「怒っていた。不平等や不自由というものに」 演出家・小林香さんが語るミュージカルという表現の可能性

「人間が感動している時って、心に壁がない状態なんだと思います。強すぎるメッセージでも、その瞬間なら丁寧に届けることができる。心の真ん中にストンと置くことができると思うのです」

「幼い頃から、ものすごく怒ってるんです。不平等と不自由というものに」

オリジナルショーやミュージカルの演出を手がける小林香さんは、創作の原点にある情熱についてこう語る。2020年8月には、「女性の演出家が起用されるのは極めて稀」と言われる帝国劇場で、東宝ミュージカル史を辿るメモリアルコンサートの演出を担い、成功させた。

エンターテイメントで社会的メッセージを届ける理由や、コロナ禍の中で舞台にかける思いについて、小林さんに聞いた。

小林香さん
小林香さん
アミューズ提供

コロナで公演中止からの上演へ。「私たちの物語をやりたい」

2020年夏、劇場が少しずつ再開を始めたころ。小林さんの代表作でもある『SHOW-ismシリーズ』9作目の『マトリョーシカ』は、たった8日間だけ上演された。

舞台は日本の高校の夜間コース。

夫からDVを受けている女性、読み書きが満足にできず夫や娘から馬鹿にされている女性、10代で妊娠して実家を勘当され、シングルマザーとして生きる女性ーー。

主演の美弥るりかさん演じるバンビ先生の生徒たちは、男性も女性もそれぞれに抱える事情が原因で社会の「普通」からはみ出した人々だ。

新型コロナウイルスの影響で一度は公演中止が決まった舞台だが、大幅に演出を変更し、短縮バージョンでの上演となった。それまでの『SHOW-ismシリーズ』とはガラリと趣向を変え、現代の日本が抱える社会課題をこれでもかと詰め込んだような現実的なストーリーの随所に、小林さんの怒りと温かさが散りばめられていた。

小林さんはこう振り返る。

「『SHOW-ismシリーズ』では、華やかなもの、幻想的なもの、退廃的なもの…色々作ってきたけれど、日本やリアルな社会を舞台にしたことがありませんでした。『マトリョーシカ』も、コロナ前に考えていた演出では、主演の美弥さんが持っている幻想的な雰囲気を取り込みながら、エンタメとしてもっと観やすいものを作るつもりでした」

「でも、コロナで一度中止になり、またやれるとなった時、こういう状況で何をやったらいいんだろうということをすごく考えました。ダイレクト過ぎたとしても、もっと自分たちの物語をやりたいと思ったんです」

現実はもっとずっと厳しいけれど、だからこそ希望を描きたい」

小林さんが気になっていたのは、コロナ禍で10代の妊娠相談が急増したというニュースだった。

「家庭内の性暴力が多いのだろうと思い、本当に胸が痛かった。夜間学校についてリサーチしていたので、表に出ていなくても、厳しい状況に置かれている人はもっとたくさんいると感じました」

劇中には、こんな場面がある。様々な事情を抱えた生徒たちが、バンビ先生の質問に「YES」なら床に描かれた円の中に入る、というゲームをする。

「暴力を受けたことがある」「暴力を振るったことがある」「死にたいと思ったことがある」「死のうとしたことがある」「幸せになりたいと思っている」ーー。

それぞれ円を出たり入ったりしながら、思わぬ相手との共通点を見いだし、互いに心を通わせていく。

「登場人物の設定を、もしかしたらベタだと感じる人もいるかもしれません。でも現実にそういう人はたくさんいる。その方たちが見ても嫌な気持ちにならないものを、中途半端ではなくしっかり作るべきだと思いました」

物語のラスト、生徒たちは、どんなに強がっても取り繕っても、脱いでも脱いでも自分の中にあるのは「自分」だということ。そしてそんな自分たちの心の奥には「希望」が残っているということに気づいていく。

「最後は希望を持たせました。現実はもっとずっと厳しいけれど、だからこそ希望を描きたいと思ったからです」

メッセージを届けるために、ミュージカルという表現を使う

チャップリンが大好きだったという小林さんは、子どもの頃はミュージカル映画の監督になりたかったという。

「小学1年生の頃、休日昼のテレビで、家族と『街の灯』を観ました。難しいことを、子どもでも分かるようにやさしく伝えてくれて、すごく感動したんです。歌舞音曲という表現手段を通して、世の中を良くしようと社会に影響を与えられることに、子どもながら心から感動しました」

