米中の“架け橋になれない日本”が今こそ見つめるべき、米中対立の『本当の構造』

「米中対立」(中央公論新社)著者である、東京大学東洋文化研究所の佐橋亮・准教授インタビュー。米中対立を一歩引いて構造的に考え、日本のあり方を考えます。

「トランプ前大統領だったから、アメリカは中国を叩いた」。

「米中は気候危機問題で協力するから、対立解消の糸口になるかも」。

「日本は超大国同士の対立に巻き込まれない道を探るべき」ー。

世界第1位の経済大国・アメリカと第2位の中国が争う「米中対立」。その原因や、狭間で揺れる日本の行く末については、しばしばこんな言説が見られる。

「浅い分析が独り歩きしている。構造的な理解をするための土台が必要だ」。そう考えたのは国際政治学者で、東京大学東洋文化研究所の佐橋亮・准教授だ。

佐橋さんは著書「米中対立」(中央公論新社)のなかで、対立の背景を知るヒントは、アメリカが中国に抱いていた「期待と慢心」が失われたことにあると説く。米中対立の「本当の構造」を知ることで、日本のとるべき道が見えるかもしれない。研究室を訪ね、話を聞いた。

東京大学東洋文化研究所の佐橋亮・准教授。専門は国際政治学、米中関係、東アジアの国際関係。
東京大学東洋文化研究所の佐橋亮・准教授。専門は国際政治学、米中関係、東アジアの国際関係。
Fumiya Takahashi

■「トランプ氏が中国に厳しい」という幻想

「日本には非常に単純な切り取りが多いと思います。たとえば“共和党は中国に厳しく、民主党は甘い”などです」。

東洋文化研究所の一室。佐橋さんがまず口にしたのは、あまりにも単純化された米中対立像への危機意識だった。

「トランプ氏が中国に対して強硬だったという幻想もそうです。それはイエス・アンド・ノーで、彼は確かに対中強硬的な政治環境を作りましたが、本人は香港やウイグル問題、それに台湾に関心はありませんでした」

こうしたイメージが定着された背景には「先入観があったのでしょう」と佐橋さん。それを解きほぐすために、まずは知ってほしい前提があるという。

「中国を育てたのはアメリカとパートナーの日本や欧州という事実です。今の中国の近代化は単独では実現しなかった。先進国や外部の力があったことを、私たちはおそらく、忘れているのではないでしょうか」。

アメリカと中国の関係が劇的に変わったのは1970年代。当時のソ連を牽制するなどといった極めて政治的な理由から、両国は雪解けを迎える。アメリカは、中国を軍事的・経済的に成長させることがソ連の台頭を抑え込み、ひいては自分たちの利益になると考えた。

1972年2月のニクソン大統領(右から2番目)訪中。中国の毛沢東・党主席(中央)と会談するニクソン大統領。一番右はキッシンジャー大統領補佐官。一番左は周恩来総理
1972年2月のニクソン大統領(右から2番目)訪中。中国の毛沢東・党主席(中央)と会談するニクソン大統領。一番右はキッシンジャー大統領補佐官。一番左は周恩来総理
Bettmann via Getty Images

「当時、中国が一番欲しかったのは武器ではなく科学技術。必要なものは実験設備と留学です。それらを全部提供したのはアメリカや日本などです。その次は自分たちで科学技術を産み育て、生産する力です。そこにも欧米企業が投資しました」

しかし状況は変わる。80年代には中ソ関係は修復に向かい、89年には天安門事件が起き、91年にはソ連が崩壊する。中国への不信は幾度となく強まり、「対ソ牽制」という名目も消え去った。しかしアメリカの「中国を育てる」という決心は揺るがなかった。それを支えたのが佐橋さんが指摘する「3つの期待」というキーワードだ。

その期待とは、中国はやがて①政治改革と②市場改革が進み、③国際社会に貢献する存在になるというものだ。

つまり、共産党一党独裁の中国が、徐々に自由や民主といった価値観を受け入れ生まれ変わり、国際社会に貢献してくれる仲間になるというものだ。

翻って今はどうだろうか。習近平政権下の中国は個人崇拝的な色彩を強め、社会統制を推し進め、対外強硬的な姿勢を露わにするようになった。

もはや真逆に近い。なぜアメリカはここまで大はずれの予想をしてしまったのか。

「アメリカの考えには独りよがりな部分はあります。後出しで『なんで気づかなかったのか』ということも出来ますが、一方で変化は確実にあったのです。江沢民や胡錦濤政権では改革の方向に向かっていたし、アメリカも小さな変化を見逃さなかった。80年代前半は上海ですら非常に貧しかったのが、ものすごいスピードで豊かになる様子を目撃した。暗闇に光がさし、希望を持ったのではないでしょうか」

アメリカにはもう一つの誤信があった。たとえ中国が発展したとしても、自分たちは追いつかれないという「慢心」だ。

「もし中国が自分たちを追い越すと本気で考えていたならば、中国をWTO(世界貿易機関)に入れるという決断はしなかったでしょう」と佐橋さんは指摘する。2001年にWTO入りを果たした中国は「世界の工場」として上昇気流に乗り、世界第2位の経済大国への道筋を開くことになった。

