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2021年02月02日 11時43分 JST | 更新 2021年02月02日 11時43分 JST

父に似ている自分の顔に向かって「ブス」だと言い続けた。家族は似てしまうものなのか

私たち家族には、ほとんど共通点がない。そんな、まともに交差することのなかったバラバラの家族が、血が繋がっているという単純な理由だけで似てくるのだろうか。

Celli07 via Getty Images
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「かわいい」とは言えない自分の容姿

朝はいつも、目覚ましの音で目を覚ます。重い身体を起こし、そのまま何も考えずに洗面台へと向かう。それから、歯を磨き、顔を洗う。朝のルーティーンを熟しながら鏡に映る自分の姿を見ていると、若い頃の母になんとなく似てきたな、とよく思う。

化粧をしたあとの自分の顔は、尚更のことだった。ひとつひとつのパーツが似ている訳ではない。持っている雰囲気や目の配せ方になんとなく既視感がある気がする。まあ、直接会って話をするたびに、似ている部分を見つけるほうが難しいと思い知るのだが。

 

「お父さん似なんだね」と言われるのが、幼い頃からのコンプレックスだった。

二重で華やかな顔立ちの母と比べると、父は一重だったし印象に薄い。体よく言えば、塩顔である。そんな父に似た私は、目も小さく、人の印象に残りにくかった。幼い頃の私も「可愛い子ども」とは言えない容姿をしていた。

一重や奥二重で生まれてきたある程度の女性は、ぱっちり二重の芸能人やクラスの可愛い女の子と自分を対比し、目の小ささを呪うことがある。私もその典型的な例のひとりだった。今は化粧でごまかし、あの頃の悩みは些細なものだったなと思うことができる。けれど、当時は真剣に悩んでいたし、自分の小さな目が大嫌いだった。

それから、両親は私の物心がついた頃から仲が悪かった。母から、父の悪口を聞かされたことは何度もある。心底嫌いだったのだろう。だからこそ、父に似ている私に向かって「ブス」だと言い続けていたのかもしれない。

父に似ているところも、両親からかわいいと思ってもらえる子どもになれなかったところも、自分の好きではない部分のひとつだ。

 

性格も才能も…、すべてDNAで決まるのか

父に似ていた私が、若かりし頃の母の面影を残すようになってきた。予想していなかったことではある。鏡に映る自分を見ながら、いつも血の繋がりをなんとなく感じている。それから、性格や考え方などの内面まで両親に似てくるのではないか、と少し怖くなる。

 

暴力を振るい、互いに傷つけ合い、自分の配偶者や子どもすら大切にできなかった両親に、私は気づかないうちに似てしまうのだろうか。それも、血の繋がりなどという自分のコントロールできない要素によって。私は、血縁からずっと離れられないままなのだろうか。

親から暴力を振るうと、子どもは暴力で問題を解決しようとして(仮)攻撃的な行動が見られるという話を聞いたことがある。頭の良さや運動神経、音楽への素養も、親から譲り受けたDNAや環境は大きな要素になるのだろう。攻撃的な性格も、才能と同じで親によって大きく左右されるというのだ。

 

私は父親と縁を切り、もう10年以上会っていない。今後も会う予定は一切ない。

一緒に生活をしていた頃も、まともにコミュニケーションを取っていたようには思えない。だから私は、父という存在がどのような人物だったのか、よくわからない。小3から始めたミニバスケットは父の影響だったし、父の好物のももが食後のデザートに出されることもあった。

誕生日や血液型など、表面的なプロフィールは知っているが、それだけだった。元々無口だったこともあるが、私にとっては怒ると何をするかわからない恐ろしい存在というだけであって、何にどんな価値観を持っている人なのか、好きなことや嫌いなものは何なのか、あまりよく知らない。

私自身が、自分の考えを真剣に話したこともなかったかもしれない。

 

家族という名を借りただけの他人

母だってそうだ。父よりも比較的友好的な関係を築くことができているが、お互いに何に興味があってどんな生活をしているのか、詳しくは知らない。気が付けば、母はまともに話のできない存在になっていた。何度も同じ話をし、その度に揚げ足を取られる。関係ない話を持ち出され、聞く耳を持たない。追いつめられると、「どうせ私が全部悪いんでしょ!」と言い出し、物にもあたる。繰り返すうちに、諦めの気持ちが徐々に強くなっていく。自分の考え方をわかってもらおうとする努力すらできなくなっていった。

弟や妹も同じだ。私たちきょうだいは顔すら似ていない。共通の趣味も、話題もない。おまけに連絡先も今どんな仕事をしているのかも知らない。もう何年も顔すら見ていない。

 

私たち家族は、家族という名を借りただけの他人同士で、仕方なく共同生活を行っていただけという感覚が正しい。それは、私たちがひとつの家族として崩壊し、同じ思い出や生活を共にするという感覚を共有することができずに育ったからではないかと思うのだ。

私たちには、ほとんど共通点がない。振り返って笑い合える体験や思い出がない。そんな、まともに交差することのなかったバラバラの家族が、血が繋がっているという単純な理由だけで似てくるのだろうか。

一体、私を構成する要素のなかで、どれくらい家族からの影響を受けているのだろう。まともに話をすることも、お互いにどんなことを考えているのか、知る機会もなかったのに。興味すらない。

 

趣味に関しても、本を読み、映画を見て、海外旅行に出かけ、音楽を聴くのも家族のなかでは私だけだ。興味・関心が向く矛先が異なっている。毎日同じ食事をしていたはずなのに、家族の好きな食べ物もバラバラだ。会っていないし、知る機会もきっとないのだが、時間の使い方も物事に対する考え方もきっと違うだろう。私たち家族は、同じ屋根の下で暮らしながら、家族以外で過ごす時間が少し長かったように思う。干渉し合わないのは心地よかったけれど、だからこそ、環境が家族を血の繋がった他人にしてしまった。自分の家族を見ていると、血縁によって人間としての基盤は同じかもしれないが、環境でいくらでも変われる気がしている。 

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人との関係を「家族」にするものは何なのか?

最近は、家族という言葉の意味や価値観が時代とともに多様化している。人との関係を家族にするものは、同じ血を分けることでも、同じ苗字を持つことでも、似ている見た目であることではない。同じ体験や経験を積み、寄り添いながら思い出を共有することなのだと思う。常に自分を見てくれ、信じてくれ、絶対に味方でいてくれると思える関係性なのかもしれない。何もなかった私の家族を思い出すと、本当にそう思う。

一見、家族という言葉の意味や価値観の多様化と私は無関係であるように思えるが、血縁の呪いを断ち、同じ道を辿らず真っ当に生きていくことは、自分で自分に責任をもつことの証明にも通じる気がしている。私は、自分という存在を通じて血縁を否定したいのだと思う。

 

確かに私の両親はどうしようもない人たちだった。暴力も振るい、互いを罵り合い、子どもを自分の分身だと思っていたような人たちだ。でも、「私も両親のようになってしまったら」という、未来の「もしも」を気にしていたら、私はずっと前に進めないままなのだとも思う。

もしかしたら私は、親と同じように誰かを傷つけ、暴力を振るい、それに気づかないふりをしたり、正しいと思い込んだりしたくなるのだろうか。そうだとしても、私は家族のせいにはしないだろうし、自分で自分の生き方を選んでいたい。

 (文:あたそ 編集:榊原すずみ/ハフポスト日本版)