ピエール瀧被告に執行猶予判決。証人出廷した専門家が指摘する「回復しにくい社会」の問題点とは?

「回復に必要なのは、社会の側から手を差しのばし、つながり、孤立させない工夫です」

コカインを使用した罪に問われたミュージシャンのピエール瀧(瀧正則)被告の判決公判が6月18日、東京地裁であり、裁判官は懲役1年6カ月、執行猶予3年を言い渡した。

5日の初公判に情状証人として出廷した国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦さんは、ハフポスト日本版の取材に「薬物使用者の回復支援のために必要なのは、社会の側から手を差しのばし、つながり、孤立させない工夫です」と訴える。

きょう18日の判決を前に、専門医の立場から依存症の治療に当たってきた松本さんに、メールで話を聞いた。

ピエール瀧被告
ピエール瀧被告
時事通信社

「孤立している人が依存症になりやすい」

薬物などの使用に関する「物質使用障害」は、

「使用に対する自制心の喪失」

「社会的障害」

「危険な使用」

「薬理学的症状」

この4つのカテゴリーに分類される11の基準を元に、症状を診断する。

瀧被告は長期間使用していたと供述したとされ、使用する量や期間に関する1基準に該当するという。他の基準には該当しないことなどを理由に、松本さんは「依存症ではないと認識している」と初公判の場で証言していた。

「人が依存症になるかどうかは単純に使用期間や使用量では決まりません。『薬物を一回でもやったら依存症になる』というのは、明らかに嘘です」

「その人がどのような状況におかれているのか、どのようなしんどさや生きづらさ、あるいは、こころの痛みを抱えているのかで、依存症になるかならないかは変わってきます。とりわけ孤立している人が依存症になりやすいのです」

松本俊彦さん
松本俊彦さん
松本俊彦さん提供

大切なのは「回復のための行動」

松本さんは、薬物依存の治療に携わる立場から、使用者にとって大切なこととして「回復のための行動をとることだ」と訴える。

「大切なのは、反省の態度を示すことではなく、治療プログラムを受けたり、自助グループに参加したりすることです。そのなかで、なぜそのときに自分がその薬物を必要としたのかを振り返り、今後の生活に生かすことです」

松本さんが所属するセンターが提供する治療プログラムは、薬物使用した状況やその時の心情、経緯などを質問形式で振り返る内容が含まれている。

プログラムが促す自己分析は、依存症でない人にとっても、生活に役立つものだという。

「日々のストレスや多忙な仕事、人間関係の悩み、自分のパフォーマンスへの自信のなさといったことが、日常の飲酒量や喫煙量、コーヒーや甘い物の消費量に多少とも影響を与えることがよくあるはずです。どこかで無理していたり、意地を張っていたり、誰にも相談したり頼ったりせずに孤独に歯を食いしばっていたりするときに、こうした精神作用物質の量が増えます」

「刑罰を繰り返すことで重症化する」

今回の瀧被告のように、薬物使用事件では初犯は執行猶予付きの判決が言い渡されることが多く、社会の中での更生に託される。

一方、再犯などで実刑判決を受けた薬物使用者に対して、刑務所内で再乱用防止プログラムが行われているが、松本さんは「地域に出てから、司法の圧力がなくなった後も継続されなければ意味がない」と指摘する。

「絶対に薬物を使えない環境ではこうしたプログラムにはなかなか身が入りません。何よりも薬物依存症は、糖尿病などの生活習慣病と同じく、再発と寛解をくりかえす慢性疾患です。したがって、『治療の貯金』ができない病気なのです。どこかである時期、素晴らしい治療プログラムを受けても、それが長期的に継続されなければ意味がありません」

一時的に薬物と切り離すことでは根本的な解決策にはならず、むしろ再使用のリスクを高める可能性があると訴える。

「薬物依存症のひとが再び薬物に手を出しやすいのは、『刑務所を出た直後』と『保護観察終了直後』なのです。どこかに閉じ込めて薬物から物理的に切り離したり、司法のプレッシャーで薬物を使用しないようにさせたりしても、いつかは解放するべきときが来ます。この解放されたときが最も再使用のリスクが高まるのです」

