【真説】「集団的自衛権」を世界はどう受け取ったか

世界が地殻変動を起こし、そのきしみが聞こえる。そんな気がするひと月であった。ウクライナ東部上空でのマレーシア機撃墜事件、イスラエル軍のガザ侵攻、中国・ロシアによる「新開発銀行」設立合意......。それらに手をこまねき、確たる態度を示せないオバマ大統領のアメリカ。そんな状況の中で、着々と「普通の国」を目指して歩む安倍晋三首相の日本に、世界は当然注目した。7月1日に安倍首相が発表した集団的自衛権行使を容認する憲法9条解釈変更の閣議決定。

世界が地殻変動を起こし、そのきしみが聞こえる。そんな気がするひと月であった。ウクライナ東部上空でのマレーシア機撃墜事件、イスラエル軍のガザ侵攻、中国・ロシアによる「新開発銀行」設立合意......。それらに手をこまねき、確たる態度を示せないオバマ大統領のアメリカ。

そんな状況の中で、着々と「普通の国」を目指して歩む安倍晋三首相の日本に、世界は当然注目した。7月1日に安倍首相が発表した集団的自衛権行使を容認する憲法9条解釈変更の閣議決定。米政府はただちに歓迎の意を示した。ヘーゲル国防長官は「日本が地域と世界の平和と安定に一層の貢献をしていくうえで、重要な一歩となる決定だ」との声明を発表している。

ただ、米メディアの論説などが伝える反応のニュアンスには目を留めておいた方がいい。保守系のオピニオンを代表する『ウォールストリート・ジャーナル』の社説はもちろん「安倍首相が日本を、アジアで指導的役割を果たせる普通の国へと変えようと努めていることは賞賛に値する」と歓迎した。中国の軍拡に対し「民主主義国連合」(a coalition of democracies)で立ち向かうことが重要だと強調。「対中国同盟強化」を訴える。

しかし、周辺国の反発も予想する。安倍首相の靖国参拝や政権関係者の歪んだ戦争観が、日本はまだ「軍国主義の亡霊から逃れきっていない」との疑念を生じさせると、注意を促す。この点はアメリカの保守勢力も気にしていることを忘れるべきでないだろう。

リベラル(進歩派)系の『ニューヨーク・タイムズ』の社説は、難しい改憲手続きを「回避」するための9条解釈変更であり、世論調査では日本国民の半数が反対し、中国・韓国が懸念を持っていることを指摘。今後の関連法改正手続きは政権が数にものをいわせて押し切るだろうが、今回の解釈変更で「日本を戦争をする国に変えてほしくない」という市民の声は「まっとう(fair)」だと結んでいる。社説全体のトーンは批判的だ。

米政府声明の明確な支持の裏で、アメリカ世論に一定の懸念や批判があることを、両紙の社説は示している。

中国や韓国が批判的なのはいうまでもない。近隣国との緊張を高める。安倍首相は挑発はやめ、近隣国との対話に入るべきだ。香港紙『サウスチャイナモーニング・ポスト』はそう訴える。

「準同盟」となった日豪関係

集団的自衛権行使容認の閣議決定の後、安倍首相の最初の外遊はオセアニアとなった。オーストラリアでは防衛装備・技術移転の協定、経済連携協定を正式に結び、日豪の「特別な関係」が強調された。アボット首相は日本の集団的自衛権行使容認を支持した。日本は通常動力型潜水艦としては世界最大、静粛性など性能面で世界最高峰とされる「そうりゅう」型潜水艦の技術供与ないし輸出をする方向という。オーストラリアは中国を念頭に潜水艦隊の近代化を計画している。

日豪は「準同盟」といえる関係に入った。

だが、当欄がこれまで指摘してきたように、それに対する警戒・反発が出ている。首相顧問や国防次官などの経験がある戦略研究家ヒュー・ホワイトは『ジ・エイジ』紙へ「中国に対抗し日本の同盟国になるべきか」と題して寄稿。「中国に対抗する連合をつくることが日本のためになるのか? 対中関係を悪化させる日本と戦略的に接近することでオーストラリアはより安全になるのか? アジアがブロック化して敵対するような状況でオーストラリアは安全になるのか?」と問う。

