「ワクチン、私は打ちたくない」って友達に言われたら。 信頼への秘策は『タモリ倶楽部』?

医療コミュニケーションについて語りあう「SNS医療話」。病理医ヤンデル先生こと医師の市原真さん、医師で現在は米国でがん研究をする大須賀覚さん、編集者のたらればさんと話し合った。

新型コロナの感染は収束の気配がまだ見えない。

一方で予防のためのワクチン接種。一部の自治体でまだ予約が取れない問題はあるものの、日本全体としては接種が可能になった人は増えている。

そんな今、もし友人や知人に「ワクチン、私は打ちたくない」と言われたら、あなたはどうしますか…?

ニッセイ基礎研究所のワクチン接種に関する調査(2021年7月実施)では、全年代で「しばらく様子見」が24.1%、「接種したくない」という人が18.4%との結果。

私の身近にも、「怖いから打ちたくない。だって、5年後にどうなるかわからないじゃないですか」と話してくれた人がいた。

「あるある」だが、そんな時、私の背筋はヒヤッとする。どう答えるべきか。

ワクチンに重症化や感染を予防する効果があることは、既に十分に明らかになっている。私自身はそのことを知っていて、打つメリットがデメリットを大幅に上回ることを理解しているし、知識を駆使して説得しようと思えばできる。ただ、躊躇してしまう。

「もし、素人の下手な説得で逆効果になってしまったら…」。

私の答えがアヤフヤで上手く伝わらなかったり、見下しているかのように聞こえて「感じ悪いな」と思われたりしてしまったら、その人の「不安」は、「不信」から「デマを信じる」への道に続いてしまうのではないか、と。

Twitterに備わった新しい音声のみの発信機能「Spaces」を使って、医療コミュニケーションについて語りあう「SNS医療話」。スピーカーは、医師で現在は米国でがん研究をする大須賀覚さん(@SatoruO)、病理医ヤンデル先生こと医師の市原真さん(@Dr_yandel)、編集者のたらればさん(@tarareba722)だ。

私・泉谷が聞き手を務めることになってからずっと、聞きたいと思っていたことだ。「何か良いお返事の仕方はありますか」

Twitter Spacesで行われた「SNS医療話」
Twitter Spacesで行われた「SNS医療話」
夏の夜のSNS医療話

すると、ヤンデル先生はこう即答した。「『不安だから打ちたくない』って言われたときの最善解は、『不安なんですね〜』しかないですよ」。

「エッ?」

もしも「理論上はワクチンを打ったほうがいいに決まってるし、あの学者もあの専門家も打てと言ってる」なんて畳みかけたら、その人の『不安』という気持ちを棚上げしてしまうことになる。そしたらもう相談されなくなってしまうんですよ。一旦、相手の話を全部聞こうぜと。それができる関係であれば、次の次ぐらいの話題の時に『そういえば、あなたはワクチン打ってるよね? 自分も打った方が、いいかな?』って聞いてくれるはず。『お答えパック』は、長い時間軸で編んで。とにかく相手の気持ちに添いましょう、まずは味方ですよと伝えましょう、仲良くすごせるコミュニティを広げてあげるところからでしょう

大須賀先生もこれに同意した上で、さらにこんな提案をした。

「ほんのちょっと踏み出せない、迷いの境界線よりの人には、『ワクチンを打てば、コロナはただの風邪になるみたいよ』と、ベネフィットをシンプルにして行動を促すという方法もあるのでは。細かなことを言うと、何らかの持病をお持ちの方ではそんなにシンプルな話ではないですが、健康な方に対しての場合にはワクチン接種をすれば命の危険を大幅に減らせるので、そのようなシンプルなメッセージでの一押しもありなのかなと思います」

本当に有益な医療情報をどうしたら届けることができるのか?

考え抜いた2人のハッとさせられる答えだ。

しかしどうだろう。この会話がTwitter上で行われていたとして、もし私が「不安ですよね〜」と応答したら、結構な確率で、「デマに賛同するとはけしからん」と、「炎上」するのではないだろうか?

