アートとカルチャー
2020年10月16日 15時08分 JST | 更新 2020年10月16日 15時11分 JST

望まない手術、性別変更の高い壁...映画「I Am Here」が描く、トランスジェンダーたちの日常のリアル

出生時に割り当てられた性とは異なる性で生きたいと望んだとき、今の日本社会は生きやすい場所になっているだろうか。映画は、そんな問いを突きつけている。

浅沼さん提供
I Am Hereの一場面

性別を変えたくても、制度のハードルが高くて変えられない人。身体の性を変える手術を受けたけれど、戸籍の性は変えないことを選んだ人。親の反対を押し切って性を変えたことで、自分を責めた人――。

トランスジェンダーが直面する困難を描いたドキュメンタリー映画「I Am Here〜私たちはともに生きている〜」が17日から、東京都内の映画館で公開される。登場するのは、戸籍上の性別変更や身体の手術に対してさまざまな価値観を持つ当事者たちだ。

出生時に割り当てられた性とは異なる性で生きたいと望んだとき、今の日本社会は生きやすい場所になっているだろうか。映画は、そんな問いを突きつけている。監督の浅沼智也さんに、作品に込めた思いを聞いた。

 

「極端な物語」ばかりだった

自身もトランスジェンダー当事者の浅沼さん。女性として生まれたが、幼少期から自身の性別に違和感を抱いていた。ホルモン治療と手術を経て、23歳のときに戸籍上の性別を男性に変えた。

映画制作のきっかけは何だったのか。

「映画が好きで、国内外のトランスジェンダーに関する映画をよく見ていたのですが、手術で体の性別を変えた後、病気で亡くなってしまう、という固定化した極端な描かれ方が多くて。性別に違和感がある人たちの存在を知ってもらうことは大事だと思う反面、幸せや希望が見えない結末の作品ばかりだと感じていました」

「生まれた時の性と異なる性で生きたいという人全てが、必ずしも体の性を変えたいわけではない。戸籍変更や手術に対しても、考え方はさまざまです。いろんな立場から語ってもらうことで、トランスジェンダー当事者が直面する問題や日常のリアルな部分を知ってほしいと思いました。性別に悩む人たちは、今も昔もずっとこの社会で一緒に生きている。当事者は特別な存在ではないと伝えたいです」

撮影:國崎万智
浅沼智也監督

「手術要件」の高い壁

戸籍上の性別の変更を求める人たちの要望を受け、議員立法で「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(特例法)が成立し、2004年に施行された。司法統計によると、これまでに約1万人が戸籍上の性を変えている。2008年に特例法の一部が改正され、性別の変更には次の要件全てを満たすことが必要だ。

1)20歳以上であること

2)現に婚姻をしていないこと

3)現に未成年の子がいないこと

4)生殖腺がないこと、または生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること

5)その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること 

4や5のような手術を必須とする要件は、当事者の心身に与える影響、経済的理由などからハードルの高さが問題になっている。生殖機能を失わせる要件については、世界保健機関(WHO)などが2014年に反対声明を発表。2019年には、手術要件の違憲性が問われた家事審判で、最高裁は「現時点では合憲」とする初判断を示した一方で、社会状況の変化に応じて判断は変わりうるとして「不断の検討」を求めた。さらに、2人の裁判官は「憲法違反の疑いが生じていることは否定できない」という補足意見を述べている

浅沼さん提供
I Am Hereの一場面

浅沼さん自身も、戸籍変更のために内性器を切除したことについて、映画の中で「本心ではなかった」と明かしている。

「もともと戸籍の性を変えたいとは思っていませんでした。ですが就職のたびに『戸籍上は女性』だとカミングアウトしなければいけないし、入社後も職場でアウティングされるのではという恐怖感がずっとありました。僕のように、戸籍変更をしたほうが社会で生きやすいと考え、手術を決める当事者は少なくありません。内性器を取り除いても感動は何一つなく、逆に虚しさというか、本当にこれで良かったのかという迷いは今もあります」

「日本は男女のどちらかにすり合わせて生きなきゃいけない現状が強すぎる。社会で生活しづらいから、望んでいない手術をする人たちがいる。社会のプレッシャーによって手術が強要されている制度は、変えなければいけません」

浅沼さん提供
映画には浅沼さんの家族も登場する

家族の無理解、アウティング被害も

当事者が直面するのは、戸籍変更の制度上の問題だけではない。

映画の出演者からは、性別違和をカミングアウトした後に親から理解されずに苦悩するエピソードも語られる。

「僕自身も親から『目を覚ませ』と言われ、親子関係がうまくいかずつらい時期がありました。親から反対されている中で手術をしたことで、親を不幸にしていると感じて心苦しかった。10年かかってやっと理解してもらえました」

当事者の一人が、職場でアウティング被害に遭った経験を明かす場面もある。同性婚が認められないことから、パートナーと子育てをしていても戸籍上で親子のつながりがない不安を打ち明ける当事者もいる。 身体や戸籍の性の変更が「ゴール」ではなく、その先にも社会を生きる上でぶつかる壁がいくつもある実態が描かれている。

「トランスジェンダー当事者は、どこか別の世界にいるのではなく身近に暮らしている。自分の生き方を自分で決められる社会にするにはどうしたらいいのか、何が必要なのかを一緒に考えてもらいたいです」

周囲の無理解や偏見とぶつかりながらも、自分らしく生きようとする出演者たち。映画で、若い世代に向けたメッセージも伝えている。

「性に揺らぎがあることで『苦しいのは自分だけだ』と感じている子どもたちに、これだけいろんな当事者が先陣を切って生きてきて、苦労を経験し悩みながらもそれぞれの選択を生きていることを知ってほしい。生きることをあきらめないでほしいと強く願っています」

 

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「I Am Here〜私たちはともに生きている〜」は10月17日〜24日、シネマ・チュプキ・タバタで上映される。自主上映会の申し込みも受け付けている