他方、有力シンクタンク豪戦略政策研究所のピーター・ジェニングス専務理事は『オーストラリアン・フィナンシャル・レビュー』紙への寄稿で、豪政府が中国の近隣諸国といかなる関係を持つかについて中国に「拒否権」があるというような印象を持たせることは絶対避けるべきであるとクギを刺す。強力な日米関係・日豪関係は、日本を孤立させない点で中国にとってこそ有益だと主張した。

オーストラリアのみならず日中間の狭間にある西側寄りのアジア諸国では、似たような論争が行われているに違いない。それが公然とした論争になっているのは、オーストラリアの文化風土によるのだろう。各国が日(米)中それぞれとどう間合いをとるか。戦略ゲームの時代になった。

そうした戦略に敏感なシンガポールの南洋理工大学国際関係研究大学院バリー・デスカー院長ら2人の研究者は、今回の安倍政権の決定は、中国の台頭、北朝鮮の核だけでなく、米国との安全保障関係をより対等にしようとする動きであり、その流れは90年代から続くと指摘する。日本は「普通の国」として生まれ変わりつつある。日本の政治制度や広範な国民の「平和主義」、活発な市民運動、さらに米国との絆を考えれば、近隣諸国はそれほど心配すべきでないと、『ストレート・タイムズ』紙への寄稿で説く。妥当な見方だ。

中国主導になる可能性高い「新開発銀行」

安倍政権の戦略的動きは、世界の地殻変動のきしみ音の1つといえる。もう1つ、そうしたきしみ音が大きく聞こえた。中国・ロシア・ブラジル・インド・南アフリカの新興5カ国(BRICS)首脳による「新開発銀行」創設の決定だ。

第2次世界大戦後に世界経済運営の中核となってきたIMF(国際通貨基金)・世界銀行のブレトンウッズ体制への挑戦であることは間違いない。これでドルの時代は終わるかもしれない。英紙『サンデー・テレグラフ』の分析記事はそう見る。

世銀によれば、購買力平価(PPP)で見た場合、中印露ブラジル4カ国の国内総生産は昨年29.6兆ドル、米EUを合わせた同34.2兆ドルに迫っている。米中を比較すれば16.8兆ドル対16.2兆ドルと、まさに伯仲だ。また外貨準備高を見れば、BRICSは世界全体の50%を保有し、G7諸国の20%を圧倒する。しかも、G7側は日本を除けば8%に落ちる。

こうした数字は「制度変化」を示しているとテレグラフ紙は言う。「新開発銀行」は1000億ドルの外貨準備で途上国支援に備える。厳しい財政緊縮と規制緩和を求める「ワシントン・コンセンサス」によるIM・F世銀の支援に対し、「選択肢」が生まれる。

やがて、外貨準備はドル・人民元・ルピーなどの「準備通貨バスケット」で保有する時代がくるのではないか、と同紙は分析する。

ただ、BRICS内部で思惑の違いがあることは当然予想できる。たとえば、南アフリカの『サンデー・タイムズ』紙への専門家の寄稿は、「新開発銀行」が反欧米(anti-West)だけを目指すならば、IMF世銀が相手にしないようないかがわしい政権に対しリスクを顧みず融資を進めていく結果、破綻しかねないと警告する。それでは開発融資機関ではなく、まるで各国政府で運営する「裏金基金」であり、南ア政府は手を引くべきだと専門家は言う。

インド紙『インディアン・イクスプレス』が掲載したロンドンのインド政治専門家の寄稿は、いかにBRICSを中露主導の組織にさせないかがインドにとって重要であると説く。

BRICS内で占める中国経済の圧倒的大きさで、「新開発銀行」も中国主導の運営になる恐れがある。インドの課題はBRICS内の民主主義国であるインド・ブラジル・南ア(IBSA)の連携を固め、ロシアと組む中国の力による圧迫にいかに対抗するかだと、この専門家は言う。

ほとんどすべての国力がダメ

ロシアと組み、西側中心の世界システムに対抗する構えを示しだした中国。果たしてその実力はいかほどか――。現実主義派(リアリスト)の米外交専門誌『ナショナル・インタレスト』7・8月号は、中国は「21世紀の張り子のトラ」だと結論づけ、そのもろさを描き出す専門家の論文「中国の力という幻想」を掲載した。筆者はジョージ・ワシントン大教授で中国政治・外交専門家のデビッド・シャンボー。

教授は冒頭から、中国の発展は押しとどめようもなく、21世紀世界で中国は圧倒的力を持つという見方が広まるのは「理解はできるが、間違っている」と断じる。中国の台頭を言えば「ちょっとした商売になる」(mini-industry)という状況がこの10年ほど続いてきたと批判する。

