これからの経済
2021年12月15日 07時00分 JST | 更新 2021年12月23日 14時35分 JST

「初めて土日に休めた」 過酷な漁業の現場を救うのは、人にも魚にも地球にも優しいテクノロジーだった。

テクノロジーで水産養殖の課題解決に挑むウミトロン株式会社。目指すのは「海も、育てる人も、食べる人も、しあわせになっていく」。

提供:株式会社ユーグレナ
2019年にユーグレナが行ったキャンペーン「寿司が消える日」

いつか、寿司が食べられなくなるーーーー。

2019年に話題となった「寿司が消える日」というキャンペーンを知っているだろうか。2035年、2049年、2080年…と時が進むにつれ、寿司のネタが一つずつ消えていき、皿の上にはシャリだけが残っていく。気候変動によって海の生態系が壊れていくことへの危機感が伝わってくる。 

私たちが普段食べている魚は、巨大な海の生態系の中のほんの一部の種類にすぎない。だからピンとこない人もいるかもしれないが、生物の多様性によって保たれてきた豊かな海は今、崩壊しつつある。 

気候危機による水質変化やプラスチック汚染、魚の獲りすぎ、外来種による生態系の破壊などを原因として、漁獲量は年々減少。日本近海では、水産魚種の半数以上が絶滅に近づいているとも言われている。 

そんな中、海と魚と食の未来を守るために、テクノロジーを活用した水産養殖に挑戦する企業がある。 

「テクノロジーを“人のためだけ”ではなく、もっと自然のために使いたい」と話すのは、ウミトロン株式会社の共同代表・山田雅彦さん。 

提供:ウミトロン株式会社
共同代表でありシンガポール代表を務める山田雅彦さん。

「海も、育てる人も、食べる人も、しあわせになっていく」ための、ウミトロンの挑戦とは? 

 

“持続可能な”養殖業を増やしていきたい 

提供:ウミトロン株式会社
白いボックスが水産養殖向けスマート給餌(きゅうじ)機「UMITRON CELL(ウミトロンセル)」

「養殖」と聞いて、どんなイメージを持っているだろうか。「なんとなく天然物がいい」と思っている人も多いかもしれないが、世界の漁獲量が減少している中で、注目され成長を続けているのが「養殖」だ。   

天然魚の漁獲漁と比べて安定的に生産でき、人口増加によって懸念される深刻なタンパク質不足に対する供給源となることが期待されている。   

2017年には、世界の魚介類の生産量のうち天然モノと養殖モノがほぼ半分ずつと横並びになった。日本では、沖合漁業を含む全体のおよそ2割が養殖。 

山田さんは「水産養殖は、古くから存在する農業など他の一次産業に比べ、歴史がとても浅い産業です」と話す。  

「新しい産業だからこそ、テクノロジーを使って“持続可能な水産養殖”をやる余地があると思っています。海の生態系を守ることと、タンパク源の供給。持続可能な水産養殖をすることが、この大きな2つの課題を同時に解決する鍵になると考えています」  

そこで開発したのが、ウミトロンが提供する代表的なプロダクトの一つ、水産養殖向けスマート給餌(きゅうじ)機「UMITRON CELL(ウミトロンセル)」。養殖で育てている魚に対して、効率的な餌やりが可能になる。すでに商用化しており、四国、九州、近畿地方などで導入されている。

魚は、お腹が空いている時とそうでない時で、泳ぎ方が異なる。それを機械学習などの解析手法を用いて、魚の食欲と餌やりの最適化が可能なアルゴリズムを開発した。生物学とテクノロジーの分野横断による技術だ。

このアルゴリズムが搭載されたウミトロンセルにより、生産者はスマホのアプリと洋上のIoTデバイスを活用することで、常に魚の状態が確認でき、適切なタイミングで適切な量の餌やりが、遠隔でできるようになる。

