社会に「不都合」なテーマを大人の絵本に。韓国発『ドロシーマンション』でクィアを自認する作者が込めたメッセージ

韓国発の絵本『ドロシーマンション』は異なる「すき」を持つ登場人物たちが、互いを認め合い、思いやりながら生きることの大切さを描いた一冊だ。LGBTQ+ コミュニティの一員であることを自認する、作者のカヒジさんに話を聞いた。
猫本専門店「キャッツミャウブックス」を訪ねたカヒジさん
猫本専門店「キャッツミャウブックス」を訪ねたカヒジさん
撮影/土屋貴章(303BOOKS)

韓国発の絵本『ドロシーマンション』(303BOOKS)は、異なる「すき」を持つ登場人物たちが、自分を愛し、お互いを認め合い、思いやりながら生きることの大切さを描いた一冊だ。  

作者は、ニュージーランドや韓国で似顔絵アーティストとして活動しながら、日常の思い出に残る瞬間を絵で記録しているカヒジ(GAHEEZY)さん。本書は、カヒジさんの初めての絵本だ。 

女性であり、アジア人であり、LGBTQ+コミュニティの一員であることを自認しているカヒジさんに、なぜ絵本という表現で多様性を描こうとしたのか、本書が韓国でどのように受けとめられたのかを聞いた。 

ニュージーランドで見た家族の光景

カヒジさん
カヒジさん
撮影/土屋貴章(303BOOKS)

韓国・ソウルで生まれ育ち、グラフィックデザインを学んでアーティストとなったカヒジさん。クィアであると自認した13、14歳のとき以来、長い間、自身のアイデンティティを隠して生きてきた。

しかし、ワーキングホリデーで訪れたニュージーランドで、『ドロシーマンション』の原点となる、ある光景に出合った。今から7年前、2018年のこと。

「ニュージーランドは、多様な国籍の移民たちが集まって暮らしている国です。ある休日、海辺を散歩していたとき、人種、言語、文化、セクシュアリティも異なるであろう人たちが一つの家族のようにピクニックを楽しんでいる光景を目にしました。

美しい海、降り注ぐ太陽、空にかかる虹もあいまって、その光景はあまりに美しく映りました。人はこんな風にありのままの姿を生きることができるのだ、と感動しました」(カヒジさん)

この感動を形にしたい。「誰でも、好きなものを思う存分好きになって、自分らしく生きていい」というメッセージを伝えたい。そのための表現方法を模索するうち、カヒジさんは絵本という形にたどりついた。

「絵本は、年齢や性別、文化的背景が異なっても、簡単に、そして直感的に自分のメッセージを受け入れてもらえるのでは、と考えたのです」(カヒジさん)

好評の裏で、図書館から返本も

文・絵/カヒジ 訳/加藤慧『ドロシーマンション』(303BOOKS)より
文・絵/カヒジ 訳/加藤慧『ドロシーマンション』(303BOOKS)より
303BOOKS

『ドロシーマンション』の主人公タータンは、ノンバイナリーという設定だ。ノンバイナリーとは、生まれた時に割り当てられた性別にかかわらず、自認している性別が男性、女性に当てはまらない、あるいは当てはめたくない人たちのこと。

物語は、変わり者と言われるタータンが、自分の居場所を求めて旅に出るところから始まる。

体中が毛でフサフサの大きな少女・ヘリ、賢く物知りな車椅子の少年・クレバー、力持ちで筋肉隆々のベジタリアン・ソイヤ、全員の肌の色が異なる同性カップルと養子の家族・ビン&ムム&シャシャ……タータンが旅先で出会う人物たちもまた、多様だ。彼ら、彼女らは、全員がどんな属性かで語られることはなく、それぞれの個性を認め合いながらともに生きている。 

