「上院指名承認」で波乱も?「米露修復」目指す「ティラーソン国務長官」の成否-足立正彦

トランプ氏は次期国務長官に石油大手エクソンモービルのレックス・ティラーソン会長兼CEOを起用することをようやく明らかにした。

ドナルド・トランプ次期大統領が2017年1月20日に第45代大統領に就任するまで40日足らずとなり、15名の閣僚やホワイトハウス高官の人事は大詰めを迎えつつある。そうした中、11月11日に政権移行チームの刷新が行われてから1カ月以上が経過した12月13日、トランプ氏は次期国務長官に石油大手エクソンモービルのレックス・ティラーソン会長兼CEOを起用することをようやく明らかにした。一連の閣僚、高官人事の中でもこれは最も衝撃的人事であると言っても過言ではなかろう。

筆者は12月6日付の「難航するトランプ次期政権の『国務長官』人事」の中で、次期国務長官候補としてミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事、ルドルフ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長、ボブ・コーカー上院外交委員長(テネシー州選出)、デイヴィッド・ペトレアス元米国中央情報局(CIA)長官の4人に絞られつつある状況を指摘。

ただし、それぞれに一長一短があるため、検討対象をさらに広げて、穏健派民主党政治家のジョー・マンチン上院議員(ウエストヴァージニア州選出)、今回起用が決まったティラーソン氏、そしてヒラリー・クリントン大統領候補の副大統領候補にも名前が挙っていた元NATO(北大西洋条約機構)最高司令官のジェイムズ・スラビリディス・タフツ大学フレッチャー校学部長の名前も浮上してきている事実にも触れた。

「トランプ的価値観」を反映

トランプ氏がティラーソン氏を次期国務長官に起用したことは、最もトランプ氏らしい人選であるとも映る。トランプ氏は12月11日に保守系メディアであるフォックス・ニュースとの単独インタビューに応じており、ティラーソン氏について「世界クラスの経営者(World Class Player)」であり、企業経営者という枠を超えた存在であり、世界各国の指導者と面識があり、そうしたことは非常に大きな利点になると評している。実業界に長らく身を置いていたトランプ氏らしい価値観が反映されている。

また、トランプ氏は歴代大統領には見出せない程にロシアの指導者に対する親近感を鮮明にしており、大統領選挙キャンペーン中の遊説や討論会において、オバマ大統領やヒラリー・クリントン民主党大統領候補よりもプーチン大統領はより聡明であるとの見解を繰り返し述べていた。

ティラーソン氏の下でエクソンモービルはロシアでの事業を強化してきたが、ティラーソン氏とプーチン大統領との交友はエリツィン政権当時にまで遡り、実に20年以上に及んでいる。これほど長期かつ親密な関係をプーチン氏と構築している外国の企業経営者は、ティラーソン氏以外には見出すことができない。

さらには、ティラーソン氏は地元のテキサス大学オースチン校を卒業した1975年にエクソンに入社(1999年、合併によりエクソンモービルに)しているが、入社以来一貫して同社に勤務してトップにまで登り詰めており、公職経験が全くない点でもトランプ氏と共通しており、「型破り」という点でもトランプ氏らしさが反映されている。そのようなティラーソン氏が米国政府の外交を率いる次期国務長官に指名されたのである。

米露関係悪化の中で

筆者は大統領選挙の投票日11月8日の約1カ月前から意見交換のためにニューヨークやワシントンに滞在していたが、元政府高官やシンクタンク関係者が口を揃えて指摘していたことは、米露関係の悪化であった。冷戦の最悪期や1979年に旧ソ連がアフガニスタンに侵攻した当時よりも現在の米露関係は悪い状態にあるとの指摘もされていた。

ロシアは2014年3月に当時ウクライナ領であったクリミア自治区とセヴァストポリ特別市を武力により併合するとともに、ウクライナ東部では親ロシア派勢力が独立をちらつかせながら揺さぶりをかけていた。米国をはじめとする西側諸国はこうしたロシアの行動に対して対露経済制裁措置の発動を決定し、現在に至っている。

また、ロシアはシリアのアサド体制を維持するためにシリアでの空爆を実施しており、主要都市アレッポでは女性や子どもを含む民間人にも多数の犠牲者が出ている。さらに、米国民の間でのロシアに対するイメージの悪化を決定的にしているのは、CIAが最近明らかにした調査報告書の中でも指摘しているように、ハッキングにより米国の大統領選挙プロセスに不正に関与していた事実である。

米露関係がこうした状況にあるにもかかわらず、トランプ氏はロシアとの関係改善に前向きな姿勢を示している。そして今回、ロシア国内の北極圏やシベリア、深海でのシェール層共同石油掘削・開発を目的とする総額5000億ドルにも達すると言われる契約を2011年にロシア国営石油企業ロスネフチと締結したエクソンモービルのティラーソン会長兼CEOを次期国務長官に指名したのである。

エクソンモービルのロシア国内における事業は対露経済制裁措置の発動により凍結されているが、ティラーソン氏は対露経済制裁措置の発動を解除すべきとの立場を明確にしている。従って、ティラーソン氏の指名が米議会上院において承認された場合、国務長官によって対露経済制裁措置の運用に変化がきたし、エクソンモービルのロシア国内での事業が再開される可能性もあるのである。

ちなみに、トランプ氏の外交政策に大きな影響を与えていると指摘されているのが、マイケル・フリン次期国家安全保障問題担当大統領補佐官である。同氏は元国防情報局(DIA)局長で、「イスラム国(IS)」の掃討のためにはロシアと協調すべきであると主張し続けてきた。大統領補佐官は上院での指名承認プロセスを経ずに就任することができるため、フリン氏はトランプ氏の大統領就任と同時に外交政策全般についてホワイトハウスで助言を行うことになる。

そして、ロシア政府から勲章を授与され、プーチン大統領や腹心のロスネフチのイーゴリ・セチン会長兼CEOとも個人的にも親しいティラーソン氏が国務省のトップとして米国外交を率いた場合、従来までの米国外交とは異なる展開となることは必至である。

上院での指名承認プロセスに注目

このように、事業面でも個人的にもロシアおよびプーチン氏と関係の深い大手エネルギー企業のトップであるティラーソン氏が次期国務長官に起用されたことで、上院では厳しい指名承認プロセスが予想される。上院外交委員会に在籍しているマルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州)や、ロシアに対して厳しい姿勢を示しているジョン・マケイン(アリゾナ州)、リンゼイ・グラハム(サウスカロライナ州)といった共和党有力政治家は、相次いでティラーソン氏起用の決定に対して重大な懸念を表明している。

2017年1月3日に召集される第115議会での上院の議席構成は、共和党会派が52名、民主党系会派は無所属議員2名を含む48名である。この48名がティラーソン氏の次期国務長官就任に反対し、共和党からも3名が反対に回った場合、ティラーソン氏は就任することができなくなる。

トランプ次期政権の閣僚人事に対し、ロシアを脅威として受け止めている共和党上院議員らがどのような姿勢を示すのか非常に注目される。

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足立正彦

住友商事グローバルリサーチ シニアアナリスト。1965年生れ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より現職。米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当する。

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(2016年12月15日フォーサイトより転載)

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