90年代、ゲイカップルが歩んだ軌跡。劇『すこたん!』が示す日本のかつてと今

伊藤悟さんと簗瀬竜太さんのライフストーリーを脚本化した詩森ろばさんと、2人の役を演じる近藤フクさんと鈴木勝大さんにその思いを聞きました。
(左から)劇『すこたん!』の鈴木勝大さん(簗瀬竜太さん役)、詩森ろばさん(脚本)、近藤フクさん(伊藤悟さん役)
(左から)劇『すこたん!』の鈴木勝大さん(簗瀬竜太さん役)、詩森ろばさん(脚本)、近藤フクさん(伊藤悟さん役)
Jun Tsuboike / HuffPost Japan

1990年代にゲイ・バイセクシャル男性のための支援団体を立ち上げた男性カップルのライフストーリーを描いた劇『すこたん!』が11月7日まで中野ザ・ポケットで上演されている。

モデルとなったのはセクシュアルマイノリティの人生を応援する団体「すこたん・ソーシャルサービス」創始者の伊藤悟さんと簗瀬(やなせ)竜太さん。2人の長年の友人で、2020年に映画『新聞記者』で日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞した詩森ろばさんが脚本化した。

性的マイノリティへの偏見を目の当たりにしながらも活動を続けてきた2人の歴史を、どのように描いたのか。そして、現代へ何を訴えかけるのか。詩森さんと、2人の役を演じる近藤フクさんと鈴木勝大さんに聞いた。

社会に感じた「居心地の悪さ」

『すこたん!』の稽古風景
『すこたん!』の稽古風景
坂功樹

詩森さんが伊藤さんと簗瀬さんに出会ったのは20年前。当時、舞台を作っていた団体で性的マイノリティの基礎知識について勉強会を開くことになり、2人を講師として呼んだのがきっかけだ。以来、友人として交流が続いている。

伊藤さんと簗瀬さんは2019年、千葉市で同性カップルなどの関係を公的に認める「パートナーシップ宣誓制度」の最初の活用者となった。30年以上共に生きてきた友人2人の軌跡を祝福し、作品に残したいという思いと同時に、同性カップルの状況に対して違和感も覚えていた。

「こうした権利は本来は当たり前にあるもので、もっと先があるはずだと思いました」と詩森さん。

同性パートナーシップ制度は導入する自治体が近年増えているものの、異性カップルの結婚にあるような法的な効力を持たない。

「私の生きてる社会で、いまだに同性婚が認められないということに居心地の悪さを感じます。なので、この作品も書いたのだと思います」

「民主主義と同じく、人権という概念は意外に新しいものなのです。様々な場面で前提として語られがちなところもありますが、実はか弱いもので、守らなくてはならないものだと感じます」

稽古場に置かれていた数々の本。中には伊藤さんと簗瀬さんの著作や、LGBTQを題材とした書籍があった
稽古場に置かれていた数々の本。中には伊藤さんと簗瀬さんの著作や、LGBTQを題材とした書籍があった
Jun Tsuboike / HuffPost Japan

脚本化の了承を得てからは、2人の著書を参考にしたり、対話を重ねたりするなどして執筆に取り組んだ。伊藤さんの役には近藤さん、簗瀬さんの役には鈴木さんが抜擢された。

近藤さんは伊藤さん役に決まった当時をこう振り返る。

「同性愛を題材にした作品だと聞いたので、まずは勉強が必要だと思いました。性的マイノリティについて知識だけで分かるのではなくて、心を動かして歴史を自分の体の中に取り入れていかないといけないと思いました。自分自身、ちゃんと向き合うことが今までなかったので」

鈴木さんは稽古に訪れた簗瀬さんと直接会うことで、ある「覚悟」が芽生えたと話す。

「性的マイノリティに対する偏見がある中で活動を続けてきたという、2人には戦ってきた歴史がある。それを舞台上で演じるということには、怒りや喜びもある。その気持ちは誠実に表現しないといけないという覚悟が決まりました」

