「たかが名前、ではない」。虐待を受けて育った人たちが『こども家庭庁』の名称変更を訴え続ける理由

児童虐待を受けた当事者として、子育てをする親として…。「子ども個人の尊厳や権利に目を向けてほしい」という思いから、『こども庁』に変更するよう求めています
「こども庁」への名称変更を求める署名サイトより
「こども庁」への名称変更を求める署名サイトより
Pulmoさん作成

政府が2023年度に創設する方針を決めた「こども家庭庁」。その名称について、児童虐待を受けた当事者たちが中心となり、「こども庁」に変更するよう求めるネット署名を進めている。

名称が重要だと考えるのは、家庭が苦しかったという経験だけが理由ではない。

「たかが名前、ではない」。そう考える理由を聞いた。

「声が届いた」と思っていた

新しい庁の名称を「こども庁」から「こども家庭庁」に変更へーー。

2021年12月中旬、子ども政策の司令塔として新たにつくる省庁名について、政府、自民党の方針を伝えるニュースが報じられた。

それを見て、風間暁(かざま・あかつき)さんは大きく落胆した。その9ヶ月ほど前、自民党の勉強会に招かれて「こども庁」の名称を求めた被虐待当事者だ。

同年2月に始まった自民党有志による「Children First の子ども行政のあり方勉強会」の6回目の会合に、講師として招かれた風間さん。子どもの頃に親から虐待を受けたサバイバーだ。現在は保護司として、非行少年の更生保護や薬物依存症の予防教育などに携わる。

勉強会では、「家庭が地獄だった」という子ども時代の経験とともに、子育てをする一人の親としても感じている「家庭だけに子育てを担わせるリスク」について語った。

「子ども個人の尊厳や権利に目を向けてほしい」「家庭だけでなく社会全体で子どもを守り育てる国になってほしい」という思いを込め、勉強会が創設を目指す省庁名を「子ども庁」にするよう訴えた。

話を聞き、立ち上がって感想を述べてくれる議員もいた。勉強会が目指す名称は「子ども家庭庁」から、「こども庁」になった。勉強会で出た議員の意見を踏まえて、小さな子も読めるよう、ひらがなが選ばれた。

その後、「こども庁」は菅政権(当時)が目指す肝入りの政策としても注目された。

風間さんは勉強会を通して「虐待を受けた当事者の声を受け止めてくれたんだ」と感じていた。その後も議論の推移を見守ってきたが、名称変更の方針は年末のニュースを見るまで知らなかった。

当事者の声を踏まえた議論のプロセスを、なかったことにしてしまうのか。権力を持つ一部の意見で変わってしまうのかーー。「政治の在り方は、虐待家庭の特権構造と変わらない」と、ショックを受けたという。

第6回勉強会で示した資料
第6回勉強会で示した資料
風間暁さん「虐待サバイバーの観点からみた、現在の児童相談所・社会擁護の課題と子ども家庭庁創設の必要性」資料より

逃げ出すことを家庭が妨げることもある

その後、風間さんは仲間たちと「こども庁」に再度の名称変更を求めるネット署名をスタート。虐待サバイバーとして日頃から支え合ってきた人たちが、次々とサポートを名乗り出てくれた。未成年のメンバーも参加する。

メンバーの一人である「Pulmo(プルモ)さん」は、風間さんが参加した勉強会でもスライドの作成を担い、議論の推移をともに気にかけてきた。

Pulmoさんは、「スピリチュアル・アビューズ」と呼ばれる虐待を経験した。Pulmoさんの場合は、親が信仰する宗教によって生活を支配されたり、進学や結婚の自由が奪われたりした。

「教義に反することをすると、親も子も地獄に行く」「先祖の罪を償えずに病気にかかる」。そういったことなどを強調され、親の言動が子どもに、子どもの言動が親に強く影響すると植え付けられた。

家族が人質に取られたような状況で、逃げられない心理状態に追い詰められたという。

「家庭の愛情」や「親を大事に」といった言葉の裏側で、実際に起きていたのは「自己決定権を奪われる人権侵害だった」と振り返る。

役所や学校に助けを求めたこともあったが、当時はスマートフォンやICレコーダーなどがないため証拠を保全することが難しく、暴力を受けた傷といった明らかな証拠が示せず、具体的な介入には繋がらなかった。

「信仰の自由がある」「家のことは家で」と言われてしまうこともあった。Pulmoさんがそんな生活から逃れられたのは、宗教の教義によって結婚した元夫から暴力を受け、DVシェルターに避難してからだ。

朝日新聞デジタルによると、「こども家庭庁」に名称が変わった背景には、「子育ては家庭が担うべき」という自民党内の根強い声があったという。

Pulmoさんは「私の場合は、家庭が子どもの権利を尊重して助けてくれる場にはなっていなかった。新しい省庁には、助かりたいと思う子どもが、望む形で救われることを求めたい」と語る。

子育てと「地続き」にある問題

同じく署名キャンペーンに関わる「真澄さん」も、小学6年生の娘を育てるシングルマザーだ。娘は不登校だが、フリースクールに通うことを楽しみにしていて、大事な居場所になっている。