「刑務所に入ることで、それまで積み上げたものをすべて失い、特に健康的な人間関係が破綻します。新たに職を求めても、『説明できない履歴書上の空白』のために、なかなか仕事が得られず、社会に居場所がなくなります。結果的に、薬物と関係する不健康な人間関係に舞い戻り、薬物と縁が切れない人生となってしまうのです。違法薬物の依存症は、刑罰を受けることをくりかえすなかで重症化していく面が否めません」

イメージ写真
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KatarzynaBialasiewicz via Getty Images

薬物使用者と治療をつなげるためには

瀧被告は、初公判の被告人質問で「今後二度と薬物に関わらないと約束します」と誓っていた。「いつかはやめないといけないと思っていた」と打ち明ける一方で、治療を通じて気づいたこととして「今まで薬物について深く考察してこなかった」と語っていた。

違法薬物使用者の中には、症状が軽く健康被害が出ていない人もおり、逮捕をきっかけに早期の治療につながる場合もある。

ところが松本医師によると、「初回に逮捕を経験した人の多くが治療につながっていない」

それには、2つの理由が考えられるという。

違法薬物使用者が、治療を提供する場所を知らないこと、医療機関を受診した際に「警察に通報されるかもしれない」という不安を感じ、実際に通報されるケースがあること。

薬物使用者に治療を促すには、どんな選択肢が考えられるのか。松本さんはこう訴える。

「1つは、もっと薬物依存症からの回復のための社会資源について広く周知される必要があります。メディアは、著名人の薬物事件が起きた時、単にその人をバッシングに終始するのではなく、その事件を、国民に広く回復のための社会資源に関する情報を伝えるための機会として活用してほしいです」

「もう1つは、医療者は、患者の違法薬物使用を知った場合、本人に治療意欲があるならば、刑法が課せられている守秘義務を優先して警察に通報しないようにするべきです。通報の理由として、『犯罪の隠匿』として糾弾されるのではないかという不安をあげる医師もいます。こうした不安を解消するには、国から『患者の違法薬物使用を知った医師は、警察通報ではなく、できる限り治療につながれる努力をすべき』という通達を出すなどして、医師を安心させる必要があります」

「刑罰より治療・支援を」

治療の現場に携わる松本さんから見た、日本の薬物問題の課題は何なのか。

「刑罰よりも治療・支援というのが国際的な潮流です。しかし、日本では薬物問題を司法的・道徳的な問題として扱い、『ダメ。ゼッタイ。』という薬物乱用防止教育を通じて、薬物使用者を排除したり、バッシングすることを正当化する価値観を若者や社会全体に植え付けてきました」

こうしたアプローチは、薬物使用に対する強力な「抑止力」となりうるかもしれない。一方で、薬物使用者を社会から切り離すことになり、その結果、「薬物依存症から回復しにくい社会」を生み出していると指摘する。

「日本では、薬物事件や再犯率の高さが話題になるたびに、『厳罰化』に向けて議論が沸騰しがちです。なかなか『逆効果であって、別の方策のほうがよいのではないか』という議論になりません」

国連システム事務局長調整委員会のタスクチームが2019年3月に公表した薬物政策レポートでは、薬物問題への効果的な政策と対策として、「違法薬物使用を防ぐための公衆衛生や行政上の方策を取り入れながら、個人使用のための薬物所持に対する『非犯罪化』を含む刑罰の代替案を促進すること」が提言されている。

こうした流れを踏まえて、松本さんは次のように問いかける。

「かつてAddiction(依存症と同義、酒や薬に溺れた状態の意味)の反対語はSober(しらふ)でした。しかし、今日、国際的にはそこが変化し、Addictionの反対語はConnection(人とのつながり)といわれるようになっています。人とのつながりのない、孤立した人が依存症になりやすく、そして依存症になるとますます孤立していきます。このような依存症者の回復支援のためにいま必要なのは、社会の側から手を差しのばし、つながり、孤立させない工夫なのです」

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