映画から劇場へ、小林さんの夢をのせる舞台こそ変わったが、小林さんの作品への向き合い方は変わらない。伝えたいものが先にあり、そのために小林さんの表現があるのだという。

「何かしらのメッセージを届けるために、表現というものがあります。世の中を良くするというのは、政治は政治なりに、企業は企業なりにやると思うんですけど、私の場合はそれがミュージカルだったということです」

チャップリン
チャップリン
Bettmann

「『北風と太陽』の太陽になりたい」

では、小林さんが作品を通して伝えたいメッセージとは何なのだろう?

そう尋ねると、小林さんは「だいたい私、いつも怒ってるんですよ」と語り始めた。

「幼い頃から、やっぱりものすごく怒ってるんです。怒ってるし、胸を痛めてる。不平等と不自由というものに」

「チャップリンが好きだったのも、彼は不平等や不自由というものに対して、優しく、笑いも盛り込みながら、ものすごく力強く声を上げているから。私は苦労の少ない人生かもしれないけれど、ちょっと個性が強いと生きにくいし、女性であることで男性のような自由や平等なチャンスをもらって生きることができない。それによって、すごく優秀な女性たちが羽ばたけていない」

「そこに対して、ずっと、何でこうなんだろうという怒りがあった。そんな現状を、自分が変えられないか、力を尽くしたいと思っています」

小林香さん
小林香さん
アミューズ提供

小林さんは「『北風と太陽』の太陽になりたい」と話す。

「チャップリンは、笑いや感動の中にスルリとメッセージを入れていく。人間が感動している時って、心に壁がない状態なんだと思います。強すぎるメッセージでも、その瞬間なら丁寧に届けることができる。心の真ん中にストンと置くことができると思うのです」

コロナで登場したライブ配信「演劇の裾野が広がれば」

コロナ禍では、多くの舞台が公演の中止や縮小を余儀なくされた。小林さんが1、2月に演出予定だったミュージカル「イフ/ゼン」も、稽古場でのコロナ感染が原因で全公演が中止となるなど、先が読めない日々が続く。

一方、制約があるからこその演出やライブ配信の登場など、新たな表現の可能性も出てきている。

ライブ配信については、小林さんも期待を口にする。

「舞台って、見逃したらもう見られないじゃないですか。地方に住んでいる方や、忙しい方、家を離れられない方にはハードルがとても高い」

「配信だと割安で舞台を楽しめますし、ライブ配信で演劇の裾野が広がるのならすごく嬉しい。配信で興味を持った方がいつか劇場に来てくれるという素敵なプロセスが生まれたらいいですよね」

小林さんは直近では、3月30日に日比谷シアタークリエで開幕するブロードウェイミュージカル『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』を訳詞・演出を担当。そして先日発表された、6月28日〜7月18日にオルタナティブシアターで上演される2人芝居のオフ・ブロードウェイミュージカル『The Last 5 Years』の演出も控えている。

『The Last 5 Years』は、ミュージカル「パレード」や「マディソン郡の橋」で知られるジェイソン・ロバート・ブラウンが、自身の実体験に着想を得て作られた作品。同氏が作詞・作曲・脚本を手がける。

ニューヨークに住む女優の卵キャシーと、成功し始めた小説家ジェイミーが出会い、結婚し、別れに至るまでの5年間のストーリー。

キャシーは別れから出会いに、ジェイミーは出会いから別れに向かって、2人の時間軸が逆方向に進む中で、2人の愛やすれ違いを描き出す構成となっている。

役者2人の濃厚なストーリを紡ぐのは、木村達成・村川絵梨 / 水田航生・昆夏美 / 平間壮一・花乃まりあ――の3組のペア。

小林さんは「なんて面白い台本なのでしょう。このユニークな作品を、3組の俳優と作るのもまたユニーク。どうぞ楽しみにしていただけましたら幸いです。私も、楽しみです」とコメントを寄せている。

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