提供:ウミトロン株式会社
遠隔で適切な餌やりができるようになる。

必要以上に餌をあげることは、食べ残った大量の餌が海底に沈み腐敗していくことで水の富栄養化を招き、本来なら一定に保たれている生物のバランスが崩れる。また、適切な食物連鎖が阻まれ、生態系が崩れることに繋がる。

適切な餌やりは環境保全に貢献するだけでなく、正しいタイミングで栄養を与えられるため、生育期間の短縮にも繋がり、餌の量を2割削減できた生産者もいるという。 

現在、水産養殖の餌の多くは天然の漁獲魚を使った魚粉を主原料としている。つまり、養殖魚を育てるために、天然資源を使用している状態。餌の量の削減は、天然資源の使用量を減らすことにも繋がる。  

しかし、「それだけでは足りない」と山田さんは語る。  

「海の危機的な状況を考えると、天然資源による餌の使用量を減らすだけでは足りません。もっと“原料の多様性”が必要だと思っています」  

すでに一部の企業、研究機関では、魚粉を代替する原料として、昆虫が注目され研究が進んでいる。  

 

養殖生産者「初めて子どもの授業参観日に行けました」 

提供:ウミトロン株式会社
ウミトロンセルを利用している生産者

スマート給餌機「ウミトロンセル」は、生産者の働き方も大きく変えた。これまでは、休みなく早朝から広い養殖場を周り、人力で餌やりをしていた。タイミングも経験と勘によるもので、決して効率的とは言えなかった。

「プロダクトを利用してくれている生産者から、作業が大幅に減ったことで、『初めて子どもの授業参観日に行けました』『初めて土日が休めました』という声をいただき、嬉しかったです」と山田さんは語る。

働き方の改善は、後継者不足の課題を抱える産業として重要だ。何より今まさに働いている人の幸福に繋がっていく。

養殖では、これまで餌やりのために何回も船を出していたが、適切な餌やりタイミングがわかることで船を出す回数が減り、CO2を排出する燃料の使用を最低限に抑えることにも繋がっているという。

山田さんは「今ある養殖業を持続可能なものへと変えていきたい」と意気込む。

「天然の漁獲漁が完全になくなるべきだとは思いませんが、漁獲量が減少する中では、生産可能な漁獲量に制限されるべきで、もっと水産養殖の割合は増えていった方が良いと思っています。ただ、養殖業もまだまだ完璧な訳ではありません。課題はたくさんあります。“持続可能な”水産養殖を増やしていきたいです。」

 

今こそ、生物多様性の議論を。

yusufkayaoglu / 500px via Getty Images

脱炭素やカーボンニュートラル、再エネへの移行など気候危機に関する議論が活発になっている今だからこそ、セットで考えなければいけないのが、こうした自然の生態系を守る“生物多様性”保全の問題だ。

例えば、再エネへの移行として洋上風力(海洋上に風力発電の設備を作るもの)を建設する時、「海の中の生態系が崩れないか?」「海の生物多様性は守れるか?」ということも同時に考えないといけない。

山田さんは「カーボンニュートラルの議論と比べると、生物多様性に関する議論はまだ弱い」という。

「生物多様性の問題は、CO2の削減目標のように数字で可視化することが難しいので、取り組みにくい課題だとは思います。海の中のことはまだわかっていないことも多く、海の生物が多様だからこそ、複雑で難しいです。

でも、生物多様性の保全は、結果的にCO2削減などの気候変動対策にも繋がります。例えば、藻類やマングローブなどの保全は、小さい魚類の生息域となると同時に、ブルーカーボンオフセット(自らが排出する温室効果ガスのうち、削減困難な排出量の全部又は一部の分を、他の場所での排出削減、吸収活動に投資すること)にも繋がります」

海は、地球表面の約70%を覆っていることから、地球環境への影響はとてつもなく大きい。海藻や植物プランクトンなどの海洋生物は大気中の二酸化炭素を吸収する働きがあることから、このようなブルーカーボン(海洋生物により吸収・固定される炭素)にも期待が集まっている。

