アートとカルチャー
2021年06月18日 09時56分 JST

韓国映画やドラマの躍進。日本との違いは? 社会における「敵や悪」の描き方から考える

「今の日本こそ『問題』や『敵』が明らかになっているのだなと感じました」。社会問題や政治情勢を映し出す「社会派エンタメ」のヒット作が多い韓国。一方、日本はどうだろうか?

Jun Tsuboike / HuffPost Japan
西森路代さんが執筆に参加している『「テレビは見ない」というけれど』『韓国映画・ドラマ――わたしたちのおしゃべりの記録2014〜2020』

世界を席巻する韓国の映画やドラマ。『パラサイト』のアカデミー賞受賞から1年以上が経った今、動画配信サービスの盛り上がりも影響し、様々な作品が国を超えて視聴されている。

「韓国映画」といえば、社会問題や政治情勢を映し出す「社会派エンタメ」の作品が多く、人口5000万人の国で動員1000万人を超える映画が次々と現れている。その時々の社会状況とリンクしながら、現実に訴えかける強いメッセージ性が、韓国映画の魅力の一つだ。

韓国作品が世界で注目される一方、日本はどうだろうか?「みんなが見ているヒット作」の存在が珍しくなり、韓国の映画やドラマが称賛される傍で、日本の作品を嘆く声も少なくない。それでも、その状況も一部では変わりつつあり、社会や政治に眼差しを向けた作品も、着実に生まれているように思う。

日韓の映画・ドラマをめぐる現状や課題を、ハン・トンヒョン氏との共著『韓国映画・ドラマ――わたしたちのおしゃべりの記録2014〜2020』(駒草出版)や『「テレビは見ない」というけれど』(青弓社)などに執筆している、西森路代さんに聞いた。

 

財閥や政治批判。『タクシー運転手』『1987』がヒット

《『パラサイト』が世界的に評価される以前から、韓国映画への注目が高まっていた。

特に近年日本でも盛り上がったのは、『タクシー運転手』や『1987、ある闘いの真実』(以下、『1987』)などの史実に基づいた、政治的なメッセージを持った作品だ。両作とも、韓国の民主化運動を実在の人物・事件をもとに描き韓国で大ヒットした。

公開された2017年は、多くの不祥事を起こしたパク・クネ前大統領が罷免された年でもある。当時、政権に不都合な文化人に圧力をかけるための「ブラックリスト」が存在し、ソン・ガンホやポン・ジュノなどの名前もあった。》

 

2010年代前半頃から「韓国ノワール」と言われるジャンルが盛り上がり始め、2015年の『インサイダーズ/内部者たち』や『ベテラン』などが動員1000万人を超えました。

特に『ベテラン』は刑事もののフィクションですが、財閥批判を交えた作品で、当時の「ナッツ・リターン」事件とリンクし韓国で大ヒット。この事件を機に財閥一族を批判する声が高まっていきました。 

(※「ナッツ・リターン」事件:2014年、自社旅客機のファーストクラスに乗っていた大韓航空副社長が、機内提供のナッツにクレームをつけ、飛行機を引き返させ遅延させた)

この頃から現実と重ねる形で不当な権力行使などを批判する映画がヒットしていました。それが次第に実在の権力批判、政権批判へと近づいていった。韓国の歴史と重ね、その時代における明らかにおかしな「変わらないといけない」状況や怒りを包み隠さず描いた映画が、エンターテインメントとして存在感を増していきました。

そうした流れにあるのが、『弁護人』『タクシー運転手』『1987』『国家が破産する日』など。特に、『タクシー運転手』『1987』が制作されたのはパク政権時代で、現実や観客の関心とリンクしながら、軍事政権下の1980年の光州事件や、1987年のソウル大生拷問死事件を通し、当時、目の前にあった「敵」や「悪」をはっきりと批判的に描いています。 

(C)2017 SHOWBOX AND THE LAMP. ALL RIGHTS RESERVED.
『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』
(C)2017 CJ E&M CORPORATION, WOOJEUNG FILM ALL RIGHTS RESERVED
『1987、ある闘いの真実』

『KCIA』にみる、モードの変化

《社会に対する批評的な目線と、エンターテインメント性を追求し、多くの「社会派」ヒット作が誕生した2010年代後半。しかし、そのヒットの傾向や映画作りのモードも今では変わってきているという。

それを象徴するのが、スター俳優イ・ビョンホン主演の『KCIA 南山の部長たち』だ。1979年のパク・チョンヒ大統領暗殺事件をモチーフにし、2020年の年間興行収入首位に輝いた。》

パク・クネが2017年3月に罷免され、現在のムン・ジェイン大統領が誕生しました。政権が変わると国民の問題意識も変わり、また、史実を描いた映画作りとしては『1987』で一度極まった感もあり、今はそのモードからは変化してきています。

