少子化で労働人口が減少する日本。「シニア」カテゴリを超え、個性に向き合うことが社会持続のカギ?

企業側とシニア側には「どう働いてもらえばいいのか」「雇ってくれるのだろうか」という戸惑いや不安が多い。
シニア雇用 イメージ画像
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少子化で労働人口が減り続けることが予想される中、社会を持続させるためにはシニアの力が必要不可欠だ。政府も、希望する人が70歳まで働けるよう企業に就業機会確保の努力義務を課す「70歳就業法」を今年3月に成立。しかし企業側とシニア側それぞれに「どう働いてもらえばいいのか」「雇ってくれるのだろうか」という戸惑いや不安は多い。企業と就業者のミスマッチを乗り越えて、シニアの労働力を最大限に生かす方法とは。(いからしひろき)

企業側にもメリット多い「シニア雇用」

エヌティオートサービス(東京・大田区)は東京・埼玉に8ヶ所の拠点を持つ大規模自動車整備工場である。約360人の社員の平均年齢は47〜8歳。新卒入社5年目以内の若手社員は10人未満だ。50代、60代の中途入社も増えているため、年々平均年齢が上がっているという。

同社の山﨑国憲企画部長は、前提として「自動車整備業界は深刻な人材不足」だと話す。

「若者の自動車離れとよく言われますが、カーシェアなどの影響で全体的な保有台数は減っておらず、車検や修理など自動車整備の仕事は以前と変わらずあります。しかし今の若者はIT産業などに目が向きがちで、いわゆる『3K』の自動車整備士の成り手が激減しています。結果的にシニア人材を雇うしかないというのが現状なのです」

シニア雇用は「必然」だが、そのメリットは多い。まずは経験。整備の技術はもちろんのこと、シニアの豊富な社会経験は良好な職場環境づくりに一役買っている。そして人件費だ。同社ではシニアの再雇用時の給与は一般社員の約3割減だが、仕事内容は変わらない。つまり円熟の整備技術を割安で手に入れられる。

一方、雇われるシニアの側はどうか。同社に今年1月、途中入社した垣内真司さん(56歳・仮名)は、某自動車ディーラーのフリーランスの整備士として35年間勤務していた。しかし会社都合による契約打ち切りで、突如仕事を失った。

「正直困りましたね。家族もいますし、家のローンもある。歩合制だったのでやればやるほど稼げた。年収も多い時は1000万円を越えていましたが、それが一気に無くなるわけですから」

前の職場を辞めたのは昨年の7月。直後は自動車整備の仕事から足を洗うことも考えた。

「もういいだろうと。仕事もきついし、歳も歳だし、もう少し楽をしたい。そこで運送会社でバイトを始めたんですが……つまらないんですよ。やっぱり車をいじっていた方が楽しい」

そこでシニア専門の人材サービス会社に登録。エヌティオートサービスを紹介され、就職した。新しい労働環境には不安もあったが、同世代の社員が多く、以前の職場より働きやすそうだと感じた。収入面では「正直楽ではない」と言いつつ、「50歳を過ぎてからいつかこうなるとは思っていた。だから順調に再就職が決まってありがたい」と安堵する。

収入面の不足は、「毎週のように行っていたゴルフを月に1回に減らしたり、妻にパートに出てもらったり」と、生活習慣を変えることである程度補えるが、問題は自身の体力だ。特に自動車整備の仕事は重労働。今も膝と腰に爆弾を抱える。

「いつまで体が持つか」と常に不安を感じながら仕事をするのはストレスだろう。同社では、就業者一人ひとりの状況や能力に応じた仕事をしてもらう対策を講じている。整備の仕事が出来なくなっても、比較的体の負担が少ない洗車業務や点検業務や人と接するフロント業務などへ異動する。板金など特に熟練の技術が必要な業務については70歳を過ぎても現役で働いている人は多いそうだ。

「今は再就職されるシニアの方々については、規定の給与から『一律減額』というかたちを取っています。しかし今後は、技能に応じた給与体系に変えていかなければいけないと考えています」(山崎氏)

就業の現場で起きる「2重のミスマッチ」とは

東京・飯田橋にある「東京しごとセンター」は、都民の就業支援のために設置された施設で、就業相談からスキルアップのための各種セミナー、具体的な求人情報の提供・職業紹介まで一貫したサービスを提供する。ここにはシニア向けの窓口もある。


同センターを運営する公益財団法人「東京しごと財団」の広報担当者は、シニア就業におけるミスマッチについてこう答える。

「給与については、やはり就業者の希望より低い賃金の求人しかないというケースが多々見られます。例えば事務職のフルタイムで平均月額12~20万円程度、パートタイムの場合は最低賃金に近い金額のものが多い印象です。ただしミスマッチという点で言えば、賃金よりむしろ職種の方が大きいと思われます。当センターにご利用登録いただいた時の希望職種と就職者の職種を比べると、やはり差があります(図参照=東京しごと財団作成資料より)」

