ハフポスト編集長を退任します。ただ「さようなら」ではありません。

泉谷由梨子さんが編集長に就任。新しいハフポスト日本版が始まります。

私は、ハフポスト日本版の編集長を本日6月11日付けで退任します。編集長になったのが2016年5月1日ですから、5年間と少しつとめました。後任の編集長は泉谷由梨子さんです。本人が就任にあたってブログを書いていますので、こちらからお読みください。

泉谷さんが最近力を入れていた報道が「男性版産休」の創設と「男性育休の周知義務」を企業に求める法改正です。男性の育休取得率はわずか7.48%。私が4ヶ月間の育休をとった13年前の2008年頃は2%未満で、それから比べたら進歩していますが、まだまだです。

そういえば、長男が生まれて育休を取得したとき、私は多くの人から「なんで男が育児なの?」と言われました。「あと10年たったら、男性の30%ぐらいの人が取るようになりますよ」と答えていましたが、予測は外れました。

泉谷さんと2人で「なんで変わらないのか」という話はよくしていますが、悲観はしていません。なぜなら今回の法改正の動きにメディアとして併走している途中、政策起業家、市民団体、政治家、企業など多くの人の「心意気」に触れたからです。ハフポストもなんとか気概を示そうと踏ん張ってきましたし、そういうメディアでありたいな、と考えていました。

私はこれからの時代は心意気など、「見えないモノ」の価値が高まっていくと思います。

背景の一つには、社会の変化があります。産業資本主義を支えた工場や店舗など、形がある「有形資産」だけではなく、経営者や社員の頭の中にあるアイデアや発想力など、形のない「無形資産」もビジネス上の競争力の源泉となり、そのことの課題もあるとはいえ、企業価値を高めていく時代に入っているからです。

新型コロナウイルスの感染拡大やDXの浸透で、「職場のかたち」も大きく変化しつつあります。仕事を支えていくのは、従業員の「気持ち」、顧客との「結びつき」、上司が否定せずに話を聴き、ハラスメントがない「心理的安全性」など見えないモノになっていくのではないでしょうか。さらに、顔を直接合わせる機会が減った分、経営者は自らの言葉でビジョンを語らないと、多くの人の心が離れてしまいます。

環境、人権、ジェンダーなどの課題に取り組む「SDGs」が広まっています。ビジネス界が政治家、NGO・NPO、Z世代、アクティビスト、国連、弁護士など様々なステークホルダーとつながりました。全員が協力しないと環境問題などは解決しないからです。

そしてみんなを結びつけているのは、契約書や法律というよりも、理念や心意気やソフト・ロー(国際社会の約束事や業界の自主的なルール)など、こちらも「姿かたちがないモノ」です。

新しく編集長になった泉谷さんは、毎日新聞記者や、女性移民労働者を支援する海外NGO職員としての経験があります。文章力や企画力などのスキルのみならず、人をひきつけ、関係者を巻き込み、最後は自分の信念で行動する力が持ち味です。

「男性版産休」の記事には泉谷さんの個人としての気持ちがーーそれは、もちろん姿かたちは無くても、ズシリと心に響くのを感じられるほどーー文章に乗っかっていました。

今回の法改正も、企業側から従業員にきちんと「育休は取る?取らない?」と聞くことを求めるなど「職場の雰囲気」を変えていくことにポイントがあります。企業文化もまた、見えないうちに、私たちの行動に影響を与えるものです。

私は7月末で退社をします。ただ、その日もオフィスを「出る」わけでもなく、最後はZoomでみんなとお別れです。そう考えると、そもそもザ・ハフィントンポスト・ジャパンという会社の本質とは、触ったり感知できたりするものではなかったと改めて思えて来ます。

読者や視聴者、リスナーの方々、広告主などパートナー企業のみなさま、そして様々な「つながり」でハフポストを支えてくださった全ての人に感謝します。現場で今もまさに多くの苦労を感じている医療・福祉従事者を始めとしたエッセンシャルワーカーの方、自粛や休業要請で苦労されている飲食店や小売店の方々も、ハフポストの記事を読んでくださり、色んな声を届けてくださいました。

この困難な時代において、私たちもメディアとしての役割を日々考えさせられています。

ジェンダーギャップ指数が120位で、編集長に就いた5年前とあまり変わらない水準である点も悔しいままです。

ただ、姿かたちの無いモノの価値をも重んじ、心でつながっているということは、双方の意志次第で、関係性が不変だということを意味します。なぜなら、心はメディアや組織という枠を超え、おカネで買ったり、引き裂いたりすることはできず、AIが広まろうと、最後の最後まで残るモノだからです。ですので、「さようなら」ではなく、これからもどうぞよろしくお願いします。5年間、本当にありがとうございました。

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