
社員食堂でランチを食べる時、「ここで残った食事は捨てられてしまうのだろうか?」と考えたことがあるかもしれない。
普段、残ってしまい廃棄となっている食事を、必要とする人たちに無償で提供するという、画期的なプロジェクトがある。
2025年2月に始まった「かんしょくプロジェクト」では、調理済みの食事を再分配し、食品ロスの削減に貢献する。
「だれかがちょっとだけ作りすぎてしまったごはんを、みんなで食べ終える」、日本初の取り組みだ。
都内の企業から届いた食事が提供される、都営住宅の現場を取材した。
社食で余った食事→需要ある場所へお届け

都営住宅の集会場には昼下がり、次々と住民が集まっていた。
この日は、都内の企業の社員食堂から食事が届く日だ。
バイキング(ビュッフェ)形式の社員食堂では、ランチタイムの間に食べられる量を想定して調理しているが、少量の余剰が出てきてしまう。
ビュッフェに並べられなかったが、まだおいしく食べられる食事の廃棄を防ぐために、この都営住宅に週に1回、食事が届けられる。
集会所に食事が届くと、すぐに温度が測られる。安全に食事を届けるために、運搬中の温度管理や、運搬前後には検温を徹底している。
温かい食事は65度以上で運搬し、食事の提供も2時間以内に済ませるなどのルールで衛生管理を行なっている。

届いた食事は、それぞれに食べられる量を聞きながら、食品ロスが出ないように配膳される。
列に並ぶ住人の中には、「今日はじめての食事」だと話す人もいた。
この日のメニューは、「冬瓜のそぼろ煮」と「味噌ストローネ」。
住人たちは、「美味しいね」と笑顔を見せながら食事を頬張った。

集まっての食事、独居高齢者の孤食・孤立防止にも
都営住宅は入居条件などもあることから、比較的、高齢世帯が多い。この都営住宅は約8割が高齢者だ。
独居の人も少なくなく、こうして集会所で皆で集まって話をしながら食事をするという機会も貴重だ。
大学生の息子とたまに参加しているという40代女性の住人は「こうしてご高齢のご近所さんの顔を見られることで、毎週の安否確認や防犯・防災対策にもなる」と話す。以前勤めていた企業で社員食堂を利用した経験があることからも、プロジェクトの意義にも「共感できる」とした。

妻と共に参加した70代の男性は、都営住宅の集会所も「自治会などの会議以外に使われることもあまりなかった」とし、集会所が有効活用され、住人が集う居場所となっている点にも意義があると話した。
この日は、かんしょくプロジェクトのスタッフの他に、ボランティアの高校生2人とアメリカ人留学生も配膳作業を手伝った。
食事の後には住人たちと歓談する様子も見られ、住人たちも「孫が来てくれたようで嬉しい」「また来てね」と声をかけていた。住民同士が一堂に会し食事をすることで、食品ロス削減だけでなく、孤独や孤食の防止にも一役買っている。

「食品ロスを活かしながら、食卓を囲みながら会話できる場所を」
環境省によると、日本では年間約472万トンもの「食品ロス」が生じている。
一人当たりに換算すると、年間47キロ。毎日おにぎり1個分の、まだ食べられるごはんが捨てられている計算となる。
中でも、約半数を占めているのが、企業や飲食店などから発生する事業系食品ロスだ。
需要予測の精度向上やフードバンクへの寄贈などの取り組みにより、ロスが削減されつつあるが、作りすぎてしまった調理済みの食事は、ロス削減に障壁があった。
そこで考案されたのが、この「かんしょくプロジェクト」だ。
第1弾の活動拠点として、東京都が都営住宅の集会所などを活用した居場所づくりとして取り組む「東京みんなでサロン」と連携。2025年2月から、都営住宅で本格的に食事の提供を開始した。
すでに320キログラム以上の食品ロス削減に繋がったという試算となる。
廃棄を減らすことで、CO2排出削減にも繋がる。今後は、余ってしまった食事を有効活用したことによるCO2排出削減量を算出し、環境面での効果の可視化も計画しているという。

かんしょくプロジェクトを運営する一般社団法人「最愛の食卓」の代表理事・柏倉美保子さんはハフポストの取材に「食品ロスを活かしながら、地域の人たちが集まって食卓を囲み、会話ができる場所をさらに作れれば」と話した。
「地域のつながりが希薄化する現代社会では、高齢者の孤立や貧困も大きな課題です。さらには、共働き世帯の子どもも学校帰りに寄れるような、コミュニティの居場所にできればと考えています」
かんしょくプロジェクトは、海外で実施されている同様の取り組みを参考にした。ニューヨークのレストランが、余ってしまった誰も手をつけていない食事を、路上生活者に提供する取り組みを続けていると聞き、「日本でもできるのでは」と考えたという。
ちょうど、都内の企業から社食の食品ロス対策をしたいという話を聞き、いかに実現できるか、議論を重ねた。
都営住宅の入居資格には、「所得が定められた基準内であること」などもあるため、食品価格の高騰が著しい中で、食事提供で生活を支援するという意図も。現在は週に一回の提供だが、少しずつ回数も増やしていきたいという。

これまで、運送や廃棄にかかるコスト、安全面での明確なルールがないことから、日本では調理済みの食事の再分配は行われてこなかった。
プロジェクトの始動に際しては、関係各所との調整と実証実験を重ねて、安全に食事を届ける方法の模索から始まった。
社員食堂での食事の詰め替え、提供までの温度・時間を記録し、20回連続で基準の温度をクリアするというトライアルを実施。これに合格し、消費者庁や東京都とも情報共有をしながら、運用している。
物価高騰が炊き出しにも影響。提供場所の拡大も計画

現在は、この都営住宅に加え、難民支援などを行うアクセプト・インターナショナルの都内の拠点で食事の提供を開始。さらに、8月後半からはJKK東京(東京都住宅供給公社)の住宅にも拠点を拡大する。
「今後は、例えば困窮世帯や難民の支援などをするNPOや行政、お寺、教会などとも連携しながらスケールさせていきたいです。食事の提供で協力してくださる企業も増やし、拠点も増やしていければと思います」(柏倉さん)
生活困窮者などに対し各地では炊き出しなどの食事提供が多く実施されているが、物価高の昨今は原材料を確保することに難しさを感じる運営団体も多い。
そのような場所で、このかんしょくプロジェクトの長所を活かし、横展開していけると見込んでいる。
社員食堂のほかに、ホテルのビュッフェなどとも協力していく見込みだ。社員食堂があり、食品ロスの活用法を模索している企業も募集している。
(取材・文=冨田すみれ子)