希望職種の上位3職種は「事務職」3295人(39.8%)「専門技術職」1418人(17.1%)「その他サービス」762人(9.2%)
希望職種の上位3職種は「事務職」3295人(39.8%)「専門技術職」1418人(17.1%)「その他サービス」762人(9.2%)
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実際の就業の上位3職種は「事務職」727人(31.0%)「その他サービス」308人(13.1%)「管理員」297人(12.7%)
実際の就業の上位3職種は「事務職」727人(31.0%)「その他サービス」308人(13.1%)「管理員」297人(12.7%)
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同センターが、新規利用者8278人に希望職種を確認したところ、多くの人が「まずは前職での経験を生かしたい」と考えており、その内容は「事務職」「専門技術職」「その他サービス」の上位3種で全体の6割以上を占めている。

ところが実際の就業になると、上位3職種は「事務職」「その他サービス」「管理員」である。その他サービスは介護や保育等、管理員はいわゆるマンションの管理人だ。事務職は希望する人が圧倒的に多いため上位にランクインしているが、3295人の希望に対し727人しか就職が決まっていないのだから、少ないパイを奪い合っているようなものだろう。

一方で上位3種外の「清掃」は、同センターのシニア求人で最も多い職種であるにも関わらず、就業実績は全体の7.2%とあまり人気が無い。

同センターでは、カウンセリングを通して自分自身では気づかないスキルや強みを掘り起こし、これまで検討していなかった職種も選択肢の一つとなるよう支援しているが、一般的にシニアの就職においては、「賃金」「職種」の2重のミスマッチが起きている。

なぜそうしたミスマッチが起きるのか? シニア専門の人材サービス会社「シニアジョブ」の安彦守人広報部長はこう分析する。

「シニアの中でも、能力のあるシニアと無いシニアがいます。しかしハローワークなど行政の人材紹介サービスは、すべての求職者を公平に支援したいという考えなので、個々の能力に応じたきめ細かなマッチングができにくい状況です。では民間がもっとやれば良いと思うでしょうが、シニアの給料は相対的に低いので、比例して成功報酬が下がり、儲かりにくい。そのため参入企業が少ないのです」

ちなみ同社はAI等のIT 技術を利用し、低コストでシニア人材を斡旋。能力の高い人材と相応の給料を払える企業をピンポイントでマッチングすることに成功している。実は先の自動車整備士・垣内さんも、同社のサービス利用者だ。給与面には多少の不満がありつつ、希望する職種に再就職できたことに満足していることは前述した通りだ。

つまり「シニア」と一括りにせず、一労働者として個々の能力、やる気、体力を丁寧に見極めれば、企業側は求める人材を得、働く側も力を発揮できるはずだ。そのためにはまず、両者とも「気づく」ことが必要であると前出の安彦氏は言う。

「シニアは使えないと思い込んでいる企業はまだ多いですし、シニアの方も再就職に苦労するあまり自分の価値を低く見積もり過ぎて結果的に満足いく仕事が決まらないというジレンマも起きています。それぞれが人材としてのシニアの価値に正しく気づくことが重要です」

一人ひとりの個性に向き合い、価値に気付く

早くから「シニアの価値」に気づき、積極的に活用している企業もある。住宅リフォーム事業を中心に4つの子会社を持つネクステージグループ(東京・港)である。同社は17年前、当時60歳のMさんを雇用。Mさんは大手建設会社の一級建築士だったが、55歳の時にがん治療のために早期退職していた。

このMさんが、大変優秀な人材だった。病気は5年の間で克服。しかも治療しながら宅地建物取引士など資格を3つも取った努力家である。もちろん経験は圧倒的に豊富なので、建築現場などで若手から相談されても的確にアドバイスできる。そんなMさんを見て、同社は定年退職の制度を廃止した。

「健康でやる気があり、こちらの求める仕事ができれば、何歳でも正社員として働いてもらいます。体力に不安があれば週3日勤務でも構いません。その分手取りは減りますが、定年による一律の減額はありませんし、成果によっては昇給もありえます」(同社広報課の鶴岡美保氏)

実は前出のMさんは、77歳になる現在も現場で活躍中だ。最高齢のMさんを筆頭に、74歳の女性など、65歳以上の社員は合わせて5人。さすがに体力の衰えはいなめないが、「それを補って余りあるメリットがある」と、広報・鶴岡氏は言う。

「新人の教育です。弊社では2016年から新卒採用を再開したのですが、Mさんのような経験豊富なシニア社員がいてくれるおかげで、中堅のベテラン社員は仕事に専念でき、結果的に売上を落とさなくて済んでいます」

まさに適材適所だ。現場の事例から見えてきた「シニアの価値に気付くこと」とは、企業が一人ひとりの就業者に人間として向き合い、「シニア」というカテゴリに拠らずそれぞれの資質・能力を見極めることだ。「シニア雇用」の機会が拡大し続ける日本で、ヒューマニズムの伴った制度や仕組み、サービス、企業の対応は今後さらに求められるようになるだろう。これをすべての職場で実現していくことが、本人の希望によって働き続けることができる、幸福度の高い社会の実現につながるのではないだろうか。

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