「日本は7年で首位を獲れる」。元ヤングケアラーは、ケアテックで世界を目指す

においで検知する排泄センサーを開発した株式会社abaの宇井吉美さん。高齢化で世界が注力するケアテック分野で、日本のトップを走る彼女には、かつての自分のような家族を救うという夢がある。

「自分のキャリアを考えているビジネスマンの方に、一回、介護ロボット業界、ケアテック業界にきてほしい。本気でやれば日本はあと7年で世界の首位を獲れるはずです」

高齢化が進む先進国の課題を解決しようと、世界中が注力するケアテック分野。日本でそのトップランナーの一角として活躍しているのは、株式会社abaの宇井吉美さんだ。宇井さんは元ヤングケアラーとして、かつての自分のような家族や介護の仕事に就く人々を救うため、そして、日本の生き残り戦略としても、この事業にかける理由があると語る。

株式会社aba 代表取締役の宇井吉美さん
株式会社aba 代表取締役の宇井吉美さん
Jun Kitada /ABCドリームベンチャーズ

壮絶な介護現場の日常に、溢れた涙

「うぅぅわぁぁ」。

うめき声をあげる認知症の高齢者を、介護スタッフが2人がかりで便座に座らせた。下腹部を押して、便を出す。

株式会社abaの宇井吉美さんは、大学生の頃、実習で見た介護現場の壮絶な日常が忘れられなかったという。

スタッフが便を出させる理由は、この高齢者をデイサービスに預けていた家族からの要望だった。家族は、排便の処理が大変なので、デイサービスから帰宅する前に便を出し切って欲しいと望んでいた。

苦しそうな光景に、目に自然と涙が溢れてきてしまった宇井さん。失礼は承知で、「これはご本人が望んでいるのですか」とその場でスタッフに聞いた。

「わからない」と、スタッフは話した。

「介護職員は、家族のケアも含めて考えないといけない。家族が潰れないようにしたいし、介護されている本人にとってベストなことをしたい。そんな矛盾が山ほどあって、葛藤がある。給与も低く「きつい、汚い、危険」のいわゆる3Kと呼ばれる職場。 介護をする人たちがなぜ貧乏くじを引かないといけないんだと思って。家族介護者はもちろん、プロの介護者の助けになりたいと強く思いました」

人だけの介護には限界がある

宇井さんが介護に関わるきっかけは、彼女自身がヤングケアラー(家族の世話や介護を担う18歳未満の子ども)だったことだ。

宇井さんは、千葉県旭市に生まれた。両親は飲食店を営んでいたため夜も遅く、祖母が母親がわりとなって育ててくれた。しかし、中学生の時に祖母がうつ病を発症。「死にたい」というに祖母に対して、何ができるかわからなかった。1人で通院できるほど身体は元気で、身の回りの介護をすることはなかったが、自分の人生がいかに悲観すべきかを日々聞かされ、宇井さん自身も心が辛くなっていくことを感じていた。

「おむつ介護や入浴などもしている家族介護者って、どんなにしんどいだろう。人というリソースだけで介護するには限界がある、と思いました」

介護職時代の宇井さん
介護職時代の宇井さん
aba

「おむつを開けずに中が見たい」 支援者を支援する介護ロボットの開発

「人だけの介護は限界がある」。宇井さんがそう感じていた高校生の頃、筑波大学のオープンキャンパスで偶然、介護ロボットと出会い、人を支えるテクノロジーがあることに驚いた。そして、自分もテクノロジーで介護を変えることができたら、と考えた。

「祖母に何もしてやれなかった自分の非力さと、祖母に何かしてあげたいという気持ちと、それ以上に自分の人生を大切にしたいという気持ちがありました」

自分と同じように悩む多くの人を救いたい。

そんな思いで介護ロボット研究の道へ進むことを決心し、2007年に千葉工業大学の未来ロボティクス学科に入学。現場の感覚も必要だと考え、特別養護老人ホームでの実習も行った。排泄介助の壮絶な現場に立ち会ったのもこの時だった。その時の介護職員に「どんな介護ロボットあったらいいですか?」とストレートに聞いてみた。すると、「おむつを開けずに中が見たい」という言葉が帰ってきた。

