ジェンダー
2021年03月03日 07時31分 JST | 更新 2021年03月04日 20時05分 JST

きっかけは「全員男性」の登壇依頼。投資先の2割を女性起業家の会社にしたANRIの話

スタートアップ業界のジェンダーギャップを解消するべく動き始めたANRIの佐俣アンリさん、江原ニーナさんに聞いた。

(左から)佐俣アンリさん、江原ニーナさん

経済分野における女性リーダーの少なさは、スタートアップ業界でも深刻だ。日本経済新聞社が、推計企業価値100億円超の未上場58社に聞いた「NEXTユニコーン調査」(2019年)によると、女性役員の比率はわずか約6%だった。

そんな中、投資家サイドから状況改善に着手する動きが出始めた。

ベンチャーキャピタル(VC、新興企業を対象にした投資会社)のANRI(東京・渋谷)は、運用額220億円規模の4号ファンドで、投資先社数の2割を女性起業家の会社とする投資方針を定めた。国内の独立系VCとしては初めてとみられるこの取り組みに、なぜ乗り出したのか。代表の佐俣アンリさん、プロジェクトを中心となって進めた江原ニーナさんに、スタートアップ業界のジェンダーギャップについて聞いた。

――まず、なぜ女性起業家の会社を「2割」としたのでしょうか。

佐俣:ある集団の中のマイノリティが、その意思決定に影響力を持てるようになる分水嶺とされる数字は「3割」です。それを踏まえて、まずは約3年後の新規投資完了時点で「2割」を目指そうと決めました。この数字がゴールではなく、もっと増やさないといけないのですが。恥ずかしながら、これまでの投資先のうち、女性が経営する企業の比率は約5%でした。

江原:起業家だけでなく、投資家・VCサイドも男性がすごく多い。女性起業家からは実際「事業について相談をするのにハードルがある」「起業家コミュニティから歓迎されていないと感じる」という声を聞きます。現状を踏まえれば、まず「私たちは女性起業家へ積極的に投資します」というメッセージを出すこと自体に大きな意味があると考えました。 

 

――なぜ、このタイミングでの方針発表になったのでしょうか。きっかけは。

佐俣:実は2020年春ごろ、パネリストとして登壇依頼を受けていたイベントがあったんです。投資家40人ほどの顔ぶれは、全員が男性。情けないことに、僕自身はどこか「これまでそういうものだったから、しかたない」という感覚を持ってしまっていて。そうしたら、江原ともう一人の若手メンバーに怒られたんです。

江原:ちょうど当時は「Black Lives Matter」運動が巻き起こり、構造的な差別に対抗する連帯の動きが世界各地で広がっていました。それなのに、スタートアップ業界のジェンダーギャップに疑問を抱かないのはおかしくないですか、と。男性ばかり40人も顔を揃えて並ぶイベントなんて、恥ずかしいと思いました。

佐俣:若い2人に怒られて、僕の態度は間違っていたと反省したんです。イベントには結局、参加しない判断をしました。

江原:そこからVCという立場で業界のジェンダーギャップ是正に取り組んでいくためには、何が有効な施策なのか話し合いました。数値目標を掲げてポジティブアクションに踏み切るアイデアについては夏ごろから検討し始め、その後ファンドの出資者への説明と調整を経て、11月に発表に至ったという経緯です。

 

――そもそも、母数として女性起業家の数が増えにくいのはなぜだと思いますか。

江原:シリコンバレーでは、主要なテック企業の創業者や経営者の多くが白人を中心とした男性で占められ、かねてから「ボーイズクラブ」と批判されてきました。日本にも、同様の状況があります。

例えば10人のコミュニティで女性が自分一人だったとしたら、単純に居心地が悪いですよね。同質性の高い集団の中ではハラスメントも起こりやすくなる。事業を大きくしていったり、資金調達をしたりするために必要な情報にアクセスしにくくなります。そうすると、成功の確度も必然的に下がります。

 

――佐俣さんは、著書『僕は君の「熱」に投資しよう』(ダイヤモンド社)の中で、インキュベーションオフィス(投資先の起業家を入居させ、支援する拠点施設)の重要性を強調し、「起業家はバラけずにまとまっていたほうがいい」と書いていました。すぐ隣りに同じように努力したり、成功したりしている人間がいてこそ「自分にもやれる」と信じられるのだ、と。

佐俣:例えば、会社員の家庭に生まれた子どもは突然「政治家になれ」と言われれば戸惑う。政治の世界が遠いからです。逆に、政治家の家庭に生まれた子どもは、会社員になることのほうにハードルを感じるのかもしれません。

起業家にコミュニティが必要な理由は、困難な局面に際しても、「自分は一人じゃない」「自分にもやれるはずだ」と孤立することなく切磋琢磨し合える正のループをつくるため。

しかし、このループをつくる過程で弾いてきてしまった人たちが、これまでにたくさんいたのだと思います。ともすると「男子校のノリ」で、全員で毎日銭湯へ行くとか、カンファレンスに参加した後にキャバクラへ行くとか。僕自身、そういうノリの中に長いこと身を置いてきた人間ですが、「嫌だな」と思いながら付き合ったことだってあった。「これまでそういうものだったから」を理由にしないで、僕らを起点に空気を変えていこうという意識を持つべきなんだと思う。 