 

消費者と一緒に社会を変えていきたい

提供:ウミトロン株式会社
「うみとさち」では、ウミトロンのテクノロジーで生産された魚が購入できる。

ウミトロンのテクノロジーで生産された魚は、ウミトロンが運営するオンラインショップ「うみとさち」で購入ができる。

「うみとさち」は、消費者に具体的なアクションを呼びかける「シーフードアクション」の一環だ。

たとえば、今日の献立に、海にやさしいシーフードを選ぶことだってそのひとつ。一人では難しくても、みんなで協力して行動すれば、きっと豊かな海を守っていける。みんなの今日の行動が、明日の海を守ることにつながります。

さあ、みんなで、シーフードアクションの輪を広げていきませんか。

(ウミトロン シーフードアクションのステートメントより抜粋)

現在販売されているものは全て、ASC認証(海の自然環境や労働者の人権に関する国際基準をクリアした養殖場だけに与えられる認証)を取ったものを取り扱っている。

ただし「必ずしもASC認証を取得したものだけを扱っていればいいとは思っていない」と山田さんは話す。

「ASC認証の監査に耐えられるのは、水産企業の中でも大企業だけです。どれだけサステナブルにこだわった生育をしていても、小さい規模の生産者は、大企業向けに作られたASC等から求められる書類を全て用意することは、負担が大きすぎるのが現状です。

どれだけ良い経営をしていても、上場のコストを鑑みて、非上場を続けている中小企業も存在することを想像してみて欲しいです」

ウミトロンでは、認証を取得している生産者に加え、中小規模の生産者でもサステナビリティに対する意識が高い生産者をサポートすることが、持続可能な水産養殖の実装に繋がると考えているという。

そのためサイトでは、消費者にもわかりやすいように、生産に関する様々な情報を公開している。

「取り扱いポリシー」には、「水産資源の維持」「自然環境への配慮」「動物福祉の確保」「労働環境の改善」の観点から、どのような商品を扱っているかが掲載されている。それぞれの商品のページには、生産者のストーリーも掲載している。

山田さんは、「消費者にも、ぜひアクションを起こしてもらいたい」と呼びかける。

「企業にとって、意思決定の源泉は消費者です。消費者のニーズがあれば小売が変わる。小売が変われば生産者が変わる。まずは、その消費者のニーズに応えらえるように、私たちは『うみとさち』の提供を通してアクションの場を広げていきたいと思っています」

消費者がアクションできる場をより増やすために、来年春には「くら寿司」の一部店舗で、ウミトロンの技術により生産された真鯛を提供できるように、生育試験を行っているという。

「生物多様性の保全」というと壮大なアクションに思えるが、消費者として一人一人ができることは意外と多い。

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気候“危機”対策が大きく動いた2021年。

一方、地球を持続可能にするためには、陸や海、その豊かさを支える「生物多様性」の視点も欠かせません。

近年では、生物多様性の喪失は、ビジネスや金融の世界でも「経営上の重大なリスク」として危機感が高まっています。

・そもそも生物多様性はなぜ大事なの?

・ビジネスと生物多様性の最前線

・持続可能な地球のために、私たちにできることは?

2021年最後にお届けする「ハフライブ」で学び、考えます。

【番組概要】

番組は2週に分けてお送りします。

<1週目:気候変動と並ぶ危機「生物多様性」>

配信日時:12月13日(月)夜9時~ 

Twitter:https://twitter.com/i/broadcasts/1lDxLLbedVQxm

YouTube:以下よりご覧いただけます。

 

2週目:2022年、ビジネスのキーワードは「生物多様性」>

配信日時:12月20日(月)夜9時~

Twitter:https://twitter.com/i/broadcasts/1nAKEYlqmelKL

YouTube:以下よりご覧いただけます。