「分かりやすさ」と、どう戦うか。映画『罪の声』監督・脚本家が語る、日本のエンタメの“今”

小栗旬さんと星野源さんが共演する映画が公開中。脚本の野木亜紀子さんは「今の日本の“無臭”を目指す感じには、本当にそれでいいの?という疑問もある」と語る。
『罪の声』
『罪の声』
©2020 映画「罪の声」製作委員会

かつて日本中を震撼させた大事件。

1984~1985年に関西の複数の食品会社を標的に、誘拐や放火、菓子への毒物混入、脅迫を行い、現金などを要求し社会を大きく揺るがした。犯人は捕まらずに、2000年に時効を迎えている。

元新聞記者である作家の塩田武士さんの『罪の声』は、緻密な取材のもとにこの事件をモチーフにしたフィクション小説。身代金受け渡しの指示書代わりにテープに吹き込まれた「子どもの声」に着目し、事件に巻き込まれた彼らの人生を追った。

事件から35年が経った2020年に『罪の声』は映画化。小栗旬さんと星野源さんが共演し、全国で公開されている。

監督の土井裕泰さんと脚本の野木亜紀子さんは、TBS系列のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』『重版出来!』『空飛ぶ広報室』などの注目作を共に手掛けてきたコンビだ。

映画では初のタッグとなった二人に話を聞いた。

※本記事には一部、映画の結末に触れている部分があります。

今を生きている人に向けた物語に

『罪の声』の星野源さん
『罪の声』の星野源さん
©2020 映画「罪の声」製作委員会

35年前の実在の事件。土井さんも野木さんも、当時のことは強く記憶に残っているという。原作を読んでひかれたのは、「子どもの声」という着眼点だった。

星野源さんが演じた曽根俊也は、平凡な毎日を送るテーラー店の店主。30代半ばで一児の父でもある。亡くなった父の遺品を探す中で、偶然事件の脅迫テープに幼い頃の自分の声が使われていたことを知る。

誰がテープを録音したのか。自分の家族が関わっていたのではないかーー。曽根は、疑問と戸惑いを持ち、時に迷いながらも事件の真相を追い始める。

「実際の事件は未解決で終わっており、実はこうだったんじゃないか?と様々な仮説が生まれています。現実に起きたことを細かく取材したうえで書かれた原作もすごく複雑です。

本当に興味が尽きないほど奥深い事件なのですが、映画ではその細部を追究するよりは、当時子どもだった曽根がなぜ巻き込まれたのか?という部分を中心にしました。そして自分の知らないところでこの事件に関わっていた子どもたちは、曽根以外にもいました。その2人の姉弟のことを描きたいと。

35年が経ち、この映画を見る多くの人は事件を知らないはず。事件自体は、昭和の時代、まだ戦後から続く社会の闇を感じさせるものです。そのにおいは残しながらも、今を生きている人に向けての物語にしたかった」(土井さん)

『罪の声』監督の土井裕泰さん
『罪の声』監督の土井裕泰さん
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この事件には巻き込まれた子どもたちがいて、自分もどこかですれ違っているかもしれないーー。原作者の塩田さんは、そんな思いから『罪の声』の着想を得たことを明かしている。

土井さんは、「塩田さんが小説を書いた一番のモチベーションさえぶれなければ良いと思った」と、原作を読んだ当時を振り返る。

脚本に野木さんを起用しようと考えたのは、プロデューサーの発案だったという。これまで多くのテレビドラマを共に作ってきた両者。互いに「野木さんなら/土井さんなら、面白い映画になるはずだ」と確信できる信頼関係があった。

文庫本で500ページ以上にわたる長編で、情報量も登場人物も多い原作。およそ140分の映画にするにあたり、野木さんはどんな視点で脚本を書いていったのか。

「どうしても事件の情報処理に追われてしまう作品なので、情報処理だけではなく、その中にどれだけのものが残せるかが勝負でした。

私もこの事件は覚えていたけれど、子どもの存在は原作を読むまで気づかなかった。今でも子どもたちにしわ寄せがいってしまうようなことが日々起こっているんじゃないかと。

そこに思いが残る映画を作れれば、やる意味はあるだろうと思いました」(野木さん)

『罪の声』脚本の野木亜紀子さん
『罪の声』脚本の野木亜紀子さん
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「声なき者の声を届けたい」

小栗旬さんが演じる新聞社の文化部記者・阿久津英士は、社会部の助っ人として、事件の真相と犯人グループを調べ始める。

他社を出し抜きスクープを狙う記者の仕事に疑問を持ち、情熱を失っていた阿久津。だが、テープに使われていた子どもの声の持ち主の存在に気付き、取材にのめり込む。

印象的なのは、「勝手な理屈で人生を奪われるのは、弱く小さな者たち」という一節だ。これは原作にはなく、野木さんが新たに書き加えた言葉だ。

「事件を起こした犯人には、権力に立ち向かう強い意志と大義があった。でも、声を使われた子どもは悲惨な目にあっています。

戦争も、世界中で起きているテロも、何かしらの大義のもとに行われている。でも、方法を間違った正義で、本当に胸を張って正しいと言えるのか。犠牲になるのは、いつも子どもや弱い人たちで、今の世の中も、しわ寄せが全部未来に向かっていっている。それは他人事ではないし、決して過去の話ではないと思いました」(野木さん)

