生物を創る時代へ◆米国で本格的な動きも? 『合成生物学』の現在

たとえ成果が望める場合でも、倫理的・社会的な問題が見つかったタイミングで、今回の企画に関わるメンバーが研究を中止できるかどうかです。

[INTERVIEW]

木賀大介 氏(早稲田大学理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科 教授)

新たな生物を人工的に創り出す研究として注目を集める「合成生物学」。木賀大介(きが だいすけ) 早稲田大学教授は、生物学に訪れた変換点を次のように指摘する。

「これまでの生物学は、対象を仔細に観察し記述する博物学的なアプローチが研究の主流でした。しかし2000年以降、ヒトを始め多くの生物のゲノムが続々と解読されたことで、遺伝子やタンパク質を組み合わせた生命システムを創ることを研究の手段とする生物学が可能になってきたのです」

人工的に創られる新たな生物の出現は、私たちに何をもたらすのか? 環境や産業に役立つ微生物の創出のみならず、ヒトゲノム全配列を人工的に合成し、医療等に役立てる計画も、海外では産声を上げている。合成生物学の黎明期から、社会との関わりを重要視しつつ研究を進める木賀氏に、この研究の現在と未来、その課題について話を聞いた。

写真.木賀大介氏。4月から赴任した

早稲田大学理工学術院にて大隈重信像と

--ヒトゲノムを人工的に合成するという計画が新たに米国で立ち上がり、話題になりました。どう思いますか?

今年6月にScience誌オンライン版に掲載された「The Genome Project-Write」計画のことですね。ヒトゲノム解読プロジェクト(※1)に匹敵する規模で進めることが想定されているようです。25人の発表者の中には、著名なゲノム研究者や遺伝子研究者が含まれ、さらに社会との関わりを研究する専門家やガレージ生物学(※2)で著名な方も名を連ねています。高い目標を掲げ、本気で計画を進めようとする勢いに驚きました。

  • ※1 ヒトゲノム解読プロジェクト/ヒトゲノムを構成する30塩基のDNA配列を全て読み取るプロジェクト。1990年アメリカで発足後、国際協力で推進され、2003年完全配列が解読されプロジェクは終了した。
  • ※2 ガレージ生物学/アカデミックや企業などの集団的な研究機関に属さず、自宅のガレージや一室で、個人の自由な発想に基づき行う生物学研究。ガレージでの開発が、ベンチャー企業創出につながるというアメリカ産業構造の背景がある用語。

「The Genome Project-Write」計画では最終的には人工的に合成したゲノムを細胞に組み込み、機能させることも想定されています。そこでの研究と技術の進展は、合成生物学へも大きな進歩をもたらすことが容易に想像されますし、人工合成ゲノム(※3)や新しい生物の出現に対する社会的な不安は否めません。倫理面など考えると、ヒトの場合、次世代に受け継がれる生殖細胞や受精卵への応用は、もちろん時期尚早だと思います。

  • ※3 人工合成ゲノム/ゲノムを構成する4種類の塩基(A, T, G, C)を化学的につなげて合成DNAを組み合わせて作製するゲノム。生物から取り出すよりも、配列の自由度が高まる。

この計画では、社会へ情報を公開することや話し合いの必要性が強く認識されていて、その点は評価しています。ただし将来に問われるのは、たとえ成果が望める場合でも、倫理的・社会的な問題が見つかったタイミングで、この計画に関わるメンバーが研究を中止できるかどうかです。

--「合成生物学」は、今、どのように進んでいるのでしょうか?

文字通り自由にゲノムを作製する研究に関しては、ヒトゲノム計画を牽引したクレーグ・ベンター博士(※4)らが、2010年に、読み取ったゲノム配列の情報を基にほぼ同じ配列を持つ人工ゲノムを化学合成DNAを組み合わせていくことで合成し、この人工ゲノムだけで生きるマイコプラズマ・ミコイデスという細菌を"新しく(人工的に)"創り直しました。

今年に入って、彼らはこの細菌に対して、生命維持に不必要と思われる多数の遺伝子をそぎ落とすように合成した、縮小化ゲノムでも生きていくことを確認(※5)しています。極めて小さなサイズのゲノムが明らかになったことで、これに機能を追加するための目的に合ったゲノムをコンピューターで再設計し、新しい生物を創り出すことが、今後容易になりそうです。

