震災で壊れた恐竜、復元へ 愛嬌あるチンタオサウルス

福島県広野町の、チンタオサウルスという恐竜の全身復元骨格。被災して大きく壊れ、そのままになっていたが…

震災は多くの命を奪い、家を流し、町を壊した。傷ついた中に、恐竜もいた。

東京・上野の国立科学博物館で開催中の「恐竜博2016」。会場には、福島県広野町からやってきたチンタオサウルスという恐竜の全身復元骨格が展示されている。頭の上にユニコーンのような突起があり、カモノハシのような口の先は愛敬を感じさせる。被災して大きく壊れ、そのままになっていたが、考古学者らの呼びかけで修復が実現した。

この標本はもともと福島県広野町の町役場ロビーに置かれていた。全長が8メートルもあり、30年近く住民を見つめ続けていた町のシンボルだった。

町のシンボルだったチンタオサウルス

ところが、2011年3月11日の東日本大震災で、頭骨が落下した。元に戻すにはすべてのパーツを取り換えるほどの大規模な修復が必要だとわかった。しかし、町にはそんな余裕はない。

福島県の浜通りにある広野町は、福島第一原子力発電所から30キロ圏内に位置する。原発事故で町全域が緊急時避難準備区域に指定された。町役場も学校も一時的に移転を迫られた。事故の半年後に指定は解除されたが、いまも住民は半数しか戻らない。

■首折れ恐竜、復元へ

復興支援の手も、恐竜までは届かない。チンタオサウルスは壊れたまま、震災から5年目を迎えようとしていた。

「首が折れたままではしのびない。なんとかしてやりたい」。群馬県立自然史博物館の長谷川善和・名誉館長を中心に、古生物学者らが集まった。

「被災地の現状を多くの方に知っていただく機会になれば」と、「恐竜博2016」でのお披露目を提案したのは、展覧会の監修者でもある、国立科学博物館の真鍋真博士。修復を引き受けたのは、恐竜の骨格の復元や組み立てを専門とする会社ゴビサポートジャパンの代表、高橋功さん。福島県立博物館の竹谷陽二郎・専門員と、佐藤たまき・東京学芸大学准教授も発起人に加わった。昨年12月、「恐竜でフクシマを応援しよう」プロジェクトがスタートした。

プロジェクトに先行して、修復は群馬県神流町にあるゴビサポートジャパンの工房で進められた。「解体すると、指で押すだけでへこんでしまったり、ひびが入っていたり、標本の状況がかなり悪いことがわかりました」。

修復を担当する高橋さんは、100を超えるパーツに解体したあと、古い標本からひとつずつ型を取り、軽くて丈夫なFRP樹脂(繊維強化プラスチック)で新しいパーツを作っていった。

修復されたチンタオサウルスは丈夫になっただけではない。尾を持ち上げ、頭を下げて、あたりを見回しているような姿へと、そのスタイルも大きく変わった。

近年の研究では、頭部にはユニコーンのような突起があったのではなく、しゃもじのような板状の突起が後方に伸びていたと推測されている。ただ、広野町では、ユニコーンのような突起が特徴の恐竜が学校の体育館の壁に描かれていて、住民にはこちらがなじみ深い姿だという。長谷川名誉館長や真鍋博士が町と相談して、突起の形は変えないことになった。

■恐竜が親しみのある顔に

修復された新しい姿に、広野町教育委員会の担当者らは目をみはった。根本環さん(27)は、「恐竜の顔が近くなって、より親しみを感じられました。小さな子どももきっと喜ぶと思う」。加賀博行さん(45)は、「自分が入庁したときからずっと役場にあった恐竜です。親が手続きをしている間、子どもが恐竜をじっと見あげているという光景が、震災後になくなってさびしかった」と振り返る。「修復された恐竜を町興しにつなげていきたい」と明るい表情で見つめた。

修復されたチンタオサウルスは、「恐竜博2016」で北九州、大阪を巡回したあと、広野町に戻る。復興への願いをこめた恐竜の修復プロジェクト。根本さんは言う。「全国の人たちに広野町を知ってもらう良い機会になると思います」

復元のための資金をクラウドファンディングサイトA-portで集めている。支援はこちらから

リターンには、恐竜博のチケットなどもある。

A-portのサイト

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