ミンク大量殺処分で失われたデンマーク国内での信頼。欧州で広がる、新型コロナ第2波

デンマークの特徴を表すキーワードとして登場する”信頼”。政治だけでなく、経済界、職場での上司との関係においても、”信頼”はデモクラチ(デモクラシー・民主主義)と同様に、デンマーク社会が上手く機能する上で重要だ。
デンマークの農場でおりから外を眺めるミンク=2020年11月06日
デンマークの農場でおりから外を眺めるミンク=2020年11月06日
時事通信社

欧州内で新型コロナウイルスの第二派が広がっている。デンマークも例外ではなく、4月以降抑えられていた感染者数が、11月に入ってから増加しなかなか落ち着かない。クリスマスを前にまた新たな規制が発表されるのか、それともこのままクリスマスを穏やかに迎えられるのか。12月のイベントのほとんどがキャンセルされたとはいえ、多くの人々は心穏やかではないだろう。

それでも、デンマークは他の欧州諸国に比べると、春以降、新たなロックダウンや厳しい行動規制は行われておらず、マスクの着用も公共交通機関や屋内のみに限られている。12歳以下の子どもたちはマスクの着用は一切義務付けられていない。

デンマークの感染者数は一日あたり1200人~1300人。この数字を多いと見るか少ないと見るか(デンマークの人口は日本の約20分の1)は難しいところだが、日本との違いは、感染者数を毎日ある程度把握できているところかもしれない。コロナテストは無料で受けることができ、テストの数も欧州内で1、2を争うほど多い。感染者と接触していなくても、自発的に検査を受けることができるのは、ひとつの安心材料でもある。

またデンマークは他の欧州諸国に比べると、人口密度が低めであること(デンマークの1平方キロメートル当たりの人口は134人。イギリス、イタリア、ドイツ、ベルギーは200人以上)、1世帯当たりの平均居住者数が最も少ないこと(二世帯、三世帯同居がほとんど存在せず、65歳以上の約40%が一人暮らし)、そして住居の規模が比較的大きいことも、感染拡大を抑えられている理由なのだそうだ。身近な人々の間で、ソーシャルディスタンスを保つ条件がそろっていると言えるのかもしれない。

さらに、デンマーク政府は3月にロックダウンを指示して以降、感染拡大の傾向が見られると、保健局や専門家と協議の上、速やかに規制を呼びかけてきた。首相会見は、3月以降数えきれないほど行われてきた。日本でも子どもや若者に向けた首相会見が報道されたが、人々は日常的に首相による会見を深刻にとらえ、規制に従ってきた。これも、医療崩壊の危機もなく、感染者数をある程度抑えられてきた理由のひとつだ。

人々が政府の指示に反発せず、従順に従ってきた理由は、政治や政治家への信頼が厚いためだと言われている。デンマークでは、”信頼”は国の特徴を表すキーワードとしても度々登場する。『コントロールは良いが、信頼はもっと安くつく』という言葉があるほど、信頼を獲得することで、様々なことがスムーズに進められ、その効果も高いと考えられており、政治だけでなく、経済界、職場での上司との関係においても、”信頼”はデモクラチ(デモクラシー・民主主義)と同様に、デンマーク社会が上手く機能する上で重要なキーワードとなっている。

信頼が揺らいだ時

物事をスムーズに進められ、”コントロールより安くつく”とまで言われる ”信頼”。新型コロナウイルスの感染が始まって以降、感染拡大を抑えるのにも役立ってきたわけだが、今月(11月)に入り、この信頼が突然揺らいだのだそうだ。

11月、デンマークでは、ミンクから新型コロナウイルスの変異種が見つかり、それが人にも感染したことで、フレデリクセン首相は11月4日、全てのミンクを殺処分するようにとミンク農家に指示を出した。しかしその4日後、この決定は法的根拠に欠けていたため、急遽、農相が殺処分の義務付けを撤回したのだ。

国からの要請であり、またウイルスの変異種の根絶は必須であったため、ミンク農家はこの突然の要請を直ちに受け入れざるを得なかったのだが、それが突然、義務ではなかったと撤回されたことで、人々は騒然となった。その日以降、このニュースは連日報道され、農相は責任を取り辞任。法的根拠のない指示を出した政府は、民主主義に対する重大な違反行為を行ったとして、野党から厳しく批判された。フレデリクセン首相への批判も日に日に高まり、時期を同じくして、感染症対策法に反対するデモも行われるようになった。