働きながら子育てをする真澄さんにとっても、フリースクールや地域との繋がりが、救いになっている。「家庭は、子どもを育む大事な場所の一つです。決して家庭を否定しているつもりはありません。でも、だからと言って、子どもが育まれる場所は家庭だけではない」と指摘する

「新たな庁の名称に『家庭』をつけることで、何か問題が起きた時に『家庭でなんとかおさめてね』というメッセージと受け取ってしまうのではないか」と危惧する。

風間さんたちが名称を重視するのは、児童虐待を経験したからだけではない。子育てをする親として、「家庭だけ」に子育てを担わせてしまうことのリスクを日々感じているからだという。

風間さんは「子どもとは仲良く、良い関係を築けているつもりです。でも、『もしかしたら子どもが親である私に気を遣って演じているだけかもしれない』という視点を、常に持っていたい。私は子どもを愛していますが、子どもの頃、親からは『産まなきゃよかった』と言われました。親が子どもを愛していない家庭もあるし、子どもを愛せず、そのことに追い詰められる親もいる」。

「そういった場合に当事者が欲しているのは、家庭からの逃亡支援だったりします。現実問題として親や家庭と子どもが利益相反する場合だって少なくありませんから、徹底的に子ども個人へと目を向けない限り、すべての子どもを救うことはできないはずなんです」と話す。

虐待などが起きるのは、特殊な事情を抱える家庭の問題ではなく、どんな家庭にとっても、日々の子育てと地続きの問題でもある。

「普通の家庭」を追い求める呪縛

子どもの社会的養護に関わる、社会福祉士、精神保健福祉士で弁護士の安井飛鳥さんは、名称変更を求める風間さんたちの活動を、専門的知見も踏まえてサポートしている。

安井さんは「庁の名称には、理念が掲げられるべき。その名称の変更の経緯に、“Children First”に基づく成熟した議論のプロセスが見えない。そのようにしてできた新しい庁の政策に、当事者が信頼を寄せられるだろうか」と危惧する。

また、社会的擁護を受けて育つ子どもたちに接する中で感じる、「普通の家庭」への呪縛についても触れた。

安井さんが接する虐待を受けた子どもや若者の中には、「普通の家庭に生まれたかった」「自分は普通の家庭を持ちたい」と強く願う人もいるという。そうした願いを支持していくことは大事だが、「普通の家庭」を追い求めようとすることでかえって苦しみ、それが「呪い」のようになってしまうこともあるという。

そのような場合には、家庭へのこだわりから一旦切り離し、「色々な家庭がある、無理に立派な家庭を目指さなくていい、家庭がすべてではない」と視野を広げ、折り合いをつけていくことも、トラウマをケアする上で重要になるという。

安井さんは「もちろん家庭は大事だと思います。子どもの支援ではこれまでも子どもだけでなく家庭の支援の重要性が指摘されていましたが、家庭を強調する余り、Children Firstが徹底できていなかった面も否めません」

「だからこそ、昨今は子どもアドボカシー(擁護・代弁)の重要性が指摘されるようになり、そのための政策が議論されるようになりました。それにも関わらず、子ども政策を担う省庁がことさら家庭を強調することで、Children Firstから離れた特別な意味を持たせてしまうのではないでしょうか。家庭の強調が、人によっては呪縛になってしまうことは、指摘しておきたい」と話す。

新しい庁に求める「こども中心」の理念

署名は1月28日時点で2万8000筆以上集まった署名キャンペーンに関連し、その趣旨に賛同する専門家や専門団体によるネットワークも結成された。

署名を通して、さまざまな反響があった。

寄せられたコメントの中で、特に風間さんが嬉しかったというのが、「『たかが名前』と思っていたが、名称が議論されてきたプロセスを知って、意見が変わった」というものだった。「諦めずに思いを伝えて対話すれば、保守派と呼ばれる議員の方々にももしかしたら伝わるかもしれないと、希望を捨てずにいられています」と話す。

風間さんたちが名称を含め、新しい庁に求めるのは、「こども中心」の理念だ。「子ども自身を見つめる、子どもを真ん中にするというChildren Firstの理念をぶらさないでほしい」と願っている。引き続き署名を募り、名称変更を求めていく方針だ。

政府は法案提出へ

衆院予算委員会で答弁する野田聖子少子化担当相(左手前)。右下は岸田文雄首相=12月14日、国会内
衆院予算委員会で答弁する野田聖子少子化担当相(左手前)。右下は岸田文雄首相=12月14日、国会内
時事通信社

野田聖子・少子化担当大臣は2021年12月17日の記者会見で「そもそも名称は仮置きだったので、たくさんの議論の中でコンセンサスが得られたと聞いている」と説明。「家庭」という言葉が入ることに否定的な意見があることについては「何らかの困難があったときには、国が責任を持って家庭代わりとして家庭を支えていこうとか、自らが家庭になって子どもを真ん中に置いて支えていこうという、そういう趣旨に受け止めていただければいい」と述べた。

党内の保守派に配慮して「家庭」という文言を入れたのではないかという質問には「議論の中で出てきた結論、コンセンサスだと思う。一人でも多くの人たちに賛同いただけるように多くの意見が集約されて、今日に至っていると理解している」と語った。

政府は「こども家庭庁」の創設を含む子ども政策の基本方針を閣議決定しており、今後、通常国会で関連法案が審議される見込みだ。

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