元テレビ局報道記者だった医師が、2020年の自殺報道について思う

2020年は、自殺報道のあり方について大きな課題を見つけた一年でしたが、今後報道はどう変わるのでしょうか。
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coffeekai via Getty Images

2020年は新型コロナウイルスに翻弄された一年でしたが、同時に芸能人の急逝というショッキングなニュースが続いた一年でもありました。

原因として自殺の可能性が報じられましたが、テレビやCMでよくお見かけしていた方が急逝されたことに、ショックを受けた方も多かったと思います。

ところで、昨年はニュースやインターネットでの報道の最後に「こころの健康相談統一ダイヤル」などをはじめとする支援窓口の情報が毎回掲示されていたことも話題となりました。

こういった対応はWHOのガイドラインに即したもので、厚生労働省のHPに記載された「自殺対策を推進するために メディア関係者に知ってもらいたい 基礎知識」にはメディア関係者向けに

・どこに支援を求めるかについて正しい情報を提供すること。

・ 自殺と自殺対策についての正しい情報を、自殺についての迷信を拡散しないようにしながら、人々への啓発を行うこと。 日常生活のストレス要因または自殺念慮への対処法や支援を受ける方法について報道をすること。

・ 有名人の自殺を報道する際には、特に注意すること。

・自殺により遺された家族や友人にインタビューをする時は、慎重を期すること。

・メディア関係者自身が、自殺による影響を受ける可能性があることを認識すること。

・ 自殺の報道記事を目立つように配置しないこと。また報道を過度に繰り返さないこと。

・ 自殺をセンセーショナルに表現する言葉、よくある普通のこととみなす言葉を使わないこと。自殺を前向きな問題解決策の一つであるかのように紹介しないこと。

・ 自殺に用いた手段について明確に表現しないこと。

・自殺が発生した現場や場所の詳細を伝えないこと。

・センセーショナルな見出しを使わないこと。 写真、ビデオ映像、デジタルメディアへのリンクなどは用いないこと。

などが記載されています。

筆者は、医師になる前にテレビ局で報道記者として働いていたことがあり、実際に自殺報道に携わったこともありましたが(その時はガイドライン違反はしませんでしたが)、当時は自殺報道のガイドラインについて存在はしていたものの、今よりも報道現場では認識されていなかったように思います。

2020年の報道でも、事件当初の速報などでは上記のガイドラインを逸したような報道も見受けられ、時間が経つごとに上記ガイドラインに従った報道になっていった局もあり、当初報道現場へのガイドラインの浸透率は低かったのではないかと考えています。

ところで、そもそもどうしてこういったガイドラインが策定されたのでしょうか。理由としては、テレビや雑誌などのメディアによって自殺に関するニュースがセンセーショナルに取り上げられると、「群発自殺」といってそれがきっかけで自殺者が増えることが懸念されているためです。

研究報告によると、通常模倣自殺のピークは最初の3日以内で約2週間まではそれが続きます。また時に長く遷延することもあり、報道の量と、露出度が模倣自殺に密接に関連しています。

私たちは、日々の生活で自分たちで思っている以上にメディアの影響を受けています。例えば、芸能人などの自殺のニュースが繰り返し繰り返し報道された後には、自殺件数が増加することが海外をはじめ日本の研究でも証明されています。

警視庁によると昨年の4月から6月の自殺者数は前年より減少したものの、7月以降の自殺者数は7月1840人(47人増加)、8月1889人( 286人増加)、9月1828人(166人増加)、10月人2199人(614人増加)、11月1835人(37人増加)と5ヶ月連続して前年よりも増える結果となりました。

この例年にない自殺者の増減に対し「 いのち支える自殺対策推進センター」は自殺の動向に関する分析を取りまとめた緊急レポートを2020年10月21日に提出。自殺の傾向について例年とは明らかに異なっているとした上で、様々な年代で女性の自殺が増加傾向にあること、特に7月18日以降は前年同期間との比較においても、前後一週間の比較においても、いずれも自殺者数が増えており、自殺報道の影響があったと考えられると発表しました。