一年の延期を経た公演

鈴木勝大さん(左)と近藤フクさん
鈴木勝大さん(左)と近藤フクさん
坂功樹

開演を前に、日本における性的マイノリティの歴史についての勉強会や、伊藤さんと簗瀬さんの講演、LGBTQに関する著書を読むなどして準備を重ねた。

しかし、その過程では、新型コロナウイルスの影響で稽古や公演が一年以上延期されるという苦節もあった。

詩森さんは脚本も一から書き直した。当初書いていた脚本をめぐり、モデルの2人と「気持ちの齟齬」があったという。詩森さん自身も、長期化するコロナ禍の中で「書くべき作品」への葛藤があった。

2人と改めて対話を重ねて本音で話し合った結果、新たな脚本が誕生した。

詩森ろばさん
詩森ろばさん
坂功樹

詩森さんは「普遍性がある作品に変わった」と話す。

「コロナ禍を経て、より現実とリンクした痛みがあるものを書きたいと思いました。『社会で生きる中で“個”が無視されていく』という、LGBTQではない人たちにも通ずる普遍的な物語になったのではないかなと思います」

新しい脚本では伊藤さんと簗瀬さんに加えて、それぞれの物語を辿る5組の男性たちが登場する。2人と出会っているようで出会っていない人物たちだが、同性愛にまつわる社会の障壁や内なる葛藤などを経験し、一つの世界へと編み込まれている。

「2人のエピソードが別の人が抱えてる問題と似ていたりとか似ていなかったり。そういった点が繋がり合うことで作品の広がりが出たかなと感じています」

「十分に傷ついてきた人たちがもう一度物語の中で傷つき直す必要はないかなと、当初はそうした場面を少なめに書いていた記憶があります。けれど、物語の中で傷ついたりしながら、たどり着いていける希望があれば良いのではないかなと思いました」

個人と社会の年表

坂功樹

劇中のある場面では、1990年に同性愛者の団体が東京都が運営する施設での宿泊を断られた「府中青年の家事件」や、2015年にゲイであることを暴露された大学院生が転落死した「一橋大アウティング事件」といった、実際起きた出来事が語られる。

俳優と観客の間に立つ「第三の壁」を突き破るモノローグはまるで、客席側が性的マイノリティーが生きる日本社会の過去を学び、現在の状況を確認できる時間のように感じられる。

3人は、一体どのような思いを作品に込めているのか。

鈴木さんは「学生のための舞台になれば」という願いを語った。

「簗瀬さんは学生時代が一番きつかったと話していていました。大人になってカミングアウトをする人はいても、それができなかった学生時代が一番きつかったと。居場所もなくて、一番抱え込まなきゃいけなかった時期だったそうです」

「日本はなかなか変わりにくい。でも、自分のセクシャリティをオープンにしたいと思う学生が少しでもそれができるようになる世の中に変わればいいなと、この稽古に入ってから思うようになりました」

近藤さんも鈴木さんに同調する。

「この作品はそれぞれ心に傷を持っている人たちがその傷を克服する話です。そういう経験をした人たちを元気づけられればいいなと思っています」

Jun Tsuboike / HuffPost Japan

『すこたん!』の舞台中央には、1本の木が立つ。プレートに書かれた伊藤さんと簗瀬さんを初めとした登場人物たちの出会いや別れといったライフイベント、そして先述したような日本のLGBTQの歴史に残る出来事などが、幹や枝に取り付けられていく。

この木は、個人と社会の歴史を繋げた年表なのだと詩森さんは説明する。

「それぞれの出来事が繋がっていて、命として単純に上に伸びていくという意味でも繋がっている。同時に、色々な問題が連綿と解決しないまま、上や下、見えないところにも広がっていて、その間に個人の幸せだったり悲しかったりする物語がたくさんあります」

「悲しい物語も、LGBTQであることが当たり前の社会であれば起こらなかったこともあるかもしれない。そういう気持ちがあって書いてます」

『すこたん!』配信チケット購入URL:https://serialnumber.stores.jp/

公演公式HP:https://serialnumber.jp/next.html

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