「うーん、じゃあそこで『論争』ありきの会話を選ぶのかって話なんですよ。SNSだけ見ていると『俺の不安はなんで認められないんだ』VS『いいから打て』の論争で、阿鼻叫喚みたいな状況になっている。ただ、ケンカの内容をよく見てみると、大きな考え方の違いではなく、口先……というか言葉の使い方で失敗しているだけだったりする。大前提として、我々人間は喋るのが下手で、口を開けば誤解を生むのだという、限界をもうちょっと知った方がいいのでは?」(ヤンデル先生)

確かに、私たちは会話が下手なのだ。

SNS時代に、文字の言葉が大量に溢れるようになってから、下手さに拍車がかかっているような気さえする。さらに、新型コロナでリアルに会話をする機会が減ったことでも、繊細なコミュニケーションはますます難しくなっている。それを認識し、もっと丁寧に言葉を紡いでいく必要があるのだろう。

数分に一回「ゲラゲラ」と笑い合い、ツッコミで応酬し合うSpaces上での会話。それも、Twitterの140文字では伝えきれない私たちの「下手」さを、会話という体温で補う新しい機能になると願いたい。

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8月5日に行われた「SNS医療話」では、医療とコミュニケーションをテーマにその後も会話を進めた。

Twitter Spacesで行われた「SNS医療話」
Twitter Spacesで行われた「SNS医療話」
夏の夜のSNS医療話

正確な医療情報を提供し、人々の行動を変えてよりよい世界を作っていくために、どうすればいいのか?目的はとてもシンプルだが、難しさもある。

議論の中から生まれた3つのアイデアを紹介したい。(※記事化にあたり発言は一部加筆・再編集しています)

1:「シャープさん」(@SHARP_JP)から学んでみる

広告や広報の手法から学べるコミュニケーションの形として理想的、とたらればさん、ヤンデル先生がこぞって挙げたのが、シャープ株式会社公式Twitterアカウントの「中の人」、通称「シャープさん」だ。

82万フォロワーを抱える人気アカウントだが、それでもシャープさんは「Twitterで冷蔵庫は売れない」のだという、その心は…。

「『冷蔵庫の新商品が出ました!買ってね!』とTwitterで言っても、買う人は(ほとんど)いない。そうではなく、シャープさんがTwitterでのコミュニケーションで作っているのは、シャープという企業ブランドに対する信用や、土台なのだと。それが『そろそろ冷蔵庫買おうかな』と思った時に、人柄なども含めて思い浮かべてくれることになるのが大事。医療コミュニケーションも同じで、『ワクチン怖いんです』と相談に来てくれるような関係性を築くところから、ロングスパンでのコミュニケーションという勝負が始まっているんだと思います」(たらればさん)

その話を受けて、大須賀先生も、自らのブログでの情報発信が未来の患者との信頼関係につながった事例をこう話した。

「私はがんでは効果不明な民間療法などではなく、病院で行なわれる標準治療を第一に行いましょうという情報発信を主にしています。それを見て標準治療を選んでくれる患者さんもいるのですが、この前出会った患者さんは違ったんです。私が以前にある亡くなったがん患者さんとの話をブログに書いたことがありました。その人に出会え、支えてもらったことで情報発信を続けられたと。これは標準治療とは全く関係ない記事だった。しかし、出会ったある患者さんは、この記事を見て標準治療を受けることにしたと話していました。『人との関係とか患者との関係を大事にしてくれる医師の話なら聞いてみようと思った』と。人が動く時は、まずは信頼から。関係を作っていかないと、実際に話を聞いてくれるなんてことはないんだなと、実感した出来事でした。これもシャープさんがやっていることに近いのかもしれません。まずは信頼関係を作る」(大須賀先生)

「知らず知らずのうちに『心のかかりつけ医』になっていたわけですね!」(ヤンデル先生)

また、ヤンデル先生は、シャープさんのツイートが好意的に受け止められる点の一つとして、既に購入した人に対して感謝し、ブランドをもっと好きになってもらえるような情報提供をしていることが挙げられると語る。「商品を買ってください」ではなく、「買った人へのアフターフォロー」が細やかですばらしいという。そのやり方を参照してつぶやいたのが以下のツイートだそうだ。

「つい、我々医療者は、これからこのようにしてください、ということを言いたくなってしまうが、『すでに行動したことに対する感謝の気持ち』がこんなに喜ばれるのか、と驚いた。今の世の中では、医療者が感謝される機会は多いが、それだけでなく自粛や休業要請に従う飲食店や、学校の先生など頑張っている人たちはたくさんいる。そっちにも『ありがとう』をもっと言わなくてはいけないのでは」。

