台湾・台北に、世界で唯一の月経博物館「小紅厝月經博物館」がある。
館内には、生理の仕組みや生理用品、「生理の貧困」の問題などについて、子どもから大人までが分かりやすく学べる展示が並ぶ。
博物館は、生理について活動する台湾のNPO法人「小紅帽 With Red」が2022年夏にオープンした。
始まりは「生理についてきちんと知ってもらい、スティグマをなくしたい」という、1人の台湾人女性の強い思いだった。
ハフポスト日本版は、代表のヴィヴィ・リンさん(26)に話を聞いた。
生理について「知らない」からスティグマがある。社会全体を変えていくための“一歩”
ー月経博物館をつくろうと思った背景は
社会ではまだまだ、生理に対するスティグマがありますが、その背景には人々が生理について正しい情報を「知らない」ということがあります。
台湾では学校の授業で生理についてきちんと習うことが少なく、人々が正しい理解を持たずに、生理を恥ずかしいことだと思ったり、差別や偏見を持ったりするという現状があります。
台湾にも、経済的な理由で必要な生理用品を買えない「生理の貧困」が存在しますが、その事実を知らない人も少なくありません。
それならば、生理について知ってもらう場所をつくろうと考えました。博物館という形で物理的な建物があれば人々は前を通りかかるし、存在を無視できませんよね。
生理について知り、気軽に質問でき、オープンに話し合える空間を作りたいと考えました。
ー博物館について教えてください。どんな展示がありますか
博物館は民家を改装した建物で1、2階に展示があります。1階では「生理とは何か」ということや、人それぞれに違う生理中の症状について紹介しています。
小学生などの子どもたちが多く来ることも想定し、手で触ったり、ページをめくったりして生理について学べる、楽しい展示も作りました。
子どもたちの身長や目線に合わせて、低い位置に展示するなどの工夫もしています。
台湾、そして世界地図で、それぞれの地域で起きている生理に関する政策や法律の改正などもまとめました。私たちの団体の活動や、生理をめぐる政策のロビー活動などについても説明しています。
生理をテーマにした現代アートも展示していて、アーティストが作品を発表できる場を設けています。
2階では、生理の貧困やスティグマなどの社会課題について展示しています。
あらゆる種類の生理用品も並べ、自由に触れられるようにしました。薬局やスーパーに生理用品を買いにいっても、パッケージで包装されていて中身を見ることはできないので、館内ではナプキンやタンポン、月経カップなどを触って知れるようにしています。
世界各地で出版されたあらゆる言語の、生理にまつわる書籍や絵本、教材も揃えました。
窓際には、来館者が生理についての経験や思いを綴れるコーナーもあり、他の人たちの書いたエピソードを自由に読むことができます。
これまでに約1万人の人々が博物館に訪問しました。
現時点ではこの博物館が、世界で唯一の月経博物館です。
親子連れも、男性も、高齢者も。皆が生理について学べる空間
ー博物館にはどんな人たちが訪れますか
様々な性別・年代・国籍の人たちや家族連れが来館します。
生理について知りたい人、子どもと一緒に来て生理について教えたい人、月経博物館がどんなものなのか気になった人など、来館の理由は様々です。
子どもに既に生理が来ているかや年齢、性別に関わらず、子どもに生理について知ってほしいという親子連れも多いです。
子どもに生理について教えたいけど、どう話していいか分からないという保護者が博物館を訪れ、親子で生理について話すきっかけとなっています。
親自身も学校で生理についてきちんと習っていないため、どう説明して良いかも分からず、説明の仕方や切り出し方に困る人が多いのです。そんな時に、博物館の存在が大きな助けになっているようです。
ー博物館の1階部分はガラス張りで、外からも館内が見えやすいオープンな雰囲気ですよね。生理は「隠すことではない」「恥ずかしいことではない」というメッセージ性を感じます。
そうなんです。博物館をつくる時に、様々な年代や性別、バックグラウンドを持った人たちに訪れてほしいと考えていたので、どうすれば皆が訪れやすい場所を作ることができるか、議論を重ねました。
男性や高齢の来館者もいます。博物館についてニュースで見たと話す90代の男性は、電車に乗って遠方から来てくれました。展示内容に感銘を受けて「もし40年前にこの博物館ができていたら、社会はどんなに変わっていただろうか」と話してくれたことが印象に残っています。
私たちは、古い民家を改装して博物館をつくったのですが、リノベーションの最中、一体何ができるのか、博物館の近所の人たちはずっと興味を持ってくれていたようです。
ある日、おばあさんが「何をつくっているの?」と話しかけてくれたので、館内にお招きし、博物館のことや、私たちの活動についてお話ししました。後日、近所のおばあさんたちを大勢連れてきてくれたこともありました。
「台湾に来たら訪れてみたかった」と海外から来てくれる人たちもいます。
ー私が博物館を訪れた時には、来館者が生理についてのメッセージを書けるコーナーに、留学生や外国人観光客が書いたと見られる、英語や日本語のメッセージもありました。
そうなんです。本当にたくさんの国や地域からの来館者がいて、あらゆる言語でメッセージも書いてくださっています。