佐俣アンリさん

――「男子校のノリ」。江原さん自身、ANRI入社前からスタートアップで働いた経験を持っていますが、居心地の悪さや働きにくさを実感したことはありますか。

江原:あまりに男性社会なので、つい無理をして、周囲にいる男性の話しぶりや振る舞いに合わせようとしている自分に気付くことがありますね。

佐俣:女性がスタートアップ業界で成功するとなると、現状、女性性を極端に消すか、強調するか、どちらかでしか生き残れないというようなバイアスはかかりやすいですよね。前者は「男勝り」とか「女傑」とか言われたり……。そうならざるを得ない環境は男性側がつくってきた部分が大きいのに、「女性起業家ってこの2タイプだよね」とまことしやかに語られてしまう。

江原:体感ではありますが、私たちが現状「成功している女性起業家」といわれてイメージする事例って、おそらくその2タイプ。後に続く人たちは「そのどちらかにならなければ」とプレッシャーを感じるし、「どちらにもなれないのなら、私には起業は向いていない」って思ってしまうかもしれない。ロールモデルに多様性がないのも、女性起業家が生まれにくいそもそもの原因になっていると思います。

「生存」を強く意識しなければいけない環境だと、起業後にも「気軽に相談できる同性の先輩」などの存在に出会いにくく、孤立しやすい。だから余計に「勝つか、負けるか」というマインドが強まって、負のサイクルが再生産されてしまう側面はあると思います。

 

――確かに女性の起業家にジェンダーギャップに関して意見を聞くと、「自分は差別を実感したことはないし、結果を出せるかどうかが全てだ」という反応が返ってくることもあります。

江原:私たちがVCとしてポジティブアクションを推進する中でも、そういう言葉が寄せられることはかなり多いですね。厳しい業界環境の中で、女性起業家個人が「私はこういうやり方で生き残ったから、皆もそうすればいいことでしょう」という感覚を抱いてしまうこと自体は、残念ではありますが、あまり責める気持ちにはなれません。

ただ、「正しい」とは思わないです。なぜならそう言い続けることは、既存の権力構造を再生産することでしかないから。「何が正しいことか、善いことか」を、改めて考えてみる必要があるのだと思います。

佐俣:切り分けが必要なわけです。みんな、色々な困難を引き受けて頑張ってきた人たちなので、そのキャリアを否定されたくないのは自然な心情でしょう。ただその困難の幾つかは、未来に引き継ぐ必要はないのではないか、という話。そこにフォーカスして、業界として議論していけるといいですよね。

 

――家事や出産、育児に関して、一般的には未だに女性にかかる負担が重くなりがちです。スタートアップ業界でキャリアを積む上でも、この点は不利に働きますか。

江原:20~30代の女性起業家で、最近出産した人が周囲に数人いるのですが、妊娠が判明した瞬間に「申し訳ない」と感じてしまった、と聞きました。資金調達の交渉が進んでいたのに白紙になってしまったという話も。

佐俣:「申し訳ない」なんて思わせてしまうのが駄目なんですが、出資する側からすると「社長が突然2~3カ月いなくなるなんて!」という反応も、とりわけ数年前まではよくありました。「ボーイズクラブ」でやっていると、先行事例も乏しく、戸惑ってしまう部分はあるのだと思います。

でも、実は僕の妻も起業家で、一緒に3児の出産・育児を経験してきて、思うことがあります。それは、子どもができるタイミングも、事業の存続を揺るがすような「事件」が起こるタイミングも、思い通りにコントロールすることなんて不可能だということです。スタートアップは、時期に限らずどうせずっと大変なんです(笑)。子どもができたら、事件が起きたら、その都度で切り抜け方を考えるしかない。

「申し訳ない」なんて気持ちを少しでも減らしてほしくて、3年前から、投資先に対して結婚と出産に際してお祝い金を出す取り組みも始めています。目的は「僕らは結婚も出産も歓迎しています、ハッピーです」というメッセージを伝えること。お金はおまけです。そうしたら、起業家も「子どもが生まれます」と喜んで報告してくれるようになりました。

江原ニーナさん

――今回の方針表明に対して出資者の方からはどんな反応があったのでしょうか?

江原:幸い、出資者からの反対意見は出ませんでした。

佐俣:我々のファンドの出資者はほとんどが大手の銀行や生保・損保会社などの機関投資家なので。おそらく、ESG(環境・社会・企業統治)を重視する投資姿勢が浸透しつつあって、ポジティブな反応をもらえたのだと思います。

あえて数値目標を掲げることなく、すでに女性起業家支援に力を入れているVCもあるでしょう。

一方でやはり僕たちはポジティブアクションに踏み切ってよかったと考えています。今回の発表を経て優秀な女性起業家の皆さんからとてもたくさん連絡をもらったんです。「ファンドとしての理念を一緒にかなえたいから、パートナーになってほしい」と言ってもらえることはとてもありがたい。

規模の大きなファンドで、機関投資家とのパフォーマンスの約束を守りながらダイバーシティという価値の実現も目指す。この挑戦が正しいという認識を共有できる仲間や投資家と、次の当たり前をつくりにいきたいです。

江原:働き方も多様化しつつある中で、女性が起業家になることやスタートアップで働くことも、キャリアの新しい選択肢の一つとしてより浸透していけば嬉しいです。

(取材・文:加藤藍子@aikowork521 編集:泉谷由梨子@IzutaniYuriko