(C)2020 SHOWBOX, HIVE MEDIA CORP AND GEMSTONE PICTURES ALL RIGHTS RESERVED.
『KCIA 南山の部長たち』

『KCIA』は、民主化運動をモチーフにした『タクシー運転手』や『1987』の前段階の時代が舞台ですが、この2作とはやはりモードが違う。

史実をベースにしているけれど、『KCIA』が2作と異なるのは、暗殺されたパク・チョンヒ大統領を「絶対悪」としては描いていない点です。作品のキモになるのは、大統領と暗殺した側近との微妙な関係性です。かつては同じ志を持った2人が決別し、友情が途切れたわけではないのに討たなければならないという、複雑な感情を描いた人間ドラマでした。

 

「ゆるさ」と、女性の刑事もの映画

《裏社会や権力と対峙する刑事もの映画は根強い人気を誇る。しかし、同じ刑事ものであっても、今は『ベテラン』の頃とはまた異なるヒットの傾向があるという。コメディ映画『エクストリーム・ジョブ』は、2019年に公開されると韓国の歴代興行収入首位を記録した。

また、刑事ものは男性主人公が多いが、この数年で、女性が主人公の作品も生まれている。そのひとつが『ガール・コップス』だ。》

『エクストリーム・ジョブ』は、コメディ色が強い刑事もの群像劇で、『ベテラン』のように1人のヒーローが大活躍するのではなく、ダメダメな人たちがみんなでのほほんと活躍する「ゆるい」感じ。「悪」がはっきり存在しているわけでもなく、いわゆる近年の「韓国映画」のイメージとは異なります。

予想外の大ヒットでしたが、「流行ったものに倣う」ということで、その後『エクストリーム・ジョブ』的なゆるい刑事もの、コメディ群像劇が多く公開されています。

 

その「ゆるさ」は『ガール・コップス』にも感じました。女性刑事3人がわちゃわちゃしてるところも魅力のコメディですが、そこに、アダルトサイトに自分の動画が配信されると脅された女性が助けを求めてやってくる。韓国で実際に起きた「n番部屋」事件を彷彿とさせます。

「ゆるさ」と、現実の「悪」や「敵」と対峙する部分が両立した作品で、その「敵」は現実のフェミニズムの敵でもある。韓国のアクション映画は、クライマックスでラスボスと街中で素手で戦うという展開が定番ですが、それを女性がやるのも新しさを感じました。

 

『パラサイト』にみる、ポン・ジュノの「グローバルな視点」

 《実は韓国で2019年、『パラサイト』より高い興行収入を記録したのが『エクストリーム・ジョブ』だった。「敵」や「悪」をめぐる韓国映画の潮流の中で、『パラサイト』はどう位置付けられるのだろうか。》

『パラサイト』は、現実の「敵」を描いていますが、韓国的な文脈よりも、ポン・ジュノ監督の作家性や問題意識という面も強いと思います。監督は、2013年のアメリカ・フランス・韓国のSFアクションスリラー映画『スノーピアサー』などでも階層社会・格差社会をテーマにしています。

また、『パラサイト』はグローバルな映画の潮流の中にも位置付けられると思います。格差社会を描いた作品は、『万引き家族』『家族を想うとき』『ミナリ』などこの数年で世界的に増え、共通のテーマになっていると思います。

(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
『パラサイト』

ジェンダーの問題を描いた日本の良作

《韓国映画における「悪」や「敵」の描き方にこの数年で変化が見られる一方、日本の映画やドラマはどうだろうか? 西森さんは「日本は今やっと『敵』が見え始めたのではないか」と話す。

また、日本でもジェンダーの不平等を生む複雑な問題に目をこらす良質な作品も、2010年代中頃から登場しているという。》

この1年くらいの日本映画では『私をくいとめて』『あのこは貴族』『花束みたいな恋をした』なども、ジェンダーの問題を描いた作品でした。

日本は今やっと「敵」が見え始め、社会が動き始めたというムードがあると感じています。

とはいえ、表現としては、今「敵」をはっきりと描きすぎることは、2021年に見ている人たちの解像度が高まっているからこそ、その奥にある複雑な部分に十分に目がむけられていないのではないか?とも思っていて。たとえば、坂元裕二さんの『問題のあるレストラン』は2015年の時点で、明らかにセクハラ・パワハラをする男性が、「絶対に倒さなければならない敵」として登場しました。

当時はまだまだこうした論点で描かれることが少なかったので、問題提起としてはっきり描くことで多くの人に周知される意義がありましたが、今はもっとその奥にある問題に焦点をあてるようになりました。あからさまな女性差別や蔑視には見えないけれど、これはフェミニズムの問題であるのではないか、と繊細に描くほうが、より表現として前に進んでいるように思います。 