二極化の拡大は事実の理解を歪める

オーフス大学の政治学者、ミカエル・バン・ペーターセン氏は、新型コロナウイルスの感染拡大以降、政府当局に対する人々の信頼度についてデータを収集している。そしてこれまで、政府への人々の信頼が高いことが追い風となり、規制が速やかに導入され、人々は粛々と指示を守り、それが結果的に感染拡大を抑えることにつながったとみている。ペーターセン氏によると、その信頼度がある時を境にはっきりと低下したのだそうだ。それがこのミンク殺処分の指示と関係があるのではないかと指摘している。

ぺーターセン氏によると、ミンク殺処分の違法指示問題は、人々の意識に2つの影響をもたらすのだそうだ。まず、政府が本当に科学的・専門的な視点から指示を出しているのかと人々が疑問を持ち始めるということ。そしてもうひとつは、急激な政治的対立によって、二極化が加速し、事実の理解自体を歪めてしまうということだ。「政治的な二極化は、人々の意見に影響するだけでなく、事実とは何かということの根本的な認識さえも変えてしまうのです」とペーターセン氏は語る。

我々の心理というのは、物事を正しく理解しようするのではなく、自分にとって都合が良いように理解しようとするのです。例えば、自分が支持している政党の意見が正しいと信じており、それが他の政党と対立したものであるとき、我々は、自分の支持政党が語る現実を正しいものとして、現実を構築します。そして自分が既に信じていることを確信するために、事実を都合よく利用するという、強い心理メカニズムが働くのです。

ミカエル・バン・ペーターセン

信頼を回復するには

スウェーデンのルンド大学で比較政治学を研究している、ユリエ・ハッシン・ニールセン氏は、新型コロナウイルス感染が広まって以降、人々の信頼度と国による規制との関係について、スウェーデンとデンマークの比較研究を行っている。ニールセン氏の調査では、規制が緩く、また行動規制が疫学専門家によって指揮されているスウェーデンに比べ、毎回政府から細かい指示のあるデンマークの方が、政府の介入や個人の権利・民主主義のあり方について、人々はより不安を感じているという結果を示している。そして両国ともに、政府の感染症対策を支持する声は3月以降、減り続けているそうだ。

ニールセン氏によれば「政治家が民主主義社会の中で権力を正しく行使していないのではないかと人々が疑問を持ち、政府を信頼しなくなれば、政府の指示には従わなくなる」とのこと。規制が有効に機能するためには、信頼を回復することが不可欠だとしている。そして今後は、ロックダウン当初のように、規制の根拠となる情報の透明性を高め、国民に対し、より明確に意思疎通していく必要があると語っている。

大型トラクターを連ねて、政府に対するデモを続けるミンク農家の人々に向けて、フレデリクセン首相は、連日、我々は大きな過ちを犯したと述べて、しっかりした補償を行いたいと呼びかけてきた。そして先日、首相は家族二世帯で経営していたあるミンク農家を訪れた。訪問後の会見で涙を見せたフレデリクセン首相は、事の重大さを改めて認識したのかもしれない。また新農相もミンク農家の人々の声を直接聞きたいと、今後、週に1,2回は現場に足を運び、人々と対話を試みる予定だそうだ。

規制とデモクラチ

デンマークはここまで、日々感染者を出しながらも、コロナウイルスの感染拡大を比較的上手くコントロールしてきた。今でも政府に対し、絶対的な信頼を持っている人々や、またミンク農家でのミンクの生育環境に以前から批判的だった人々からすれば、今の状況は過剰反応なのかもしれない。しかし一方で、政府からの一方的な指示に粛々と従うことに疑問を感じていた人々もいたのだろう。今回のミンク事件は、そのような人々の不安が、政府の過ちをきっかけに爆発した形なのかもしれない。

デモクラチとは人々が意見を出し合い、対話を通して合意形成するもので、そもそも時間のかかるプロセスだ。対立もあれば、過ちを犯せばそれを明らかにし、正していくことも必要で、迅速な対応が必要な規制とは必ずしも相性は良くない。今後、デンマーク政府は人々の信頼を回復し、デモクラチを正しく機能させながら、同時にコロナの封じ込めを効果的に行っていけるのだろうか。大変な舵取りになりそうだ。

(2020年11月29日さわひろあやさんnote掲載記事「コロナ規制とデモクラチは両立できるのか」より転載)

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