「アウティングされ内定取り消しに」Xジェンダーの塾講師が受けた差別

Xジェンダーだからしょうがないーー。なぜ常にマイノリティの側が我慢しなければならないのか。
EqualityActJapanより

松井歩さん(仮名)は生まれた時に性別を女性と割り当てられ、現在は女性でも男性でもない「Xジェンダー」を自認している。

新卒から塾講師として働いてきたが、30代に差し掛かるころ、過労とストレスから教室で倒れてしまい、退職。転職活動中に別の学習塾で教室長のポストを任せたいと言われ、内定も得られたが、Xジェンダーであることをアウティングされ、内定は白紙に戻された。

「正直、まあしょうがないくらいにしか思っていません」と苦笑する松井さん。

自分がXジェンダーだからしょうがないーー。なぜ常にマイノリティの側が我慢しなければならないのか。松井さんの話から、未だ根強く残る差別の実態が見えてくる。

就活はパンプスやメイクが嫌だった

松井さんは幼少期から「女性」であることに違和感を抱えてきた。

「身体や法律上は“女性”だけど、そこにずっと違和感があったんです。小学校6年生の時に『性同一性障害』という言葉と出会って、なんとなく近い感じはしたんですが、かといってこれでもないなという感覚でした」

その後は女性を好きになったことから、自身をレズビアンだと思っていたという松井さん。しかし、大学に入ってから意識が変わり始めたという。

「はじめてLGBT関連のオフ会に参加しました。その時にトランスジェンダー男性の当事者と初めて出会って、いろいろ話を聞いたんですが、やっぱり自分は“男性”になりたいわけじゃないんだなと改めて実感しました」

「そのあと、大学卒業間近に『Xジェンダー』という言葉を知って、『あ、これかもしれない!』と腑に落ちました」

就活は、特に服装の規定などが憂鬱だったという松井さん。

「パンプスや女性用のリクルートスーツを着るのがどうしても嫌で、メイクしないといけないのかなあ...世の中の言う“女性”として働ける気もしないし、どうしようかなと憂鬱でした。もともと塾でアルバイトをしていたので、そのまま内定もらえないかなと思って過ごしていました」

結果的には、服装規定などがゆるい別の学習塾の会社に“女性”として就職することになった。しかし、この会社でもさまざまセクハラやSOGIハラなどの被害を経験することになる。

「当時は私が受けた被害を自分でも『ハラスメント』だとは認識していなくて、会社を辞めて2〜3年経ってから『あれを嫌だと思ってよかったんだ』と気づいたんですよね」と語る。

「男は女をくどけ」という職場

就活中の最終面接では、取締役の男性に突然「(異性と)付き合ったことある?」と聞かれた。

「なんで恋愛経験について聞かれるんだろうと思いつつ『あります』と答えると、『なら良かった、うちの社員は男性が多いから、男が無理だと困るんだよね』と言われたんです。意味がわからなかったんですが、面接を落とされるのが嫌で、その時は『仲良くできます!』と笑顔で答えました」

「男が無理だと困るんだよね」という言葉の意味は、入社してから理解することになった。

松井さんが配属された部署は、ほとんどが男性。男社会の中の“シスジェンダーで異性愛者の女性”として扱われ、いつも『おまえフリーなんだろ、あいつなんかどうだ』などと本人の目の前で言われることが多かったという。

「その会社では社員旅行もあって、観光バスを貸し切って宿泊施設に向かうんですが、男女ペアで座らなきゃいけなくて。『男は女をくどけ』っていうのがあたりまえとされていました」

「でも私が“男性”の隣に座ろうとすると『松井かよ〜(笑)』と笑われて、なので既婚のおとなしめな年配の男性の隣に座るようにしていました。そうすれば何も起きないし安心かなと」

同期など数人には自身がXジェンダーであることを伝えていたという松井さん。しかし、いつの間にか噂として社内にめぐっていた。

「子どもたちとの宿泊をともなう体験学習も担当したのですが、その打ち合わせで、突然『松井さんは性同一性障害だよね?基本男の子のグループを担当ね』と言われました」

理由は、松井さんの恋愛対象が女性だからだという。つまり、周りから「松井さんは女性が好きだから、男性になりたいんだろう」と思われ、だから「恋愛対象である女の子のグループは担当させられない」ということだった。

松井さんは「一瞬で噂が広がって、しかもいろいろ勝手に決めつけられていたんですよね。でもこの時は何も反論できませんでした」

一方で、産休・育休に関する女性社員限定の研修の際は、「松井さんは今日は女子で(笑)」と都合良く扱われることもあったという。

「そもそもなんで女性社員だけの研修なんだろうというのはありますが、それを置いておいても、笑いながら女性であることを強要されて違和感を持っていました」

教室で起きる侮蔑的な笑い

松井さんが周囲の人から直接、侮蔑的なことを言われることはなかったが、職場や教室内でLGBTに関する侮蔑的な発言は頻繁に起きていたという。

「授業中に、となりの教室からすごい笑い声が聞こえるから、どんな話で笑いとってるのかなと思って聞いていたら『レズとホモはどっちがましか』と先生が話していたんです。中学生の授業ですよ。すごく引きました。その教室には当事者の生徒がいるかもしれないのに」

会社の飲み会では下ネタは当然。「慣れないとなあ、と無理して合わせていました」と松井さんは苦笑いする。

「飲み会では『ソッチ系なんですかぁ』みたいないじりは日常茶飯事で。これはどうにかしなきゃいけないなという気持ちがずっとありました」

そこで、松井さんは少なくともLGBTに関する研修を実施すべきではないかと考え、人事部に提案をしにいった。松井さんがXジェンダーの当事者であることも伝えたが、人事からは「あと5年か10年くらい待って」と言われてしまったという。

