「経済安全保障」と言われても...中国とビジネスしている日本の会社は、どうすればいいのか?

「対中強硬」の一環とも見られがちな経済安全保障。具体的な中身が少しづつ、明らかになってきました。

「経済安全保障」という言葉がここ最近、注目されている。

供給網の弱点を洗い出し対策したり、重要な技術や個人データなどの流出を防いだりすることなど、幅広い概念だ。

2021年3月に発覚した、ユーザーの個人情報が委託先の中国人社員から閲覧可能な状態だったいわゆる「LINE問題」で注目度が上昇。「経済安保」をテーマに政府に提言案を出す組織もあるなど、政治の動きも活発だ。

大事なことは分かる。しかし、一つ一つの企業は何をしておけば良いのかはよく分からない。

日本は特に中国との経済的な結びつきが強い。これまで続いてきた交流やビジネスは途切れてしまうのだろうか?

■経済安全保障が問題になったのは?

「経済界からも『我々はどうすれば良いのか』と不安が寄せられている」

「産業界やアカデミアは、この事態にどう向き合うか暗中模索という状況」

5月20日の「ルール形成戦略議員連盟」。政府への提言案をまとめた席で、甘利明氏はこう繰り返した。

日本の企業の経済安保対応は「暗中模索」と繰り返した甘利氏
日本の企業の経済安保対応は「暗中模索」と繰り返した甘利氏
Fumiya Takahashi

「経済安全保障」は中国を念頭に置いている。先端技術や軍事転用可能なテクノロジー、それに新興技術(エマージング・テクノロジー)に関する情報などを流出させないこと。機微な個人情報を守ること。相手にストップをかけられると途端に苦しくなる供給網の弱点をなくすことなど...とにかく多岐にわたる。

具体的に、経済安全保障上、問題となったケースを見ていこう。例えば、スリランカのハンバントタ深海港。中国が進める「一帯一路」構想の中でインフラ開発融資を受けたが、返済が難しくなり、2017年から中国企業に99年間租借されることになった。

ハンバントタ深海港(スリランカ)
ハンバントタ深海港(スリランカ)
Xinhua News Agency via Getty Images

貿易規制を用いた手段ではオーストラリア。2020年4月、モリソン首相が新型コロナウイルスの感染拡大に対し、中国への独立した調査を求めたことがきっかけに関係が悪化。中国側はダンピング(不当廉売)を名目にオーストラリア産大麦に高関税を課すと、ワインや牛肉、ロブスターなどの輸入にも障壁を作った。

日本でこの概念が注目されたのは2021年3月。LINEの個人情報を、データ処理の委託先だった中国・大連の関連会社の社員が閲覧可能だったことがわかったのだ。

これまでに情報流出は確認されていないが、取りざたされたのが中国の「国家情報法」。いかなる個人や組織にも中国の情報活動への協力を義務付けるもので、一度データが中国に渡ってしまえば、強制的に情報機関に収集される危険性があると指摘された。

日本の政界も対応を急ぐ。しかし、中国との関わりを持つ企業などにとっては、具体的にどの企業がどうすれば良いのかはやや漠然としている。冒頭のような言葉が寄せられるのも自然なことなのかもしれない。

■境界線どこに引く?

自民党の「ルール形成戦略議員連盟」は積極的に経済安保に取り組む組織の一つ。5月20日の会合で、経済安全保障の対応を企業などが政府に相談できる「協議会」の設置を求める提言案を取りまとめた。

そのなかには、今後取り組むべき「懸念事項」が列挙されている。

▽レアアース、基幹製品から汎用品までのサプライチェーン再構築や、▽国家情報法を含む中国法への対応、それに▽データ保護やサイバーセキュリティなど8項目だ。

経済安全保障「懸念事項」(ルール形成戦略議員連盟)
経済安全保障「懸念事項」(ルール形成戦略議員連盟)
提言案をもとに筆者作成

加えて、▽企業に「経済安保担当役員」を置くことや▽企業の内部で、アメリカ事業の情報が中国事業の担当者に渡らないようにする仕組みづくり、▽機密情報を扱う人間の適格性を判断する制度(セキュリティ・クリアランスと呼ぶ)などの10の「戦略課題」を明記した。

ここまで具体的な課題が出揃えば、「誰が、何を、どうすれば」という疑問が解けるかもしれない。この提言案を起案した中山展宏・衆議院議員に聞くことにした。

中山展宏衆議院議員。ルール形成議連の事務局長を務める。
中山展宏衆議院議員。ルール形成議連の事務局長を務める。
Fumiya Takahashi

「米中冷戦が今後、何十年か続くというのは経営者も懸念しています。特に中国市場を重視している人はそうです。対中国、対アメリカビジネスのガイドラインを作れれば良いというのは産業界や経済界からの要請でもあります」と中山氏。2020年10月ごろから議論が始まり、今回の官民協議会構想に行き着いたという。

しかし、中山氏はこう続ける。

「一般的には重要な先端技術や新興技術、それにインフラや機微な個人情報を扱う企業は注意が必要になります。しかし『これを守れば経済安全保障に適って米中双方にアクセスできます』とか、逆に『これを犯してしまうとできません』などを確定させることは出来ません」

外国資本の出資に対する事前審査の要件を厳しくした改正外為法など、すでに明確にされているケースを除けば、「アウト・セーフ」の境界線を確定させることはできないというのだ。

この協議会でも、目指すのは「予見可能性を高めるために、政府と企業の対話の場を設ける」段階なのだという。

それでも一定の方向性は示した。中山氏はこう話す。

「経済安全保障という考え方が、概念的になかなか難しいところがまだあると思います。そのためあえて懸念事項と戦略課題を例示しました。経済界や産業会に警鐘を鳴らさないといけない。多くの分野が関係しているんだということを意識してもらいたいですね」

官民協議会の役割はどんなイメージか。LINE問題を例に挙げて話す。

「LINEを買収したZホールディングスは、統合前から『チェックをしっかりする』と疑義があることを伝えていました。しかし、委託網に中国企業があることに気づいたのは統合後です。今後こうしたケースがあった場合、事前に政府と対話しながら、日本企業によって安全保障環境が毀損されないように一緒に考えていきたいです」

一方で、中国を念頭に置いた経済安保は、中国市場への依存度が高い日本企業に負担をもたらす可能性がある。製造拠点やデータ処理の委託先を変えるよう迫られた場合、コストも伴うだろう。

「経済的な合理性だけでは、持続可能性のある企業活動ができない場合があります。私たちは『対中強硬派』ではなく、国際ルールの中で日本企業の活動を支えるのが目的です。中国マーケットは大事なので、中国と融通しても問題のないものは広げていけるようにしていきたいです」

自民党は、2022年国会での「経済安全保障一括推進法」の成立を目指す。「協議会」は早ければ年内の設立を目指しているという。

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