日本のアニメが「中国で負ける日」が来る。「天才に頼らない」戦略が、圧倒的な差を覆そうとしている

中国側は日本から技術や経験を学び、日本が抱えてきた構造的な課題も解消しようとする。巨大市場を失いかねない日本は「口を開けて金が入るのを待つ」時代から脱却できるか。

「スラムダンク」「聖闘士星矢」「ドラえもん」...こうした作品名を見るだけで、子ども時代が思い起こされる人も多いだろう。

実は、それは海を越えた中国でも同じだ。これらの作品は、日本産であるにも関わらず、中国人にとって「国民的」な存在でもある。

そんな日本のソフトパワーを象徴するアニメが今、中国で存在感を失いつつある。その原因を調べると、技術を吸収した中国側の台頭、そして「待っていればチャイナマネーが入ってくる」時代の終わりが見えてきた。

■「中国が作れるようになれば...」

東京都町田市。街道沿いのオフィスビルに、中国発のアニメ制作会社「カラードペンシル」(本社:中国重慶市)が居を構えている。

日本人と中国人、それにベトナム人などの国際的なメンバーがアニメ制作にあたる。大半は中国の動画プラットフォームに納入するものだ。

日本のアニメ業界関係者を「これを中国が作ったのか」と驚かせた作品がある。現地で人気のウェブ小説が原作で、ネットゲームの世界を舞台にした「全職高手(マスター・オブ・スキル)」だ。主人公たちが武器や魔法を駆使した戦闘シーンなどの描写が高く評価されている。

全職高手(マスター・オブ・スキル)の公式イメージ
全職高手(マスター・オブ・スキル)の公式イメージ
カラードペンシル 提供

「制作工程や技術は、基本的に全て日本から勉強したものです。2Dアニメは特にそうですね」と瞿史偉(く・しい)代理社長は話す。

中国の会社は過去にアニメ制作の下請けをした経験によって成長してきた。アニメの質を大きく左右する原画作業も「中国や韓国の単価が安かった時代は下請けに出されることも多かった」と振り返る。

中国側も技術向上に積極的だ。日本に留学し技術を学んだアニメーターもいるが、「中国の場合は、アニメの専門学校というより美術大学を卒業した人材が多い。もちろん時間はかかりますが、表現力に基礎があるぶん上達が早いのです」という。

カラードペンシルの瞿史偉・代理社長
カラードペンシルの瞿史偉・代理社長
Fumiya Takahashi

原作の供給も増えた。「カラードペンシル」が提携する閲文集団はウェブ小説プラットフォームなどを運営する。膨大な投稿作品から人気の出たものをアニメ化させ、収益につなげていく。

閲文集団は中国IT大手・テンセント傘下。同じくテンセントから出資を受ける「カラード」に制作を依頼し、テンセント系の動画プラットフォームに配信する。巨大ITに護られた生態系でコンテンツを育成していく。

制作側の技量が向上し、中国産の原作も増えた。日本アニメが徐々に淘汰されつつあるのは当然の流れだと瞿さんは言う。

「なぜ、かつては日本アニメのインパクトが強かったか。中国には(レベルの高い)アニメがゼロだったからです。何もないところに別世界のものが入ってきた。『こんな面白いものがあるのか』と感動を受けたくらいです。スラムダンクやドラえもんは私たちにとっても国民的な作品なのです」

「日本アニメが急に無くなることはありません。ただ中国人消費者にとって、より面白いものを作れるのは中国人クリエイターです。今までは自分たちで作れないから日本のものが入ってきましたが、作れるようになれば中国製が強くなるのです」

■中国産、ついに日本を追い越す

数字も瞿さんの話を裏付ける。

日本のアニメは、中国の動画プラットフォームが放映権を購入している。例えるなら、YouTubeやニコニコ動画が海外アニメの権利を買い取り、日本語字幕をつけ配信するようなものだ。

その買い付け数に変化が出ている。知的財産の中国展開などを手がけるIP Forwardによると、2018年には年間192作品が配信されていたのに対し、2019年は178作品。2020年は169作品と減少傾向だ。

また現地メディアによると、日本のサブカルチャー好きが特に多く集まる「bilibili」でも、日本アニメの視聴数は2019年に中国産に追い抜かれた。

■介護の現場から、アニメの世界へ

人材面でも課題解決に積極的だ。「カラード」は7人のクリエイターを正社員として雇う。非正規雇用も7人いるが、1年間働いて問題がないと判断されれば社員登用への道が開ける。新卒社員は月給およそ18万円、平均給与は20万円台後半だという。

平均的なアニメーターの労働実態はどうか。「日本アニメーター・演出協会」の『アニメーター実態調査2019』によれば、アニメーターの平均年収は440.8万円。だが、20〜24歳は154.6万円(全産業平均262万円)、25〜29歳は245.7万円(同361万円)となっており、いずれも平均を100万円以上下回る。またフリーランスが50.5%と突出し、正社員は14.7%に留まる。

「カラード」の安定した雇用を支えるのがビジネスモデルの違いだ。「中国はどちらかといえばアメリカ流。ネットフリックスやアマゾンのように、いい作品は予算を出して購入してくれます。受注件数や金額を予測しやすいのです。ここは日本と大きく異なる点だと思います」と瞿さん。

このシステムで業界に戻った人もいる。動画検査や新人教育などを担当する藤森大志さん(28)はかつて、日本の制作会社で働いていたが「経済的な理由で脱落した」と退職。介護関係の仕事に就いていたが、去年6月に正社員として「カラード」に入社した。「普通に働いて普通にお金がもらえる。業界全体でも片手で数えるくらいです」と話す。

