中はICT活用が叫ばれたが、登校が始まると元の授業に戻っている学校が多い
カタリバオンラインに参加する子ども。一斉休校中はICT活用が叫ばれたが、登校が始まると元の授業に戻っている学校が多い
カタリバ提供

多くの学校現場では、これまでICT活用が進んでこなかった。

休校中、文科省は「ICTの最大限の活用」を各教育委員会に求め、各校もAIドリルや動画など、オンラインの学習コンテンツを児童生徒に紹介。

しかし、家庭環境の差やセキュリティ上の問題などが足かせとなり、カタリバオンラインのような場は設けられなかった学校がほとんど。子どもたちと毎日連絡を取ることすらままならないのが現実だった。

こうした状況を受け、文科省も1人1台の情報端末を配布、通信環境も整えて教育に生かす「GIGAスクール構想」を前倒しすることを決めた。

しかし今、休校中ほどICT活用が話題に上らなくなっている。

――学校の福祉的な存在意義やICT活用の重要性を感じた一斉休校とのことでしたが、このまま「コロナ禍以前の学校」に戻っていきそうです。

休校当時は多くの人が、「ICT活用は重要だ」「今までの学校教育は限界だったのでは」と感じたと思いますが、今、先生たちは新型コロナへの対策や授業の時間数確保に追われて余裕のない状況です。学校での会話は制限され、休み時間も短くなるなど子どもたちのストレスも大きくなっています。

でも私は、学校の限界と果たす役割が見えてきた今だからこそ、学校はどういう場なのかを捉え直す時だと思います。

授業で情報端末を使う時間は、日本がOECDで最下位だ
授業で情報端末を使う時間は、日本がOECDで最下位だ
Getty Images

――確かに、休校中はこの経験がターニングポイントになるのではないかという雰囲気がありました。

私は学校が、学ぶ動機を得られる場所であってほしいと思っています。授業を受けるだけの場ではなく、学ぶ楽しさを感じられる場です。そのためには、これまでのように同じ単元を一斉授業で獲得していくのではなく、個別最適化された学習が必要だと思います。誰も取り残さず、逆に伸びたい子は先に進める学習です。

1人1台の端末が整備されれば、効率的な学びにはAIドリルなどを使うことができる。一方で、集団でなければできない学びに先生の力と時間を注ぐ。今のタイミングを逃さずに、転換もしくは変革していく必要があると思っています。

――文科省も「GIGAスクール構想」で個別最適化した学びを進めるとしていますね。そうすると、先生方の立ち位置・役割も変わっていくのでしょうか。

先生はこれまでのように一方的になりがちな知識伝達型の授業をする「指導者」ではなく、分からない子がいたら支援し、進んでいる子もフォローする「伴走者」になっていくと思います。

そして集団でなければできない、ディスカッションやグループラーニングなど、協働的な授業に時間を注ぐ方向に進むべきです。

そうしなければ、GIGAスクール構想もただ「整備した」だけで終わってしまいます。

学校は「持っている人の力を借りればいい」

今村久美さん
今村久美さん
HuffPost Japan

――これまでの授業のやり方、先生の役割から大きく転換することになりますね。難しさも感じます。

もちろんすごく難しいことだとは思います。制度やインフラ、スキル、マインドなど、様々な課題があります。でも、ICTを活用することは先生の負担を軽くすることにもつながるはずです。

また、今回コロナが教えてくれたことの一つは、平時から学校という壁を壊して、安全に外部の人を招き入れて教育活動を行っておくことの大切さです。

カタリバではこれまで、いくつもの自治体・教育委員会と連携して学習支援や居場所づくりを行っていますが、その関係性が今回の休校対応で生かされました。

例えば、東日本大震災後から学習支援を始め、現在も放課後学校を運営する宮城県女川町。一斉休校後すぐに、カタリバが協力しオンライン授業を始めることができました。平時からの関係がなければ、こうした対応はできなかったと思います。

――確かに学校には壁があり、外部と協力するのはとても敷居が高いイメージがあります。

一斉休校の時には本当に、みんなが大変でした。家庭も、学校も、教員も、誰もサボっていないのにうまくいかなかった。これは、学校が外の力を借りずに教育をしてきたこと、そして私たちが学校に全てを任せすぎていた結果だとも言えるのではないでしょうか。

物がなければ物を持っている人に、技術がなければ技術を持っている人の力を借りればいい。ICTだけでなく探求活動など全ての活動において、平時から壁を壊して、先生たちだけでやる、という大前提を変えなければいけないと思います。これは働き方改革にも通じることです。人材不足が課題になっている地方でも、ICTや外部の人の力を借りることが重要になっていくのではないでしょうか。

カタリバでは6月、貧困家庭にパソコンやWi-Fiを貸与し、学習支援を行う「あの子にまなびをつなぐプロジェクト」を開始。8月31日までクラウドファンディングも行っている。

今村久美さん

1979年生まれ。慶應義塾大学卒。2001年にNPOカタリバを設立し、高校生のためのキャリア学習プログラム「カタリ場」を開始。2011年の東日本大震災以降は被災した子どもたちに学びの場と居場所を提供する「コラボ・スクール」を運営するなど、社会の変化に応じてさまざまな教育活動に取り組む。 「ナナメの関係」と「本音の対話」を軸に、思春期世代の「学びの意欲」を引き出し、大学生など若者の参画機会の創出に力を入れる。ハタチ基金代表理事。第9期文部科学省中央教育審議会教育課程企画特別部会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 文化・教育委員会委員。

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