排泄介助は入浴介助の次に業務時間が長く、寝たきりの人であれば体位を変えるなど業務負担も大きい。おむつ交換のうち20〜30%が、汚れていない “空振り”であるなど無駄な作業も多くなりがちだ。

しかし、排泄後におむつを交換しないと、尿便が漏れてしまい、体やベッドの掃除などで、おむつ交換に10倍以上の時間がかかってしまう。

つまり、おむつ交換を適正なタイミングで行うことができれば、介護スタッフの業務負担を減らすことができる。

「いかに皆が葛藤の中で大変な思いをしているかを知って、排泄センサーを作ることを目標にしました。」

大学生で起業、排泄センサー「ヘルプパッド」を製品化へ

製品化は一筋縄ではいかなかった。最初に、abaの学生プロジェクトとして排泄を感知するセンサーの開発を始めたのは、2007年のこと。東日本大震災を機に開発に関わっていた企業が離れてしまい、自分で法人化することを決意。同じ学科の学生に声をかけて進めることになった。

排泄の感知にはにおいのデータ分析が必要だ。1Kのアパートで、布団に寝ておむつに排泄し、データを集め分析する作業を繰り返していた。においを吸うポンプの力が強すぎて尿も吸い込んでしまい、パソコンでデータを分析していたエンジニアの顔にかかってしまったこともあった。

「ヘルプパッド」開発の様子
「ヘルプパッド」開発の様子
aba

2012年、第9回キャンパスベンチャーグランプリで経済大臣産業賞を受賞した。そして、この受賞を雑誌で見たパラマウントベッド社が声をかけ、共同開発が始まり、2019年に排泄をにおいで感知する「ヘルプパッド」が完成した。

ヘルプパッドは、AIなどの技術を使って、排泄を感知し、おむつ交換やトイレ誘導の適切なタイミングを自動検知する製品だ。体に機械を取り付ける必要もなく、ベッドに敷くだけで利用できる。現在では約100施設で利用されている。

現在は、より高性能で安価な「ヘルプパッド2」の開発中だ。ヘルプパッド2では、においを吸引する仕組みを変え、汚れても簡単な水洗いが可能になったり、検知の精度も上がる機能改善が盛り込まれ、今年秋から販売を予定している。排泄のタイミングがわかれば、介護スケジュールも組みやすくなるため、介護者の業務効率化にも期待されている。

手前にある黒色の長細い装置が「ヘルプパッド2」で、「ヘルプパッド」よりもかなり小型になっている
手前にある黒色の長細い装置が「ヘルプパッド2」で、「ヘルプパッド」よりもかなり小型になっている
Jun Kitada /ABCドリームベンチャーズ

介護の理念を織り込んだ日本のケアテックを世界に

ヘルプパッドの特徴は、介護現場の声が製品に落とし込まれている、という点である。宇井さんは製品の開発をしながら週末は介護施設で働き、現場の声をすくい上げてきた。シートにしたのは、「生活を乱すようなものを作って欲しくない」「体に機械を貼るのはやめて欲しい」という、介護職の声を尊重したものだ。

世界的に見てもケアテック市場は伸びており、高齢化が進むアジア諸国や北米などでは様々な介護ロボットが開発されている。排泄センサーも販売されているが、ほとんどが貼り付け型で、シート型で尿便が検知できるものは他に無い。宇井さんは、多くの課題を解決しノウハウが蓄積されている「日本のケアテック」をいち早く世界に発信し、広げていきたいと話す。

「介護の歴史が深く、さまざまなノウハウを持っている日本がリードすることが、日本だけでなく世界のためになると思うんです」

ハフポスト日本版を運営するバズフィードジャパンと朝日放送グループは資本関係にあり、この記事は共同企画です。

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