一方、従来の生物を使い、部分的にゲノムや遺伝子を人工的に改変するという応用面では、すでに、微生物に外から酵素遺伝子を複数種類導入し、抗マラリア薬やバニラの匂いの主成分となるバニリンを人工的に合成する技術が産業化されています。天然物からの抽出や有機合成とは異なるものづくりの場として、生物を活用するという新たな工学の分野が確立しつつある状況です。

また日本に目を向けると、全ての生物の基本単位である「細胞」を創るアプローチからの合成生物学がここ10年間で成熟してきました。生物を単に産業におけるものづくりの器として利用するだけでなく、細胞を人工的に創り、反応の場として分子レベルでの測定やスクリーニングを行い、自己複製する人工細胞リアクタの開発(※6)や、私が進めている、数理モデルに基づいて人工遺伝子回路を設計しこれを生きた細胞内に実装する「設計生物学」もその一つです。

また、複数種類の細胞からなる多細胞人工システムを構築する際に、それぞれ異なる細胞を培養する複数種類のマイクロ流体デバイス(※7)を組み合わせる「人工生命体」の研究も興りつつあります。これらのアプローチでは、生命を多階層からなるシステムと捉え、生命の部品を組み合わせることを研究手段としています。

  • ※6 人工細胞リアクタ/野地博行(のじ ひろゆき)東京大学教授が進めているバイオものづくりの基盤技術。マイクロデバイス技術と人工細胞技術を融合した人工細胞デバイスを開発し、社会実装を目指す。参考:革新的研究開発推進プログラムImPACT「豊かで安全な社会と新しいバイオものづくりを実現する人工細胞リアクタ
  • ※7 マイクロ流体デバイス/MEMS(Microelectromechanical Systems)。微細加工技術を利用して、微小流路や反応容器を作製し、バイオ研究や化学工学へ応用するためのデバイスの総称。細胞を規格化された部品のように加工し、3次元組織を構築する研究にも利用される。

「ゲノム情報の整備」「人工遺伝子合成の一般化」「進化分子工学」そして「設計生物学」という4つの技術の発展が、このような合成生物学を支えています。かつて単純な計算しかできなかったコンピューターが、数十年を経た現在ではネットワークによってつながれ、また、自己学習でさらに高度な問題を解決できるようになりました。それと同様に、こうした合成生物学に関わる技術や情報のインフラが整うことで、多細胞合成生物学の展開が可能になり、十数年後の未来の産業基盤は一転するはずです。

写真.木賀氏がプログラミングの発展の引き合いに出す「パピコンNEC PC - 6001」。

氏が小学生時代に使用していたもので現在は研究室に鎮座している

--木賀さんが取り組んでいる「細胞内で人工遺伝子回路を構築する設計生物学」研究について、もう少し詳しく教えてください。

複数の遺伝子を数理モデルに基づいて組み合わせ「人工遺伝子回路」を構築する研究を、ここ10年ほど進めています。遺伝子は「何を作る」と「いつどれだけ作る」という2つの情報を持っています。何を作るは、作り出されるタンパク質をコードする遺伝子情報が担い、他の生物から簡単に導入することが可能です。一方、「いつどれだけ作るか」は、細胞内・細胞間での相互作用の文脈に依存するため、新規な遺伝子回路を作る際には、研究者が一からプログラミングしなくてはいけません。

遺伝子回路のプログラミングは、行き当たりばったりでは不可能です。実際の分子の挙動とその分子の数理モデル上での挙動とが一致することが明らかになっている「生命部品」を、電気回路における素子やプログラムにおけるモジュールのように組み合わせることで、上位システムを合成していくことを基本にしています。このようにして大規模なシステムの構築を可能にするシステム科学の適用は、生物以外の科学・工学の領域では一般的なことと思います。

私は、複数の遺伝子を生きた細胞内へ導入して遺伝子ネットワークを人工的に構築し、その相互作用が設計どおりに動くかどうかを観察しています。コンピューターを使って数理モデルでシステムを設計して細胞の挙動を観察するので、常にコンピューターを使うドライな実験と細胞培養というウェットな実験を行き来しながら、モデル化が適切になされたかを検証し、適宜モデルを改善しています。