(C)2021『花束みたいな恋をした』製作委員会
『花束みたいな恋をした』

花束みたいな恋をした』も、主人公カップルが別れる展開は、ジェンダーの問題に踏み込んでおり、韓国の『82年生まれ、キム・ジヨン』に似てるところがあるなと。一見、優しいパートナーだけれど、その中に、本人も気づいてないくらいのミソジニーがあって、それに女性たちが気づいてしまったときに、複雑な苦しみが生まれるという意味では共通していると思いました。

また、2018年に放送された、野木亜紀子さん脚本の『獣になれない私たち』で田中圭さんが演じた京谷も、優しく常識人だけど、端々に女性にはこうあってほしいという意識が残っている。その加減がすごくリアルでしたね。あからさまに嫌な人だと、そこから出ていけばいいけれど、「出て行かないと、大変な不幸になるほどではないけど…」という人と一緒にいるほうが、小さな抑圧が積み重なっていく、というのは表現としてリアリティがある。

女性の生き方などをテーマにした作品は、2010年代後半頃から日本のドラマにもすでに何本もあって、野木さんや坂元さんは、先んじて取り上げていたと思います。

また、渡辺あやさん脚本の『今ここにある危機とぼくの好感度について』は、大学組織内の問題をコミカルに描きながら、それが今の日本に重ね合わすことができるようになっていました。自分事が最も重要であった主人公が、それだけでは世の中がままならないことに気づく姿に、『タクシー運転手』を思い出したのと同時に、今の日本こそ「問題」や「敵」が明らかになっているのだなと感じました。

 

求められる日本の「賞」の変革

《アカデミー賞の授賞式で、『パラサイト』のプロデューサーでCJグループ副会長のイ・ミギョンは、「韓国の観客」について印象的なスピーチを残した。

「いつも本音の評価をしてくださる韓国の観客に感謝します。そのおかげで、私たちは満足せずに進み続けることができました。(略)あなた方がいなければ私たちはここに立っていません」

Kevin Winter via Getty Images
前列左から2番目が『パラサイト』プロデューサーでCJグループ副会長のイ・ミギョン。2020年アカデミー賞授賞式にて

韓国の人々にとって映画は身近な娯楽だ。人口1人あたり年に劇場で映画鑑賞する回数は平均4.2回で、アメリカ、フランス、イギリスなど先進国7カ国中、最も多い(2018年の統計より。日本は1.3回)。イ・ミギョンの言葉からは、観客の映画に対する関心の高さが、映画作りに変化をもたらしてきたことが伺える。

社会状況や観客の厳しい目に呼応し、変わり続けてきた韓国映画。最後に、観客の批評や映画賞などの評価が、作品や製作者を「育てる」ということの可能性について、西森さんはどう考えるかを聞いた。》

韓国の最も権威ある映画賞「青龍賞」で、『パラサイト』をおさえ、若手のキム・ボラ監督の『はちどり』が最優秀脚本賞を受賞しました。大手のCJが配給しアカデミー作品賞の『パラサイト』と、インディーズ映画の『はちどり』が、同じ土俵で競い合い、正当に評価されました。

『はちどり』は世界の映画賞でも評価された作品。韓国で一番大きな映画賞と、海外の著名な映画賞で、同じような眼で批評されている。これは日本にはない状況で、日韓の違いの一つだと思います。 

(C) 2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.
『はちどり』

日本は二分化していて、作品のテーマや差別的な描写などに敏感な人たちと、そんな厳しい目で見ないで楽しみましょうよという人たちが分かれてしまい、厳しい批評があっても届きにくい層が生まれている。テレビであれば、その両方に同時にリーチできるのですが、映画はお金を払ってみにいくので難しいところもあります。

日本では作品の規模や出演者の知名度が考慮され映画賞を受賞することも多いですが、それとは異なる評価軸で、しっかりと作品を批評した上で賞を与えるのはすごく大事です。

たとえば黒沢清監督の『スパイの妻』や深田晃司監督の『本気のしるし』のような作品は、テレビの企画からスタートしており規定もあって日本アカデミー賞では対象になりませんでした。そこにメジャーな映画賞から評価がされたとしたら、日本の映画ももっと違った状況に向かうのではないでしょうか。

興行収入も重要な要素ですが、それだけでなく、テーマ性を重要視して評価できれば、見る側にも広く知られることになりますし、作り手ももっと幅広いテーマに挑戦しやすくなるのではないかと思います。

西森路代

1972年、愛媛県生まれ。ライター。大学卒業後、地元テレビ局に勤務の後、30歳で上京。派遣社員、編集プロダクション勤務、ラジオディレクターを経てフリーランスに。香港、台湾、韓国と日本のエンターテイメントについて、女性の消費活動について主に執筆している。