急増する女性自殺者:データが物語る「非正規雇用の雇い止め」との残酷な関係

新型コロナウイルスの感染拡大は多くの人々に経済的なダメージを与えている。特に女性雇用者への影響が大きく、その脅威は、中でも女性非正規雇用に襲いかかり、生活の困窮につながっている。
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d3sign/Getty Images

コロナ禍で非正規雇用失業者が急増した2020年、女性自殺者は前年から1000人近く増えて約7000人を記録した。統計数字から浮かび上がるのは、「雇い止め」増加から約2カ月で自殺者も増えるという残酷な現実。

新型コロナウイルスの感染拡大は多くの人々に経済的なダメージを与えている。特に女性雇用者への影響が大きく、その脅威は、中でも女性非正規雇用に襲いかかり、生活の困窮につながっている。

総務省の労働力調査によると、2020年の年間平均完全失業者数は210万人と前年より28万人増加した。年間平均の完全失業者数が増加に転じたのは、08年9月のリーマン・ショックとその後の金融危機を受けた09年以来、11年ぶりだ。

20年の役員を除く雇用者数を対前年同月比で見た場合、1~3月は増加したが4月以降は減少が続いた。雇用者の増減には、年を通じて女性正規雇用者が増加した一方で、非正規雇用者、特に女性非正規雇用者が “大量に減少”したという大きな特徴がある。(表1)

総務省「労働力調査」より筆者作成
総務省「労働力調査」より筆者作成
新潮社フォーサイトより

20年の月毎を合算すると、正規雇用者は429万人増加しており、そのうち339万人が女性だが、半面、非正規雇用者は898万人減少しており、そのうち594万人が女性となっている。

一貫して増加してきた女性の非正規雇用者数が減少し、それが正規雇用者に振り替わったのであれば喜ばしいが、女性正規雇用者の増加数は同非正規雇用者数の減少数に、まったく追いついて行けていない。この減少は新型コロナの影響による雇用状況の悪化で、女性非正規雇用者が雇用調整に使われた、つまり「雇い止め」にあったことを示すだろう。

失業者数の増加は生活保護利用にも顕著に表れている。20年の生活保護申請件数の総数は22万3622件と、比較可能な13年以降で初めて前年比で増加した。4月には前年同月比で24.9%も申請数が増加している。

生活保護利用者の男女別分け統計はないのだが、20年の生活保護利用には大きな特徴がある。それは、生活保護利用者数の減少に対して、利用世帯数は減っていないという点だ。これは、生活保護利用者の中で単身者(単身者世帯)の占める割合が増えていることを示している。

生活保護の世帯類型は、高齢者世帯(単身世帯、2人以上の世帯)、高齢者世帯を除く世帯(母子世帯、障害者・傷病者世帯、その他の世帯)に分類される。生活保護利用世帯中50%以上を占める高齢者世帯の動向に大きな変化はない。だが、一方で増加を続けているのは、「その他の世帯」だ。この「その他の世帯」には、失業などによる経済的困窮が該当する。

経済的困窮とは、具体的にはどのような状況だろうか。それは、生活保護の扶助の種類を見ていく理解できるだろう扶助の種類には生活扶助、住宅扶助、教育扶助、介護扶助、医療扶助、その他の扶助があるが、増加が著しいのは「生活扶助」。生活扶助とは、日常生活に必要な食費・被服費・光熱費等の補助である。

コロナ禍で増え続けている、「単身世帯」で日常の衣食に困っている「経済的困窮」の人−「非正規雇用の雇い止め」にあった女性の多くは、ここに数字として表れているのではないだろうか。

大幅増加は2020年7月から

経済的な窮地に立たされたことで、残念なことに自殺者が増加している。警察庁と厚生労働省の資料によると、20年の自殺者数は2万919人と09年以来、11年ぶりに増加に転じた。男性自殺者数は減少を続けたが、女性自殺者数は6976人と前年比885人増加した。(表2)

警察庁、厚生労働省の資料より筆者作成
警察庁、厚生労働省の資料より筆者作成
新潮社フォーサイトより

20年の月別自殺者数を前年同月比で見ると、6月までは前年以下の数値で推移したものの、その後上昇に転じ、男性は10月に21.7%増に、女性は7月17.6%増、8月44.2%増、9月29.3%増、10月82.8%増、11月18.7%増と大幅に増加している。(表3)

警察庁、厚生労働省の資料より筆者作成
警察庁、厚生労働省の資料より筆者作成
新潮社フォーサイトより

雇用不安、経済的困窮と自殺者数には強い関連があるというのが定説となっている。確かに、98年に自殺者数が前年の2万4391人から一挙に3万人を超え、3万2863人と年間で8472人(34.7%)も増加した時には、自殺者の多くが中高年男性だった。自殺の理由が「経済・生活問題」であることから、自殺と雇用不安、経済的困窮には強い関連があると推測される。

だが、03年以降、自殺者数は減少を続け、08年のリーマン・ショック以降の完全失業者数の増加局面でも、自殺者は減少した。自殺者が減少を続けた19年までの16年間、自殺の原因は1位が「健康問題」、2位が「経済・生活問題」、3位が「家庭問題」となり、この順位に変動はない。

ところが、20年の自殺者数の増加は雇用悪化と関連があると推測される。20年の自殺者数統計の詳細はまだ発表になっていないが、「経済・生活問題」が前年よりも増加している可能性が高い。

20年の月別の自殺者数と完全失業者数の推移を見ると、完全失業者が増加した3~5月には自殺者数に大きな動きはないが、その後、7月から10月の自殺者数が急増している。(表4)

総務省「労働力調査」、警察庁、厚生労働省の資料より筆者作成
総務省「労働力調査」、警察庁、厚生労働省の資料より筆者作成
新潮社フォーサイトより

あくまでも推測に過ぎないが、失業したからといって、すぐに自殺に追い込まれるわけではなく、蓄えや支援などで生活を営むことはできるだろう。それが、1カ月、2カ月と経過するうちに貯蓄が潰え、追い込まれて自殺に至ってしまうのではないだろうか。

この傾向は、新型コロナ禍の雇用調整の影響を最も強く受けた女性の非正規雇用者を見ると、より明確になる。完全失業者数の増加後に約2カ月経って自殺者が増加しているのがわかるだろう。(表5)

総務省「労働力調査」、警察庁、厚生労働省の資料より筆者作成
総務省「労働力調査」、警察庁、厚生労働省の資料より筆者作成
新潮社フォーサイトより

東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の会長に女性が就任することや、理事の40%を女性にすることも大切なことだろう。

だが、一般生活を送っている女性たちが経済的理由から生活苦に陥り、自殺を選んでいるとすれば悲惨な話だ。国や政治はこうした被害者が出ないように、一般女性たちの境遇にも目配りをするべきだ。

*本文中の数値は記事執筆時点の統計データに基づいています

鷲尾香一 金融ジャーナリスト。本名は鈴木透。元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。

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(2021年3月16日フォーサイトより転載)

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