寄せられた手紙は来館者が壁にかかったポケットに入れていき、他の来館者が読めるようになっています。匿名でInstagramにも掲載しています。
展示内容は主に中国語での表記になっていますが、スタッフによるガイドは中国語と台湾語があります。
そして、海外からの来館者用に今年、博物館についての英語版と日本語版のガイドブックも作成し、自由に閲覧できるよう館内に設置しました。
「生理」という言葉が言えないほどのスティグマ。女子中学生が抱いた「なぜ」の思いがきっかけに
ーリンさんが、生理についての活動を始めたきっかけは
私が生理についての活動を始めたのは、13歳の頃、初潮が来た時の経験がきっかけでした。
台湾では学校教育で生理についてきちんと習うことがないため、初潮が来た時に私自身もそれが何だか分からず、とても混乱しました。
周囲の人たちに聞きたかったのに、皆、生理について話すことを敬遠して、恥ずかしいことだと思っていると気づきました。
母親が私に生理について説明した時、「生理」という言葉すら使わなかったんです。「あれ」「それ」などと婉曲な言い回しで話していて、なぜ母親が「生理」と言えないのか不思議に思いました。
なんとなく生理が「タブー」なトピックであるとは知っていたものの、調べてみると、台湾では生理についての強いスティグマがあることが分かりました。
沈黙を破り、生理に対するスティグマをなくす必要性を感じる同時に、それが長い道のりであるとも気づきました。それ以来、生理に関するアドボカシーをずっと続けています。
ー中高生の時はどんな活動をしていたのですか
中高生の時には、「ソロ・アクティビスト」のように1人で活動していました。色んな種類の生理用品を学校に持っていて友達に見せ、生理を話題にするようにしていました。当時の台湾ではタンポンはまだ珍しく、探すのも大変なほどでした。
教室で生理について話す私を見て、「なんで大声でそんなこと話すの?」「公共の場でそういうことは話すべきじゃないよ」と言ってくるクラスメートもいましたが、私としては「あなたにも生理があって、私にもある。じゃあなんで話せないの?」という気持ちでした。
生理について話すことを恥ずかしがる生徒が多かった一方で、みんな実はすごく興味を持っていたんです。放課後、皆が下校したのを見計らって、生理についてこそっと質問してくる子たちもいました。
学校でも生理について習わないため情報がなく、自分の体に起こっている、もしくはこれから起こる変化について誰にも質問することもできず、皆知りたいと思っていたんです。
高校生の時には、生理について話す動画を撮ってYouTubeにアップロードしました。すると、世界各地のユーザーから生理についての質問が飛んできたんです。
「ずっと気になってたんだけど…」と、それまで周囲の人には聞けなかった生理についての質問を、オンライン上の無名の高校生に聞いてくる人がたくさんいました。それほど、多くの人が生理について話すことはタブーだと感じていたのだと思います。
まずは生理について知ってもらい、偏見をなくすこと。そして、生理用品やトイレへのアクセスがないという「生理の貧困」の問題などについても社会の意識を高めていくことが必要だと感じ、以来、行動してきました。
生理について活動する原点の一つに、私自身が長い間、子宮内膜症に苦しんできたという経験もあります。高校生の時には、卵巣腫瘍が見つかり、休学をして治療に専念しました。
「アクションを起こさないと」海外から振り返った台湾の状況
ーその後、NPO法人「With Red」を始めた経緯を教えてください
二十歳の時、スコットランドで勉強していたのですが、その時、スコットランドで生理用品を無償提供することを義務付ける法律が可決しました。市民が声を上げ、生理の平等をめぐる状況が大きく動いている様子にとても勇気づけられました。
全ての人が生理用品に無償でアクセスできるべきという同じ思いを持った様々なセクターの人たちが共にアクションを起こし、学生からあらゆる市民団体の人々、政治家たちが一緒にマーチをして、道いっぱいに歩いていました。
その様子を目の当たりにした時、台湾での状況を振り返り、自分にできることは何かと考えました。
ある日、当時住んでいた寮の部屋で、パソコンの前に座って1人、「もう考えてばかりではダメだ。アクションを起こさないと」と思い、団体をつくることを決意したんです。
その後、仲間を集め、2019年にNPOを設立。台湾に博物館をつくり、生理に関する様々な活動を始めました。
団体のメンバーは、1人また1人と同じ思いを持った仲間が集まっていき、今は約10人のスタッフと、ボランティアの皆さんとで活動しています。
博物館や私たちの活動費用の9割は市民からの寄付で成り立っています。残りの1割は助成金などです。
大半が市民からのオンラインでの寄付で成り立っており、多くの人たちに私たちの活動の趣旨や目指すことを理解し、共感していただき、サポートしていただいていることに本当に感謝の気持ちしかありません。
博物館の入館料も無料で、受付に募金箱を設置しています。
現在もアジア各国や世界で活動する女性団体や生理について活動する団体とも連携して情報交換やコラボレーションをしていますが、今後はさらに、その輪を広げられたらと思っています。
(取材・文=冨田すみれ子)