「米中対立」(中央公論新社)と佐橋准教授への取材をもとに筆者作成
「米中対立」(中央公論新社)と佐橋准教授への取材をもとに筆者作成
Getty Images

■失望と恐怖がアメリカを変えた

アメリカが長年持ち続けた「期待」と「慢心」。それが間違いだったと気づくのは2015年前後だ。

この時、アメリカはオバマ政権末期。かたや中国は習近平政権が生まれて1年以上が経っていた。佐橋さんはこう解説する。

「明らかに習近平政権がきっかけです。国内の強権化を進め、自分たちによる国際秩序を拡大しようとした。しかし中国は米中関係を変えようと思っていませんでした。なぜなら、良好な対米関係を保ったまま自分たちが成長するのが一番の利益だからです。習近平政権を1年以上見て、期待を一つずつ失っていったアメリカが、関係の変化に乗り出したのです」

この頃には、中国の科学技術の隆盛も伝えられるようになる。アメリカは自らが手塩にかけて育てた中国に、覇権を奪われる恐怖に苛まれることになる。こうして「期待と慢心」は「失望と恐怖」に姿を変える。それは、アメリカの中国への姿勢を根本から覆すことになる。

「オバマ政権末期にはまだ戦略転換に慎重な勢力がいたし、政権としても『時間切れ』でした。そこでトランプ政権が誕生します。

トランプ氏は門を開ける人=『ゲートオープナー』と呼べるでしょう。中国との関係が悪くなった時期に、オバマ政権時と同じ問題意識を持った人たちが対中強硬法案などを相次いで成立させたのです。(中国の通信機器大手)ファーウェイへの規制は分かりやすい例です」。

「米中対立」(中央公論新社)と佐橋准教授への取材をもとに筆者作成
「米中対立」(中央公論新社)と佐橋准教授への取材をもとに筆者作成
Getty Images

■気候危機問題は米中を結びつける?

そして2021年にはバイデン政権につながる。選挙戦でトランプ氏は、攻撃材料としてバイデン氏が中国に融和的だとアピールした。この影響もあってか、日本のSNSなどでは、バイデン氏の勝利でアメリカの対中強硬姿勢が和らぐのではという憶測も広がった。

「そんなわけはありません」佐橋さんは否定する。

「バイデン政権の主要なメンバーは『構造』をよく見ています。つまり、期待と慢心を前提にした中国戦略はもう上手くいかないという、オバマ政権末期からトランプ政権につながる構造をよく理解しているのです」

事実、バイデン政権は不安をかき消すかのような動きを次々に展開している。2021年3月に発表された「国家安全保障戦略」(暫定版)では中国を国際システムへの「唯一の競争相手」と名指しした。さらに中国外交トップをアラスカ州・アンカレジに呼びつけ、報道カメラの前で激しい舌戦を演じてみせた。

アラスカ州・アンカレジで開かれた米中外交トップ会談。報道陣に公開された冒頭は両国が強気の姿勢で舌戦を交わした。2021年3月
アラスカ州・アンカレジで開かれた米中外交トップ会談。報道陣に公開された冒頭は両国が強気の姿勢で舌戦を交わした。2021年3月
FREDERIC J. BROWN via Getty Images

日本との関係でも、4月の日米首脳会談で共同声明に「台湾」に関する記述を約半世紀ぶりに盛り込んだ。中国が激しく反発したのはいうまでもない。

佐橋さんは今の対立をこうまとめる。

「たとえば今後、気候危機問題への協力などですごく小さなデタント(緊張緩和)が起きる可能性はあります。しかしお互いが関係を見直そうという理由の次元が深すぎて、対立自体は簡単に解けません。そして対立は軍事戦略にとどまらず、経済や科学技術という、私たちの生活に直結する部分にも生まれているのです。その世界観を持つことが重要です」。

■「悲観的な関与」

アメリカの同盟国である一方で、歴史的・文化的にも中国との距離が近い日本。米中対立の「架け橋」にはなれないのか。はたまた巻き込まれない道を探すべきなのか。

佐橋さんの答えはいずれも「ノー」だ。

「まずは日本の立ち位置を理解することが重要です。地政学的に見ると、日本は米軍基地のある海洋国家として中国の正面に位置しています。さらに最南端の基地の目の前には台湾があります。どう見ても最前線です。

科学技術の面でも、日本は米中双方から注視されています。かなり重要な役割を占めているのは間違いありません」

バイデン大統領と習近平国家主席に挟まれる日本国旗(イメージ)
バイデン大統領と習近平国家主席に挟まれる日本国旗(イメージ)
Getty Images

その上で「架け橋」論をこう批判する。

「米中対立は、お互いが安全保障上の深刻な必要性を感じているから起きているものです。間に入って架け橋になる性質のものではありません」

最前線に存在しながらも、架け橋にもなれない日本。今後米中が経済をテコに「踏み絵」を迫る展開は大いに考えられる。日本はどうすべきか。

「自由や民主主義といった価値観を明確に押し出すべきです。『価値観』は(口先で)言っているだけのように感じるかもしれませんが、自由な社会や自由貿易など、日本が享受しているのはそうした価値観に付属するものです」

そして、中国との向き合い方については「悲観的な関与」を提唱する。アメリカのこれまでの関与政策には「中国はいつか変わるはずだ」という楽観的な面があった。「悲観的な関与」はそこから反省を得つつも、中国の変化を諦めない態度だ。

「今のアメリカは、中国はもう変わらないという前提に立ち過ぎています。中国もこのままではジリ貧だと感じるかもしれません。そうなった時に小さな変化の兆しを逃すべきではありません。確かに変わらないかもしれない。それでも同じ価値観の方向に近づけようとすることが大事ではないでしょうか。

ましてや『瞬間的な喝采』を求めてはいけない。威勢良く物申すだけでは中国の人権問題は改善しません。国民一人一人が長期的な外交観を持ってほしいと思います」

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