例えば、生物の胚発生において、1種類の細胞から多種類の細胞が生まれる状態変化が生じますが、その抽象的な視覚表現(ワディントン地形 ※8)を人工的に再現することに成功しました。この再現では、人工遺伝子回路を組み合わせた上位階層システムが制御する細胞内・細胞間の相互作用によって引き起こされる、細胞状態の内部変化を設計する、というものでした。また、ここで用いた遺伝子回路の一つと転写制御タンパク質の大量発現回路を組み合わせることで、なぜ大量発現が細胞の内部状態を初期化し、続く細胞種の多様化を引き起こすことができるのかを示すことができました。(※9)

将来的には、設計生物学により、このような数理モデルに従った動作が実験で担保された1つ1つの回路を組み合わせることで、さらに高度な現象や機能が実現可能になると思っています。そうなれば生物を使いながらも、われわれが設計した高い再現性と柔軟性を有するシステムが実現するはずです。10数年後には、医療や産業を推進する統合システムが構築されてくると予想しています。生物学と工学の融合領域として、大きな発展が期待できます。この有望な融合領域への人材供給のために、現在の所属のような分野融合学科や、合成生物学の国際学生コンテストなどを、ますます盛んにしていく必要があると思います。

また合成生物学的アプローチから、「生命とは何か」という科学の原点にも立ち返ることができそうです。私自身は、生物がこれまでに進化の過程で獲得してきた機能やかたちが必然だったのか、それとも単なる偶然だったのかを追及することにも興味を持っています。私たちを含む現在の生物の姿以外にも「ありえたかたち」が存在するのか、ACGTとは全く異なる種類の核酸塩基の組み合わせで構築されたDNAや、異なる数のアミノ酸からなる生物が存在する可能性があるのかなど、追求したいことや興味は尽きません。

--合成生物学と社会の関係についてどう思いますか? 例えば、リスクについてはいかがでしょう?

微生物を使う合成生物学の実験では、培養液や実験室等、環境に影響を与えない閉鎖系で行うことが前提です。そのような閉鎖系で新たに生み出された物質や生物に対するリスク評価は、ほとんどが現行の新規化学物質のリスクコミュニケーション(※10)やカルタヘナ法(※11)で対応可能な範囲だと捉えています。

  • ※10 新規化学物質のリスクコミュニケーション/新規化学物質を製造または輸入するにあたり事前に安全性の審査を受けることを義務づけた法律「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」や、国の定める「労働安全衛生法」によるリスク評価のこと。参考:製品評価技術基盤機構「化学物質管理 化審法関連情報」、法令データ提供システム「労働安全衛生法
  • ※11 カルタヘナ法/遺伝子組み換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律。日本では2004年より施行。参考:農林水産省「カルタヘナ法とは

課題の一つは、環境に放出することを想定した、大規模にゲノムを改変された生物の合成生物学による作製です。例えば、今、ゲノム編集という技術を使った研究が進んでいます。マラリア原虫の体内潜伏を阻害する少数の遺伝子を子孫に受け継ぐようゲノム編集された蚊を使い、マラリアを撲滅する研究が報告されていて、議論を呼んでいます。私自身、合成生物学の操作で多数の遺伝子が人工的に組み合わされた生物を環境へ放出するのは、時期尚早だと考えます。一方、改変生物をより安全に使用することを目指した合成生物学の技術開発も進んでいます。

どのような科学技術の発展にも利益とリスクが伴いますから、そのバランスを社会全体で考えていくべきです。単純に研究を止めてしまえばよい、というものでもありません。特に合成生物学は、生物を基盤に勃興した新しい学問領域であるため、産業だけでなく環境や医療にも大きく関わっていくでしょう。個人だけでなく社会全体の理解が必要となります。

その観点から多くの研究者たちと、10年前から「細胞を創る」研究会(※12)の活動を続けています。この会は、合成生物学に関する人や技術の交流とともに、社会学的な議論の場の提供や、一般社会との科学コミュニケーション活動も積極的に進めています。今後、理学、工学、農学、医学、数学、物理学など、さまざまな分野の研究者がこの分野に参入するための足場になるとともに、社会の一般の方々を巻き込んだ議論の場として、さらに活動を活発化できれば良いと考えています。

木賀大介(きが だいすけ)氏のプロフィール

1971年東京都生まれ。99年東京大学で博士 (理学)取得。科学技術振興事業団、理化学研究所、東京大学で博士研究員を経て、2004年東京大学大学院総合文化研究科助手。05年東京工業大学総合理工学研究科准教授。08年から4年間科学技術振興機構(JST)「さきがけ」研究領域「生命現象の革新モデルと展開」研究者(兼任)。2016年4月より現職。

(サイエンスライター 橋本裕子)

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