藤森大志さん。動画検査などを担当する。
藤森大志さん。動画検査などを担当する。
Fumiya Takahashi

常に同じメンバーが顔を揃えることで、技術の継承も進む。朱奕菡(しゅ・やくはん)さん(26)は新卒で入社して3年目。「ほぼ毎日、仲良しの作画さんから書き方や構成を勉強させてもらっています」と声を弾ませる。原画に加え、演出も手がけるようになった。

「アニメ業界だから特殊、ではない。プロフェッショナルに給料を出して育成し、長く働いて欲しい、というのは普通の態度では」と瞿さんは話す。一方で、中国側からの発注は日本と違って「急に来たのに(作品の)設定ファイルも足りない」など対応力が試されるものもある。「柔軟に対応するには正社員を揃えた方がやりやすいというのも正直なところ」と頭をかく。

原作の供給増加、アニメ化の技術向上、雇用状況の改善...中国アニメはすでに、無敵を誇った日本アニメのシェアを目に見える形で奪いつつある。両者の差はどのくらい詰まっているのか。瞿さんは「個人的な意見」としたうえでこう話す。

「日本には『天才』がいます。鉄腕アトムの時代から、最近では『エヴァンゲリオン』の庵野秀明さんまで。そういう存在は中国にはまだいません。トップ層は日本の方が全然強いのです。ただ天才は相応の給料をもらっていても、その下の人たちは(生活も)大変だと思います。天才たちの栄光を頼りにするのは限度があるのではないでしょうか」

では、中国に天才は生まれるのか。

「時間はかかりますが、掘り出しますよ。マーケットがそれが要望していますから」

■天才に頼らない時代へ

中国勢の進撃に危機感を抱く人がいる。中国の知的財産法などが専門の弁護士・分部悠介(わけべ・ゆうすけ)さんだ。中国の海賊版対策に第一線で関わってきた経験を持ち、日本アニメの中国進出にも携わる。

「ここ5年ほどで、中国アニメ産業が底上げされていると感じます。日本アニメ産業はもう少しこの市場を真剣に見ておくべきでした」と分部さん。

分部悠介さん。中国の知財・エンタメ法が専門の弁護士。IP FORWARDグループ総代表。
分部悠介さん。中国の知財・エンタメ法が専門の弁護士。IP FORWARDグループ総代表。
Fumiya Takahashi

これまでは、競合となる中国勢が育っていなかったため「作っていれば中国で売れ、口を開けていればチャイナマネーが入る時代」だったという。しかし認識を変えるべきフェーズにあると訴える。

こうした議論でよく出るのが「中国人は日本のアニメを見なくて結構」といった声だ。

分部さんは「それも一理あります。中国に進出する・しないは企業の戦略次第です」と前置きしたうえで、「日本の市場はシュリンク(地盤沈下)していきます。すぐ隣にエンタメを求める魅力的な市場があれば、重視するのも戦略です。また、日本文化の象徴の一つとして外交的な側面もあると思います」と話す。

中国のアニメ市場は2020年末時点で3.3兆円規模と推測される。統計主体が違うため単純な比較はできないが、日本動画協会が発表した日本の市場規模は約2兆5000億円(2019年)だ。

中国では2021年4月、劇場版「名探偵コナン」が日本から1日遅れで公開され、話題を呼んだ。2016年には新海誠監督の「君の名は。」が大ヒットするなど、明るい話題もある。

「稀に天才が生まれ、その作品は国境を超えます。それが中国でも享受されたということです」と分部さんは話す。一方で「天才はいつ出てくるか分かりません。日本のアニメを中国で継続的にヒットさせる仕組みづくりが必要です」。

分部さんの提言はシンプルだ。

「中国市場を分析し、考え、動くことです。流行っている作品を見て、裏で動いているプレイヤーや構造を知る。新市場に踏み込んでいく上では普通の経営戦略を、産業全体で考えるべきではないでしょうか」

■取材後記

2011年、中国のテレビで流れたアニメに大笑いしたことがある。コメディだったからではない。あまりにひどい出来だったからだ。「デジモンアドベンチャー」の模倣としか思えないデザイン、足を一歩あげるごとに動く床にでも乗っているかのように移動するキャラ...

それが10年後、こんな記事を書くとは思ってもいなかった。

アニメの中国進出には障壁も増えた。中国政府は日本を含む海外産アニメの放映を制限することで、国産アニメを保護している。さらに2021年4月から、ネット配信される海外産アニメへの検閲も強化されたとみられる。中国の動画プラットフォームからすれば、せっかく日本から作品を買い取っても、検閲終了までに時間がかかるか、最悪検閲を通過しない可能性もある。買い控えが起きるのは当然だ。

「天才の作品は国境を越える」分部さんの言葉が重い。中国には表現の自由がない。思いもつかないような発想という日本のアドバンテージが消えることはない。「天才」たちに続く新しい芽を育てつつも、片方で依存しすぎない戦略を立てることが求められる。こちらは今後の取材の課題としたい。

中国も、アリババが突如当局の締め付けに遭うなど、世界的な巨大ITといえども経営環境をめぐる不安定性は高い。テンセントの生態系に暮らす今回のケースも、必ずしも安泰とは言い切れないはずだ。

最後に、日本の強みを活かすべきだというカラードペンシル・瞿さんの提言を紹介したい。中国発の会社の経営層でありながら、日本アニメへの思い入れを随所に滲ませる瞿さんも、先行きを案じる一人だ。

「中国は他の人と違う方向を目指す人にはあまり優しくはありません。比べて、寛大でなんでもありなのが日本だと思います。『こういう世界があるんだ』と見せられるのが日本の強みです。それを発揮するには若い世代が必要。そのためにはきちんとお金を出さないと。根性や愛情で頑張ろう、には限度があります。業界全体で1つのチームとなって欲しいです」

【高橋史弥/ハフポスト日本版】

注目記事