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2019年09月26日 08時16分 JST | 更新 2019年09月27日 10時50分 JST

新井浩文被告人の事件が、注目に値すべき理由 性犯罪事件に詳しい弁護士に聞く

この裁判は、性犯罪を司法がどう取り扱うのか、その変化を捉える重要な事例になるだろう。性犯罪被害者側の弁護士として活動しているらめーんさんはそう指摘する。

時事通信社
新井浩文被告人=2012年07月05日撮影

派遣型マッサージ店の女性従業員に性的暴行を加えたとして、強制性交等罪で起訴された俳優・新井浩文被告人(40)の裁判が、東京地裁で開かれている。

9月26日の第二回公判では、新井被告人に対する被告人質問が行われる。

有名俳優の事件とあって世間の注目度が高いが、この裁判は、性犯罪を司法がどう取り扱うのか、その変化を捉える重要な事例になるだろう。

性犯罪被害者側の弁護士として活動しているらめーん(@shouwayoroyoro)さんはそう指摘する。

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新井被告人が起訴されている強制性交等罪の証人尋問が終わった。この事件は、被告人が有名俳優であったことで世間の注目を浴びている。

しかし、性犯罪被害者側の弁護士として10年以上仕事をしてきた私も、ネットニュースでこの裁判の内容を知って、目玉が飛び出した。それは、この事件が従来、検察官が起訴することさえ難しかったパターンだったからだ。

この裁判の内容を知って私は、「強制性交等罪に関する裁判所の事実認定のあり方が変わっていくのかもしれない」という期待と、「無罪判決が出るかもしれない」という危惧を抱いている。

 

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起訴が難しかった理由の一つ、「暴行脅迫」要件の厳しさ

この事件で、新井被告人がしたとされているのは、被害者の「手を取って股間に押しつけた」「腕を強く引っ張った」「頭をつかんで股間に押しつけた」「ズボン・パンツを強く引っ張られて脱がされてしまった」など、通常の性行為に付随し得る行為であった。

現場の実務では、押し倒す、腕を押さえるといった、通常の性行為に付随し得る行為を、暴行脅迫として、警察が刑事立件したり、検察官が刑法177条で起訴することは皆無に近かった。

「絵に描いた餅」のような法務省や裁判所の弁明

刑法177条は、強制性交等罪が成立するためには、「暴行脅迫」を要件としている。判例上、この「暴行脅迫」の程度は、「被害者の反抗を著しく困難にする程度のものであること」が必要である。

性犯罪に関する刑法は、平成29年7月に改正されたが「暴行脅迫」要件は改正されずに残った。新井被告人の事件を見て、私の目玉が飛び出した理由は、この刑法案が可決された平成29年6月9日の衆議院・法務委員会にさかのぼる。

法務委員会では、委員会に所属する全ての党の議員から、この「暴行脅迫」要件が厳しすぎるという指摘が続き、政府参考人である法務省刑事局長と、最高裁判所事務総局刑事局長が、弁明に追われる事態が生じた。

この法務委員会で、最高裁判所事務総局刑事局長は、「暴行脅迫」は、最高裁判所昭和33年6月6日判決により、それのみでは「被害者の反抗を著しく困難にする程度のものである」とは言えなくても、「相手方の年令、性別、素行、経歴等やそれがなされた時間、場所の四囲の環境その他具体的事情の如何と相伴って、相手方の抗拒を不能にし又はこれを著しく困難ならしめるものであれば足りる」となっており、各裁判所が暴行脅迫の存否を適切に判断していると答弁した。

また、法務省刑事局長は、「手首をつかんで引っ張る、背後から抱きつく、下着を脱がせる、ソファーに押し倒す」といった有形力の行使のみが認定された事案で、被害者と被告人の体格差や、犯行現場に二人きりであったことを踏まえて、「被害者の反抗を著しく困難ならしめる暴行、脅迫」があったものと認められた事例があることなどを説明した。

しかし、実際の現場で、被害者の訴えはどう取り扱われているのか。先程述べたとおり、こうした事案では警察が刑事立件したり、検察官が刑法177条で起訴することは皆無に近かったのだ。

前述の法務委員会の議事録を読んだ当時、私には、法務省と最高裁が、まるで絵に描いた餅を本物の餅であるかのように答弁しているように感じられ、議事録に向かって「ペテンかよ」と毒づいた。

あれから2年。

ネットニュースで、新井被告人の事件の内容を知った時、法務委員会の議事録にあった「絵に描いた餅」が、ほかほかと湯気を立てて食卓に上ったように感じられて、目玉が飛び出したのである。

 

時事通信社
東京地裁

 

 性犯罪被害者の心理について、検察庁の理解が深まった?

このように書くと、新井被告人が起訴されたのは、ペテンを本当にするための陰謀のように思うかもしれないが、そうではない。

話は、平成29年6月9日の衆議院・法務委員会に戻る。この法務委員会では、与野党議員の共同提案による動議がなされ、附帯決議が可決された。

この附帯決議では、刑法177条の「暴行脅迫」の認定について、「被害者と相手方との関係性や被害者の心理をより一層適切に踏まえてなされる必要があるとの指摘がなされていることに鑑み、これらに関連する心理学的・精神医学的知見等について調査研究を推進するとともに、司法警察職員、検察官及び裁判官に対して、性犯罪に直面した被害者の心理等についてこれらの知見を踏まえた研修を行うこと」が、求められた。

この附帯決議を受けて、法務省は「性犯罪に関する施策 検討に向けた実態調査ワ ーキンググループ」を 設置した。このワーキンググループでは、平成30年5月22日から令和元年7月12日までの間に、8回にわたり、ヒアリングなどの実態調査を行っている。