『罪の声』の小栗旬さん
『罪の声』の小栗旬さん
©2020 映画「罪の声」製作委員会

記者として事件を追う阿久津。その姿には、作り手である自分たちと重なる部分もあった。90年代以降、多くのテレビドラマ・映画を作ってきた土井さんは今、“発信者”としてやるべきことが見えてきたという。

「事件を追う中で、阿久津は『声なき者の声を届けたい』という決意を抱きます。同調圧力の強いこの現代の社会の中で、隅に追いやられている人、いないことにされている人たちがたくさんいる。

そんな声をあげても届かない人たちの声を届けること。それが僕たち作り手にできることじゃないかと考えています」(土井さん)

「日本のエンタメは社会問題を忌避しがち」

原作者の塩田さんは、新聞記者出身で、現在は作家としてフィクション作品を書いている。

野木さんは原作を読んだ時に、「自分と塩田先生は似たことを考えていると思った」という。

こんな偶然もあった。

野木さんは、『罪の声』の脚本を書き始める前の2018年、NHKのドラマ『フェイクニュース』を作っていた。ちょうどその頃、塩田さんが同じくフェイクニュースを題材にした小説『歪んだ波紋』を発表したのだ。

日本のエンタメは社会問題を忌避しがちです。だけど、塩田先生という元新聞記者の方が、そこで培ったジャーナリズムの視点でエンタメを作っているのが良いなと。日本でもジャーナリズムの視点を持った作品が増えてジャンルとして成熟していけば、クオリティもどんどん上がっていくと思います。

今回の『罪の声』は、モチーフとなった事件の被害者や関係者が実際にいるからこそ配慮しなければならないこともあったし、真摯に向き合いながらもどうエンタメとして成立させるかは、非常に難しい。軽い気持ちで手を出してはいけないジャンルとも言えます。

でも今の日本の“無臭”を目指す感じには、本当にそれでいいの?という疑問も持っています」(野木さん)

『罪の声』
『罪の声』
©2020 映画「罪の声」製作委員会

「わかりやすさ」との戦い

土井さんもまた、「エンタメの力を信じたい」と話す。だからこそ、『罪の声』を「わかりやすい話」にはしなくていいと思ったという。

「そもそもこの事件自体が複雑で、全くわかりやすいものではないですからね。今、ドラマや映画の中には、ただ物語を消費するためだけに作られるような作品もあると思います。誰にもわかりやすく、“フラグ”とか“伏線回収”みたいな面白さだけが取り沙汰されるような。

でも本当は、わからないものや知らなかったことに触れられることも映画の面白さなのではないか。観た人たちの中に、自分なりの考えや答えが生まれることが大切なのではないか。そんな思いで『罪の声』を作っていきました。ある意味『わかりやすさ』とは距離をとろうと考えていました」(土井さん)

『罪の声』はミステリー作品だ。ただ、土井さんが話す通り、単純な謎解き作品では決してない。事件の最中に生きた人たち、犠牲になった子どもたちを描き、今の社会に問題提起をする作品だ。

『罪の声』
『罪の声』
©2020 映画「罪の声」製作委員会

土井さんの考えには、野木さんも同意する。『罪の声』に限らず、脚本を書くときはいつも「意識して『わかりやすさ』と戦っている」という。

「ドラマでも映画でも、最近は特にわかりやすさとの戦いがあります。数字が取れるという理由で、わかりやすさが求められてしまう。

だけど、なんでも単純化するのは非常に罪深いことのように思います。単純化することでこぼれ落ちてしまうものがある。いつも考えているのは、複雑なところは複雑なままに、どうしたら作品として成立させられるか、受け取ってもらえるものを作れるのかということです」(野木さん)

『罪の声』
『罪の声』
©2020 映画「罪の声」製作委員会

土井さんと野木さんは、プロデューサーたちと長い時間をかけて議論しながら制作にあたり、ときには朝まで意見を交わしたこともあったという。

土井さんは「この大作小説を映画化するには一緒に戦える存在が必要で、それが野木さんだった」と話す。

「戦友」のような存在である二人は、似たビジョンを持って作品作りに挑んでいる。野木さんは、2020年はオリジナルの刑事ドラマ『MIU404』などのヒット作を世に送り出し、年明けには海野つなみさん原作の社会派ラブコメディ『逃げるは恥だが役に立つ』の新春スペシャルドラマが放送される。

土井さんも、2021年1月に映画『花束みたいな恋をした』の公開を控えている。

「届かない声をすくい上げることに意味がある」と話す二人の今後の作品を、楽しみに待ちたい。

『罪の声』
『罪の声』
©2020 映画「罪の声」製作委員会

<作品情報>

『罪の声』

全国東宝系にて公開中

出演者:小栗旬 星野源

松重豊 古舘寛治 / 市川実日子 / 宇崎竜童 梶芽衣子