自殺報道が新たな自殺を誘発する現象のことは、「ウェルテル効果」と呼ばれています。この言葉は 1774年にゲーテの 「若きウェルテルの悩み」 が出版された際、この本に影響を受けて同じ服装や方法での青少年の自殺が相次いだことに由来しています。

一方で、昨年の報道を見ると各放送局の戸惑いのようなものも感じられました。本来ニュースは、「いつ」「どこで」「誰が」「何を」「どうした」を「正確に」「詳細に」「わかりやすく」視聴者に伝えることが求められていますが、上記のガイドラインに照らし合わせると、「ガイドラインに抵触するゆえ報道できない」情報が多々できてしまいます。

また、どこからがセンセーショナルな報道なのか、過度な繰り返しになるのか、美化に当たってしまうのか、写真や映像の使用など個別の具体的な線引きは主に各局の判断になると考えられます。今回のことで「自殺自体を報道しないほうがいいのでは」といった論調も出てきました。しかしテレビ局自体も自殺をニュースとして取り上げること自体に困難さを感じたように思いました。

一方、SNSなどに流れる視聴者の声からは、当初のガイドライン違反が批判された一方で、歯切れの悪いマスコミの報道に対する不信感も見られました。

自殺報道のあり方については、これまでも命の電話関係者、弁護士、精神科医などが一緒になって自殺予防のためのシンポジウムなどが開催されてきました。改めてマスコミの関係者や専門家や一般市民も含めて、自殺報道について今一度考え直し、相互に理解を深めることが、今後の報道のあり方を模索し理解をすすめる上で重要なのではないでしょうか。

最後に、今後の報道のあり方について自殺予防の観点から考えてみたいと思います。

過剰な自殺報道は「ウェルテル効果」があるとされる一方で、責任ある自殺報道は、人々への自殺および自殺対策に関する教育に役立たせたり、自殺のリスクがある人に別の行動を促したり、隠すことなく希望をもって対話をする気持ちにさせたりする可能性があるとされています。自殺のメディア報道に、「いのちの電話」をはじめ、どこに助けを求めるべきかという情報が含まれている理由の一つはそこにあるでしょう。

メディアの責任ある自殺報道によって、自殺を予防する効果はモーツァルトのオペラ「魔笛」のパパゲーノという登場人物に由来して「パパゲーノ効果」と呼ばれています。

ところで、自殺者のうち9割近くは、うつ病などをはじめ何らかの精神疾患を抱えた状態であることは意外と知られていない事実です。一方でこの事実は、自殺はやむを得ない、防げないものではなく、原因となる精神疾患を適切な治療によって治療すれば自殺を防げる可能性があることを示しています。

もちろん、自殺は一つの原因だけで起こるものではなく、この他にも様々な要因が組み合わさって起こります。しかし、もしどこかのタイミングで他者からの支援や適切なケアが入れば、自殺を予防することができます。そして、それには周囲の理解を広げ、必要な休息期間を得たり、必要な支援や治療につなげるという意味でも、一般人のメンタルヘルスリテラシーの向上が重要となります。

2020年は、自殺報道のあり方について大きな課題を見つけた一年でしたが、今後報道はどう変わるのでしょうか。自殺報道を腫れ物を扱うようにするのではなく、しっかりとデーターを分析し、専門家やメディア関係者などの間で議論を深め、今後より良い報道のあり方へと改善する中で、自殺報道による負の社会的影響をなくすだけでなく、一般人へのメンタルヘルスに対するリテラシーの向上に結びつくような報道に繋がることを願っています。

自殺を少しでも考えてしまう人や、周りに悩んでいる方がいる人たちなどに向けて、以下のような相談窓口があります。

自殺総合対策推進センター|いのち支える相談窓口一覧

全国の精神保健福祉センター一覧

いのちと暮らしの相談ナビ

厚生労働省|自殺対策ホームページ

東京自殺防止センター

チャイルドライン

(文:佐藤知世 編集:榊原すずみ/ハフポスト日本版)

(本投稿は2020年12月28日MRIC by医療ガバナンス学会に掲載されたものに編集を加えたものです)

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