弾痕の上に描かれた花、ウクライナ・ブチャの街を彩る。「再び立ち上がれるように」込められた思い【画像集】

ウクライナ出身の祖父母のもとに生まれたIvankaさんは、同国の復興を願って花々を描いた

天に向かって伸びていく花々を住宅の扉や門塀に描く女性。絵が完成すると、住民と見られる子どもが笑顔を見せるーー。

住宅の扉に美しい花々を描く
住宅の扉に美しい花々を描く
Ivanka Siolkowskyさん
完成した絵を喜ぶ子どもとIvankaさん
完成した絵を喜ぶ子どもとIvankaさん
Ivanka Siolkowskyさん

筆を持つのは、カナダ・トロント在住のIvanka Siolkowskyさん(39)。同国では片付けのコンサルタントとして活躍している。

そんなIvankaさんが描く花は、ただの美しい装飾ではない。

この花々が咲くのは、ウクライナの首都キーウ郊外の町ブチャの住宅。ロシア軍によって撃ち込まれた銃弾の痕跡を上塗りするように描かれている。Ivankaさんは「ウクライナが再び立ち上がれるように」との思いで、鮮やかなペンキで花を咲かせている。

生々しく残る銃弾の痕跡の上に花を描くIvankaさん
生々しく残る銃弾の痕跡の上に花を描くIvankaさん
Ivanka Siolkowskyさん
撃ち込まれた銃弾の跡が花々に生まれ変わる
撃ち込まれた銃弾の跡が花々に生まれ変わる
Ivanka Siolkowskyさん

ネット上では「(ブチャを)アートで癒してくれてありがとう」「言葉にできないくらい素晴らしい仕事だ」と讃える声が相次いだ。

ハフポスト日本版は、ブチャで花を描き始めた背景などをIvankaさんに尋ねた。

ロシアが侵攻、「一睡もできなかった」

実はウクライナはIvankaさんにとって故郷だ。父方と母方の祖父母4人が全員ウクライナ人で、4人は第二次世界大戦を経てカナダに移住した。カナダ国内のウクライナ人の集住地域で暮らし、「移民3世」のIvankaさんに至るまで言語や伝統文化を受け継いできたという。

ロシアがウクライナに本格的に侵攻したという報道を受けた2月24日には、「一睡もできず、ニュースから目が離せませんでした」とIvankaさん。いてもたってもいられず、数日後からポーランドに飛び、ウクライナ国境で避難者への支援に加わったという。

「国境まで1人で渡ってくる子どもたちが多かったので、彼らが安全にポーランドにたどり着けるように手助けをしました」

そのうち、国境を越える人が減って「手伝うことが少なくなった」と判断したIvankaさんは、ウクライナ国内に入った。

5月上旬にたどり着いたのは、首都キーウ郊外のブチャ。ロシア軍に占領され、数百人が殺害されたとされている町だ。解放後に発見された集団埋葬の跡や、通りに放置された複数の遺体は世界中に衝撃を与えた。

「かつての喜びを思い出して」

そんな町でIvankaさんが出会ったのは、「ここを離れたい」と絶望する1人の男性。この戦争で息子を亡くし、家も爆撃で焼けてしまったという。「もうこの町には喜びは残っていない」と話す男性が見つめていたのは、弾痕の残る門塀だった。

「この弾痕を消すことで、かつての喜びを思い出してもらいたい」

Ivankaさんはその一心で、男性に門塀に残る痕跡の上に絵を重ねることを提案。快諾を受け、男性が好きだというスイセンの花を痕跡の上に描いた。

「私の目標は彼を笑顔することだったので、成功でした」

門塀にスイセンの花を描いた
門塀にスイセンの花を描いた
Ivanka Siolkowskyさん
絶望した男性を笑顔にしたスイセンの花々
絶望した男性を笑顔にしたスイセンの花々
Ivanka Siolkowskyさん

男性のためにスイセンを描いている間に、近所の住民も「次は私の家の番ね」と続々と声をかけてきたという。こうして、同じブロック内の5つの門塀などに絵を描いた。

「戦争の影響で物資が少なかったので、大変でした。決して上手な作品ではありませんが、ありあわせのものでなんとかしてみました」

Ivankaさんがブチャの住宅に描くのは、花で統一しているという。

「私がブチャにたどり着いたとき、あちこちに花が咲き乱れていました。灰の中から芽生える美しい花々は、ウクライナが再び立ち上がることを象徴しているように見えました。だから、花を描き続けようと決めたのです」

「最も強く、回復力のある人たち」

Ivankaさんは仕事の都合で5月末に一度カナダに帰国するが、夏にはもう一度ウクライナに戻って支援を再開する予定だという。

「ウクライナを訪問し、私がこれまで出会った中で、最も強く、回復力のある人々がここにいると思いました。私の願いは、ブチャや他の町の人々が、自らの手で花々を描き始めること。ウクライナは、この戦争を乗り越えられるはずです」

〈取材・文=金春喜 @chu_ni_kim / ハフポスト日本版〉

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