ワクチンやそれ以外にも、感染拡大を抑えるために多くの人ができることがある。行動を促すヒントになるのではないかという提案だ。

2:夢の、ワクチン製造「タモリ倶楽部」化計画

1500人近く(同時聴取者)が聞いていた「SNS医療話」。Twitter上のコメントが最も沸いた瞬間が、大須賀先生が提案したワクチンの「タモリ倶楽部」化だ。

まずこの話には前段がある。神妙な調子で切り出したのは、オリンピックのスケボー競技を見ていて気付いたことがある、という話だった。

「スケボー競技に、実況と解説がついてますよね。技が決まると、『うおー』とか『この技はなんとかですね』と。あれは、もし実況解説が全くなかったら、おそらく全然面白くないんです」。競技についての知識がない人には、どこがすごい瞬間で、どうすごいのかがわからない。だから、実況と解説がないと全然面白くない。それは医療も同じだと思うんです」(大須賀先生)

東京五輪・スケートボード女子ストリート決勝で金メダルを獲得した西矢椛選手
東京五輪・スケートボード女子ストリート決勝で金メダルを獲得した西矢椛選手
AFP

「医療も理解するには多くの知識が必要です。新型コロナワクチンでも同じで、あれはものすごく考えに考え抜かれて作られたもので、膨大な臨床研究もすごい速度で行われた。本当にすごいものです。ただ、そのすごさが十分に伝わっていないなと感じます。『うおー、これはすげー』と言う医師の声とか、解説がもっともっとあっても良いなと思います」(大須賀先生)

「サイエンスの面白さを伝える人が必要ですよね」(たらればさん)

それって『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系番組)ですよね。マニアックなことを面白くするっていう、究極の番組。誰も目をつけないようなマニアックなことをエンタメにする。詳しすぎる人の話って聞いていて、結構面白いんですよね。科学にもそれが必要だと思うんです。科学をエンタメにする。それができると、科学はよくわからなくて怖いから、すごい、面白いとなって、もっと身近になって、科学や医療への信頼も上がるのではと思うんです」(大須賀先生)

「科学に夢を見たくなりますよね」(ヤンデル先生)

タモリさん。「タモリ倶楽部」はタモリさん司会で、テレビ朝日系で1982年から放送されている深夜の長寿番組。
タモリさん。「タモリ倶楽部」はタモリさん司会で、テレビ朝日系で1982年から放送されている深夜の長寿番組。
時事通信社

3:「デマ」をなくすための方法は引き続き考える

そして、最後のテーマとなったのは医療情報の「デマ」をどう食い止めるかという難問。現在もAmazonのランキングの上位50冊を見てみると、医療関係の不正確な情報を含む書籍が数点、含まれている。こうした本の販売は規制できるのか、またすべきなのか。

アメリカ在住の大須賀先生は、アメリカのAmazonは、「ワクチンに関しての不正確な情報を含む本を広げている」と批判を受けて、一部の商品の取り扱いをやめるという対策を実施したことがあると紹介。一方で、いたちごっことなり抜本的な改善は難しい現状も報告した。

出版社に勤める編集者でもある「たられば」さんは、がんで亡くなった母親に、親戚が効果のない非科学的な治療法を勧めてきたという経験がある。「許し難い行為で出版社に責任がある、理想を言えば訴訟を起こして欲しいと考えています。デマ情報を出版することのリスクを上げるしかないのでは。学会や医師会などが原告となって提訴する方法も検討してほしい」。

一方で、大須賀先生は、かつてあるがん専門医が、デマによって損害を被った患者の家族に対し訴訟の手助けをすると呼びかけたことがあるが、思うように希望者が集まらなかったという事があったという。「遺族には、過去に信じて行った治療を否定したくないという感情がある。過去の自分の行動を全否定するのはつらく、患者にとってあの選択が最善だったと思いたい気持ちもあり、簡単ではない」と難しい現状を語った。

この問題には明確なアイデアは出なかったが、引き続き考えるため「SNS医療話」は、次回第3回の開催を宣言して閉幕となった。

往復書簡「俺たちは誤解の平原に立っていた」

「SNS医療話」の土台となったのは大須賀先生とヤンデル先生の往復書簡形式で行なっているnoteでの連載「俺たちは誤解の平原に立っていた」。

不正確な医療情報が広がる世の中で、一般の人がどのように正確な医療情報を得ると良いのかについて解説している。

この連載はまもなく終了予定で、現在は今後の展開についてのアイデアをTwitterのハッシュタグ #SNS医療話 で募集している。

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