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2021年01月26日 11時38分 JST | 更新 2021年01月26日 11時38分 JST

子どものいない40代女性たちは、なぜこんなに苦しく、生きづらいのか

子どもがいるからといって幸せとは限らない。頭では理解していても、心のわだかまりを払拭するのは容易なことではない。

JGI/Jamie Grill via Getty Images
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子どもがいない。

ただそれだけなのに、どうしてこんなに苦悩を抱えている人が多いのだろう。

その答えを求めて、子どものいない女性たちの本音を聞き続けている。

 

「子どもがいない」人たちにかかる無言の圧力

私が主宰する「マダネ プロジェクト」では、子どものいない女性が本音を語れる場を提供している。参加者の中心層は40代。年齢的に子どものいない人生を歩み始める世代だ。

ひと口に子どもがいないといっても、個々に背景や事情が異なるため、その思いを一括りにはできない。子どもがいないことを全く気にせず、自分の人生を謳歌している人もいれば、子どもを持てなかったことをなかなか受け入れられずに絶望感から抜け出せない人もいる。ただ、子どものいない理由は違っても共通しているのは、一様に「子どもがいないと肩身が狭い」と口にすることだ。

多様な生き方を尊重する現代において、結婚や子どもの有無で人に、人生に優劣はない。ただライフコースに違いがあるだけなのに、少子化の加速によって「子どもがいない」人たちに無言の圧力がかかっていることは否めない。

とくに子どものことでプレッシャーやストレスを感じやすいのは、女性だ。もちろん、子どもは一人で作ることはできないので、子どもを持つ/持たないは男女同じだけれど、子どもを産む/産まないは女性特有のため、干渉を受けやすい。

子どもを望む人が好きなタイミングで100%産むことができる。もしくは、40歳を過ぎたら全員一律で妊娠・出産をすることは叶わないなど、産む、産まないの線引きがはっきり決まってしまっていれば、悩みは半減するのかもしれないけれど、現実はそうはいかない。

 

40代半ばになっても開放されない、産む、産まない問題

産む、産まない、産めない。

いつ産む、いつまで産める、もう産めない。

年齢的なタイムリミットにも個人差があり、生殖補助医療の発展で、出産可能な年齢が高齢化していったことによって、子どもを産む、産まないの問題からは40代半ばになっても解放されなかったりする。不妊治療を受ける人も増加の一途で、一般化してきたことの影響も大きい。自分自身の中で「もう子どもを持つことはないだろう」と納得していても、周囲から「まだ頑張れる」と望まない激励を受けることや、40代半ばで初産した芸能人のニュースが心を揺らすこともある。

40代前半だと、もう産めないかもしれないし、もしかしたらまだ可能性があるかもしれない。高齢出産のリスクは分かっていても、小さな希望を自ら捨てるには勇気がいるもの。「私は子どもはいらない」と明確な意思を持っていれば、迷いもなく、自分らしい人生を突き進めばよいが、そうきっぱり言い切れるのは少数派。多かれ少なかれ、子どもを持つことには迷いや葛藤が生じ、「子どもを産めるか問題」と一度は向き合うことになる。そのタイミングは女性だと40代が多くなるだろう。

子どもがいるからといって幸せとは限らない。色んな生き方があっていい。頭では理解していても、心のわだかまりを払拭するのは容易なことではないと、子どものいない女性が涙する姿を数多く見てきた者として痛感している。

Adam Paluch / EyeEm via Getty Images
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擦り込まれた価値観と時代背景が影響を

とくに昭和生まれの40代は、結婚して子どもを持つのがあたり前と、幼いころからいわれて育ってきた人たちが多い世代。就職して働き出しても、今のように産休・育休の制度がきちんと整備されてない企業が多く、妊活という概念もなかった。男性同様に必死に働いているうちに年齢を重ねてしまい、思い描いていた未来とは違うライフコースを歩んでいるケースはめずらしくない。

植え付けられてきた価値観、出産のタイムリミット、想定外の生き方への不安。40代の未産女性はもやもやした消化不良の思いを抱えながらも、表面上では平静を装って過ごしていたりする。

そんな彼女たちに向かって、若い頃に産まなかった自己責任だとか、養子縁組で子どもを育てればいいといった言葉がよく投げかけられる。だけど女性の生き方は時代背景とリンクしていて、なんでも自己責任で片づけるのは荒っぽい。特別養子縁組も近年は諸条件が緩和されてきたが、決断するには年齢的に遅かったなんてこともあったりして、そう簡単な話ではない。まして、未婚の人は特別養子縁組の制度は利用できない。

 

子どものいる人生の方が上だという認識を持った人たち

「何を言っても負け惜しみにしか聞こえない」

年末にハフポストに掲載された『「産めない」と「産まない」の大きな違いを経験して…。それでも今は後悔していない。』へ寄せられたコメントだ。

子どものいる人生を想定していたけど、産めなかった私は40代前半で子どものいない人生が確定した。いまでは自分のライフスタイルにあっていると、子どものいない人生を受け入れていることを語った。

子どもがいないことに対してどんな言葉を紡いでも、負け惜しみにしか聞こえない人は、きっと子どものいる人生の方が上だという認識を持っているのだろう。母親になることこそ女の幸せ。子どもを産み・育てることがなにより尊いと考えている人は一定数いるのだから、いちいち気にしていたらきりがない。

子どものことに限らず、思い通りになる人生なんてない。想定外だったとしても卑下せずに、幸福度と充実度を上げていく努力をして、結果オーライな人生を目指すしかない。そして、これから結婚する/しない、子どもを持つ/持たないを選択できる若い世代にとって、どんなライフコースでも自分らしく堂々と生きていける社会になってほしい。なにより、選択できる余地があるって素晴らしいことなのだから。

 

(文:くどうみやこ 編集:榊原すずみ/ハフポスト日本版)