新井被告人の事件の被害者は、部屋が真っ暗だった、体格差があって怖くて逃げられなかったと述べている。

新井被告人は、身長180cmちょっと。加藤清正、ゴリライモでは粗暴気味の演技が評価されたが、牛乳石鹸のCMではサラリーマン役もしており、「普通」の範疇に入る体格であろう。

それでも、暗い部屋に、2人きりであれば、女性は怖い。

かつては、このような被害者の恐怖は、検察庁で理解されなかったが、今では、性犯罪被害者の心理について、検察庁の理解が深まったことにより、新井被告人は起訴されたとみるべきであろう。

「被害者の承諾がなかったことを被告人が認識していたか」が次なる問題

しかし、暴行脅迫要件をクリアすれば、強制性交等罪が成立するわけではない。次に問題となるのが、被害者の承諾である。

新井被告人の事件では、被害者は性行為に承諾しておらず、弁護人もこの点は争っていない。争点は、「被害者の承諾がなかったことを、被告人が認識していたか」という故意の有無である。

従来、被害者の承諾は、暴行脅迫と表裏の関係として判断されてきた。暴行脅迫が激しければ、「こんなにボコボコにして、承諾も何もないだろう」「被害者の承諾はない」と認定することは自然にできる。

しかし、「手を取って股間に押しつけた」「腕を強く引っ張った」「頭をつかんで股間に押しつけた」「ズボン・パンツを強く引っ張られて脱がされてしまった」など、通常の性行為に付随し得る行為では、加害者の「被害者が嫌がっているとはわからなかった」という弁解が通る可能性があり、それが、従来は、起訴すら難しかったもう一つの理由だ。

新井被告人の事件では、事前に、性的マッサージではないことの告知があった。被害者も、股間に手を押しつけられた時に「ダメですよ」「これ以上するなら帰ります」と、承諾していないことを明言している。その意味では、この件は、従来でも、被害者の承諾がないことの認識を、認定しやすい事情があるのかもしれない。

他方、この事件では、被害者が、部屋の電気を消すことに同意した、事後に金銭を受領した(ただし、被害者は交付時に、交付の認識なしと証言)という、従来なら、被害者の承諾と取られるリスクのある事情もある。

私個人の意見としては、部屋の電気を消すことへの同意は、「部屋の電気を消すこと」にしか同意していないし、「嫌よ嫌よも好きのうち」ではなく「嫌よ嫌よは嫌」である。

現代を生きる普通の男性も、そう思って行為を止めるのではなかろうか。

被害者の承諾に関する従来の実務の方がおかしかったのであり、本件のような状態で「被害者の承諾があった」と誤解するのは認知の歪みであろう。

「アロマ・マッサージで自宅に女性が来たからといって、セックスに応じているわけではない」と思いながら性交するよりも、「ほかのお店の女の子はノリノリだったから、アロマ・マッサージに来た女の子は、皆、本心ではセックスに応じているのだ」と思いながら性交する方が、心理的なハードルは低い。このように問題行動を継続するための本人にとって都合のよい認知の枠組みが、認知の歪みである。

性犯罪者は、それぞれに認知の歪みを持っていることが多い。

時事通信社
新井浩文被告人=2015年10月22日撮影

 「故意の有無」について、裁判所はこれまでのパターンで判断できない

しかし、認知が歪んでいたからといって、「故意はなかった」と認定されるわけではない。

裁判では、故意の有無は、客観的な事情を総合的に考えて認定される。

たとえば、果物ナイフで、胴体を数回刺して、被害者が失血死した事例で、被告人が「殺そうとは思わなかった」と弁解しても、裁判所は「人体の枢要部を数回強く刺突した犯行態様」自体から、故意ありと推定する。

これまで、性犯罪で暴行脅迫が被害者の承諾の表裏として判断されていた以上、暴行脅迫ありと判断する基準が揺れれば、被害者の承諾ひいては、その認識としての被告の故意に関する概念は揺れる。

新井被告人の事件では、9月26日に被告人質問が予定されている。弁護人も検察官も、犯行時の認識について精密に練られた質問をするだろう。

検察官と弁護人は、この日「どのような事実を認識していたら、『被害者の承諾がないこと』について故意ありと認定できるのか」ということを巡って争うのである。

では、裁判所はどのような判断をするだろうか。

性犯罪被害者の心理については、裁判所も、附帯決議に基づき、今年1月から、研修を行い、資料を配付しはじめている。性犯罪被害者の心理を裁判所が理解すれば、暴行脅迫要件は、従来のままでよいのか。この事件は、その試金石となる。

裁判所は、性犯罪被害者の心理に関する新たな知見を得た。これによって暴行脅迫の概念は変わったかもしれない。だが、被告人の故意を認定するには、被告人の認識というハードルを越えなければならない。

この事件で無罪判決がなされた場合、あの法務委員会で法務省と最高裁が述べたことは、やはり画餅であったということになる。平成29年7月の刑法改正で、暴行脅迫要件を残した正当性は失われる。

前述の法務委員会では、委員会に所属する全ての党の議員が提案した動議によって、改正刑法の施行後3年を目途として見直しを行う旨の附則も定められた。この「3年後見直し」は、来年、2020年の夏に迫っている。

 

らめーん弁護士 プロフィール

2006年司法試験合格。2008年弁護士登録。第一東京弁護士会所属。
第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会・委員
犯罪被害者支援弁護士フォーラム(略称VSフォーラム)会員
性暴力救援センター東京(SARC東京)支援弁護士
一般社団法人Spring法律家チーム
著書(共著)
「ケーススタディ 被害者参加制度 損害賠償命令制度」
「犯罪被害者支援実務ハンドブック」