カヒジさんは、本書の制作にあたり、登場人物やストーリーを何度も練り直したという。

「絵やコミックと違い、絵本には読み手がいて、さらに、その読み方もひとりで読む、誰かと一緒に読む、誰かに読み聞かせてもらうなど、バリエーションがあります。どんな内容、どんな表現が受け入れてもらいやすいかに、とても気を遣いました」(カヒジさん)

多様性というテーマに重ね合わせて、手描きのイラストと、旅先で収集したさまざまな紙類を用いたコラージュとを組み合わせる手法を取ったこともあり、全80ページの制作には6カ月の時間を要した。

「『ドロシーマンション』の版元・アットヌーンブックスは、韓国ではマイナーながら大人のための絵本を作る出版社として知られていて、社会問題やクィアについて扱うことのできる数少ない出版社の一つです。出版社で本を出せたおかげで、性的マイノリティに対する偏見や差別が色濃く残る韓国でもたくさんの方に読んでいただき、ある文学賞で優秀図書にも選ばれました」(カヒジさん)

しかし、悲しい出来事もあった。韓国のある地方都市の図書館で、出版社から納品された『ドロシーマンション』が「同性カップルが出てくるから」という理由で返本されたのだ。

「図書館に納品された本が出版社に返本されることは、めったにないそうです。こうしたことが起こるかもしれないと予想はしていましたが、実際に起こるととても心が痛く、これが韓国の今の社会の姿ということなのだと思い知ることにもなりました」(カヒジさん) 

「好きなものを思う存分好きになって」

『ドロシーマンション』のデザインを担当した潟見陽氏が手掛けるプラットフォーム3で、参加者の似顔絵を描いた
『ドロシーマンション』のデザインを担当した潟見陽氏が手掛けるプラットフォーム3で、参加者の似顔絵を描いた
撮影/土屋貴章(303BOOKS)

本来、人は一人ひとりが違う。それは、カヒジさんが世界を回りながら似顔絵アーティストとして活動した経験でも実感していたことだ。

「似顔絵を描くとき、その人の顔を観察しながら感じるのは、同じ顔は一つとしてないということ。目の輝きを見れば言葉を交わさなくてもその人の気持ちを感じることはできるということ」(カヒジさん)

とはいえ、本当に大切な相手に思いを伝えることは重要なのだ、とも。日本語版の『ドロシーマンション』では子どもになじみのある「すき」「だいじな」などの言葉に翻訳されているが、オリジナルの韓国語版では「愛」「愛する」という言葉が頻出する。

「韓国の若者が付き合って1週間で『愛してる』と言い合うような風潮に、最初は『軽々しく使いすぎじゃない?』と思っていたんです。でも、時間が経つにつれて、本当に大切な人には愛という言葉をたくさん使ってもいいのではないか、と考えるようになりました。

人の気持ちは大きさをものさしで測って『ほら』と差し出せるものではありません。それに、言葉にするだけならエネルギーも、お金もかかりませんしね!」(カヒジさん)

幼い頃、絵本を読んで「あ、私のことが書いてある!」と感じ、自分も誰かの共感を呼ぶ表現をしてみたいと考えたというカヒジさん。『ドロシーマンション』の読者に願うことは?

「子どもたちには、自由で何でもできる子ども時代という時期に、自分のありのままの姿でいろいろ考え、未来の夢を描いてほしいです。そして、自分が好きなものを思う存分好きになって、タータンのように他の人の視線なんてはねつけて思う通りに生きていってほしい。もちろんそれは、大人の人たちにも思うことです」(カヒジさん) 

(取材・文/有馬ゆえ 編集/毛谷村真木)

文・絵/カヒジ 訳/加藤慧『ドロシーマンション』(303BOOKS)翻訳はミン・ジヒョン『僕の狂ったフェミ彼女』などを手がける加藤慧さんが担当している
文・絵/カヒジ 訳/加藤慧『ドロシーマンション』(303BOOKS)
翻訳はミン・ジヒョン『僕の狂ったフェミ彼女』などを手がける加藤慧さんが担当している
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