「なぜ5年?と疑問でしたが、多分めんどくさかったんじゃないかなと思います。人事からは『まずあなたは上司にカミングアウトした方が良い』と言われて、突然ミーティングの時間までセットされてしまいました」

多くの性的マイノリティの当事者にとって、カミングアウトはそんなに容易くできるものではない。場合によっては相手から拒絶され、突然自分の居場所を失ってしまう可能性もある。誰にでも伝えられるわけではないし、カミングアウトするしないは本人が選ぶ個人の権利だ。

「結局、ミーティングでは上司と二人きりで話すことになってしまいました。本当は教室で行われている侮蔑的な発言が、子どもたちを傷つけているかもしれないという話をしたかったんですが、なぜか私自身の“弱さ”みたいな話をさせられてしまいました」

「最後は私が泣きながら自分の気持ちを吐露していて、『はい、がんばります』と私が言って終わり。何をがんばればいいんだって感じですよね」

結局、その後もLGBTや多様な性に関する研修は行われなかった。松井さんもがむしゃらに働き続けたが、自分の意識してしないところで無理をし、ある冬の日に教室で倒れてしまった。

「意識はあったんですが、立てなくなってしまって。病院に行ったら『過労かストレスですね』と言われました。子どもに関わることが好きで、子どもには自分らしくのびのびと成長してほしいと思って塾で働いていたんですが、自分は何をしているんだろうと。やっぱり一回辞めようと思って、その会社は退職しました」

アウティングから内定取り消しに

転職活動中に、友人が働いている学習塾で教室長のポジションを募集していることを知らされた松井さん。前職でも教室長の経験があったことや、友人から職場環境も良いことを聞いていたこともあり、面接を受けることにした。

「前職での経験や私の考え方を伝えるとすごく好印象でした。向こうから条件や給料を提示してくれたのですが、私としても申し分なくて。前向きに、一度持ち帰って検討させてくださいと伝えました」

その後、人事担当者からは再度「ぜひうちに来て欲しい」という連絡をもらった。松井さんは電話で内定を承諾し、今後については追って連絡をということで一度電話を切った。

しかし後日、人事担当者から「やはり今回は見送りたい」というメッセージを友人経由で知らされることに。

友人に話を聞くと、実はこの間、松井さんがXジェンダーであることを友人が塾の人事担当者にアウティングしてしまっていたことが発覚。

「その人事の方が、私の友人に『松井さんは女の子なんだよね?』と聞いたそうです。そのとき、友人は『あの人はトランスジェンダーで、性別は女性だけど、性自認は男女どちらでもなくて』と伝えたと聞きました」

「友人は私がXジェンダーであることをオープンにしていると勘違いをしていて...。でも友人もアウティングという概念を知らなかったですし、全然責める気はありません」

しかし、松井さんが“トランスジェンダー”だと聞かされた人事担当者は「ああ、そうなんだ...」という微妙な反応をしたあと、松井さんの友人に対し「そういう人はウチには前例がないから、難しいかもしれない」と伝えたという。

「その友人からは謝られました。私としては『もうしょうがないかな』という感じです。内定も電話口での言葉でしかなかったですし、そのあと人事の方から手続きについてのメールもこなかったので、そういうこと(内定取り消し)かなと」

そもそも、自身の性のあり方について最初から伝えるつもりはなかったという松井さん。

「服装規定もないので、最初から言わなくていいかなと思っていました。前職でも入社の際にはカミングアウトしませんでしたし、私の場合、『絶対男性として扱ってください/女性として扱ってください』ということではないので、同僚には場面に応じて説明していきたいなと思っていました。」

前例がないという“悪気のない”差別

塾側が「前例がないから」とした点については「なんでダメなんだろう」と松井さんは疑問に思う気持ちを吐露する。

「確かに教室長というポジションは、子どもだけでなく保護者ともコミュニケーションが必要になるので、教室の“顔”を担うことにはなります。でも、もともと私はXジェンダーであることを保護者に伝える気はなかったですし、“女性”として見られても、特に気にしません。どんな懸念があるのかは不明です」

塾側は、Xジェンダーをはじめ多様な性のあり方に関する知識もなく、「トランスジェンダー」という言葉だけを聞いて内定を断ったのではないかと推測できる。おそらく“悪気はない”だろう。やはりここにも根深い差別の実態が見えてくる。

能力や人格は評価されていたのに、なぜか性的マイノリティであるだけで、内定を切られてしまう。こうしたケースは、特にトランスジェンダーにとって珍しい事例ではない。

松井さんは現在、別の学習塾に勤務し「自分らしく働いている」と語る。当時の内定切りについては「しょうがない」と振り返るが、なぜこうした理不尽なことが起きても、被害を受けたマイノリティの側が常に我慢をしたり、泣き寝入りをしないといけないのだろうか。

たとえ悪気がなかったとしても、知識がなかったとしても、性的マイノリティであることを理由に差別してはいけないーー。こうした最低限のルールを定める法律が、日本には必要ではないだろうか。そして基盤となる法律があることで、適切な認識が社会全体に広がっていくのではないだろうか。

日本にもLGBT平等法を

「EqualityActJapan - 日本にもLGBT平等法を」では、LGBT平等法の制定を求める国際署名キャンペーンを行っています。 性的指向や性自認を理由とする差別的取り扱いを禁止し、LGBTもそうでない人も平等に扱う社会へ、ぜひ署名のご協力をよろしくお願いします。

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