トランプ就任演説の特異さ 歴代大統領(リンカン、ルーズヴェルト、ケネディー、レーガン)との比較分析

大統領の就任演説が、一部の支持層向けだけに語られたことも、これほど挑発扇動的なレトリックばかりで綴られたことも例がない。

トランプ就任演説は、歴代のどのアメリカ大統領就任演説よりも突出している。大衆迎合的、敵対的、扇動的、挑発的という意味において、そして、全国民ではなくある特定の聴衆だけに向けられたという意味においてである。

選挙期間中からトランプが繰り返してきた大衆扇動的なレトリックや敵対的な表現は、就任演説でも変わらなかった。

就任前の発言と就任演説の違いをあえて挙げると、就任演説では終始沈鬱な表情であったこと、そして、記者会見やツイッターでの極端な暴言や下品な言葉遣いは、さすがに就任演説では封印されていた。それだけだ。

彼の就任演説では、選挙運動メッセージ(America first, Make American great again)や共和党候補受諾演説でのレトリック(例えばforgotten men and women of our country)がそのまま使われている。言い換えれば、トランプは選挙期間中からの主張を貫き続けた。

つまり、トランプ支持層(主に白人男性労働者階層)にとっては期待通りだった。特定の聴衆・階層の「うけ」を狙った迎合演説としては、大成功といえる。

しかし、大統領の就任演説が、一部の支持層向けだけに語られたことも、これほど挑発扇動的なレトリックばかりで綴られたことも例がない。

トランプ就任演説は、どれほど特異なものなのか。リンカン、ルーズヴェルト、ケネディー、レーガンの就任演説と比較してみよう。

◇ リンカン

まず、市民戦争(南北戦争)で分断した国家をひとつにしようと訴えたリンカンの第二期就任演説(1865年)と比較しよう。この演説は、安倍首相も2016年12月28日の真珠湾演説で引用している。

国が二つに割れて戦争をしているときでさえ、リンカンは敵である南部連合に対して寛容さと敬意をこめて「誰に対しても恨みを抱かず、寛容な心で接しましょう」と訴えている。戦争を引き起こしたことに対しても一方的に批判することはなく、「戦争が起きてしまった」としている。

しかし、トランプは、問題のすべては政敵によるものであると一方的に責め続けた。

◇ ルーズヴェルト

ルーズヴェルトの第一期就任演説(1933年)は大恐慌が最も深刻になっていた時だった。ルーズヴェルトは、「恐れるべきものは恐怖そのもの」であると、市民戦争と並ぶ国家的危機のときにでも国民に冷静さと国への誇りを訴えた(金融危機の原因として銀行だけを非難した)。

一方トランプは、この国は貧困、廃墟、多くの命を奪う犯罪、暴力団、麻薬など恐れるべきもので満ちあふれているとして、こうしたことを「アメリカの殺戮」(American carnage)と表現している。

この演説で最も扇動的レトリックだ。

トランプは、アメリカの現状を徹底的に反ユートピア的に描き、自分によって「(アメリカの殺戮は)ここで、今、終わります」と高らかと宣言している。しかし、現在のアメリカの景気は回復し失業率も史上最低レベルにある。

◇ ケネディー

ケネディー就任演説(1961年)は冷戦の只中だった。世界が東西の二つに割れた時代でありながら、「世界中のみなさん、アメリカがあなたにできることを考えるのではなく、人類の自由のためにともに何ができるかを考えようではありませんか」と、アメリカ国民だけではなく世界市民に向けて、協調を呼びかけ共に歩もうとケネディーは訴えた。

対照的に、「アメリカ第一」(America first)を二度繰り返したトランプは(演説原稿には一度しかなかったが、トランプはアドリブで繰り返した)、「わたしたちが守ることになるのは...アメリカ製品を買うこと、アメリカ人を雇用すること」と世界協調とは程遠い、国家利益ばかりが強調された。

そして、締めくくりに選挙運動メッセージの「アメリカを再び...」が5回繰り返された。「アメリカを再び強くする。アメリカを再び豊かにする。アメリカを再び誇り高いものにする。アメリカを再び安全にする。そして、ともにアメリカを再び偉大にする」。

トランプ就任演説の長さはケネディーとほぼ同じ約1400語だが、トランプはAmerica/Americanを34回使っているのに対し、ケネディーは7回だった。

トランプ就任演説の「アメリカ度」は歴代就任演説で最高だ。

◇レーガン

トランプ就任演説のテーマであり、矛先が向けられた政治の中心ワシントン、政治家、既得権益に対する非難は、レーガン第一期就任演説(1981年)が参考にされている。しかし、非難のしかたも程度も次元が異なる。

ハリウッド俳優だったレーガンは「現在の危機において、政府は問題の解決ではない。政府が問題だ」とワシントン批判をした。しかし、「政府の内にいようが外にいようが、わたしたちは共に重荷を背負わなければならない」とも述べ、協調して解決をしようと訴えた。

これに対してトランプは、政治の中心ワシントン、政治家、既得権益を徹底的かつ一方的に非難している。

「わが国の首都にいる少数の集団が政府の恩恵を受け続け、その一方で国民はそのつけを払わされてきました。ワシントンは栄えました。しかし、国民はその富をあずかることはできませんでした。政治家は裕福になりましたが、仕事は失われ、工場は閉鎖しました。既得権益者は自分たちを守るばかりで、同じ国の市民を守ってきませんでした」

しかし、自らも、また政権の要職は、既得権益者を代表する人たち(大富豪、巨大証券会社ゴールドマンサックス、将軍)である。

リンカン、ルーズヴェルト、ケネディー、レーガンの就任演説と比べると、トランプ就任演説がどれほど突出しているかわかる。トランプ支持者にとっては至極の演説だっただろう。同時に、これほど挑発的、敵対的、扇動的、そして世界との分断的な就任演説は過去に例がない。

なお、著者は近く『世界を変えたアメリカ大統領の演説』(井上泰浩著、講談社)を出版する(3月10日)。リンカン、ウィルソン、ルーズヴェルト、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディー、レーガン、ブッシュ(父)、オバマ、トランプの10大統領、20演説の時代背景、演説の意図や影響を解説し、演説の原文と「現代語訳」を掲載している。

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