中国は「量で見るとすごいが、質ではたいしたことはない」。外見が強そうだが中味はない、といった張り子のトラだという。

そうした弱さは、(1)外交(2)軍事力(3)文化力(4)経済(5)内政――の5分野でみられるというから、ほとんどすべての国力がダメということになる。外交では、常に「平和解決」を主張し「ウィン・ウィンの解決法」というだけで、いつも傍観者。地球的課題で積極的関与をしたことはない。中国軍は世界的展開などまったく無理で、せいぜい沿岸500海里の展開能力しかない。長距離の兵站能力はない。同盟国もないと言っていい。関係が近いのはロシアだが、両者間の不信感と猜疑心は拭えない。国のイメージアップを狙って2008年以来、多額の資金を投じ努力しているが、世論調査の結果は世界中どこでも芳しくない。

産業力は、基本的には「加工・組み立て」で、創造性はない。研究開発費をGDP比で見ると、米国2.9%、ドイツ2.8%、日本3.3%に比べ1.7%という低さ(全米科学財団まとめ)。「中所得国の罠」から抜け出すために必要な「創造性」がない。言論の自由はなく、腐敗は蔓延し、地方政府の債務は膨らむ一方だ。習近平政権になって圧政は強まり、昨年11月の共産党三中全会で打ち出された大胆な改革も口先だけで進展は見られない――。

シャンボー教授によれば、これらが中国専門家の現在の見方であり、中国がこれまでのようなダイナミックな発展を続けると、にわかに信ずるべきでないという。

ちょっと溜飲が下がるようなところがあるが、中国の混乱も日本にとっては困る。用心深く動きを見守り続けるしかあるまい。

シャンボー教授も指摘する腐敗の蔓延は、ついに軍の中枢にまで及んでいることが明らかになった。国営新華社通信の報道では、中国軍最高指導機関である中央軍事委員会の前副委員長、徐才厚が6月30日、収賄などで党籍剥奪処分を受け、検察の取り調べを受けている。徐は、共産党の頂点である中央政治局のメンバーだった。

軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』は、徐の汚職は氷山の一角だとの関係筋の見方を伝えた。将校たちの間では、汚職のせいで最新型兵器も欠陥だらけなのではという批判が出ているという。

北京の政治分析専門家は、尖閣諸島をめぐっての日中の局地的な軍事衝突など考えられない状況だとの見方を示した。「人民解放軍と兵器企業の間の汚職のすさまじさを考えると、兵器がきちんと機能するとは思えない状態だからだ」。

将校たちは、ロシアのSu--33を違法コピーしたJ--15艦載戦闘機について、安定性と重心に問題があることから「トビウオ」と呼んで嘲っているそうだ。

問題の中心はやはり「中国」

世界の地殻変動を思わせる動きが相次いでいるためか、外交専門誌にスケールの大きな論文が目立ったので、最後に紹介しておきたい。

まず米誌『アメリカン・インタレスト』最新号に掲載された論文「二重蜂起」。筆者はカリフォルニア大学バークリー校の副学長。いま世界システムは上と下からの2つの攻撃にさらされているという内容。上は、グローバル化に乗って生まれた超金持ち階級。下は、麻薬など闇の世界のグローバル化に乗る国際的な犯罪ネットワーク。この双方が、20世紀後半に確立した中産階級と、彼らを支えてきた福祉国家制度を突き崩している、という。興味深い現代世界の分析だ。

次に、米誌『フォーリン・アフェアーズ』掲載の「国家の現状」。政治制度のこれまでと今後を概観する。筆者は英『エコノミスト』紙の主筆と編集局長。かつてアメリカの保守主義を分析する大著を2人で書いたことがある。啓蒙思想に基づき国民国家、自由主義国家を築き、20世紀に福祉国家へと進んだ統治制度はいま大きな曲がり角に来ている。中国の権威主義政治が大きな挑戦者として登場した、という図式を示す。

先進国の「自由な民主主義」は今、3つの大きな問題に直面している、と説く。まず巨額の公的債務。2003年には22兆ドルだった世界全体での公的債務は、13年には50兆ドルを超えた。背景には高齢化社会がある。2番目はITへの対応。これは戦争の形態、情報収集で挑戦を突き付ける。そして、3番目は中国にみられる権威主義近代化モデルだ。自由と民主主義が広がっていくという前提に疑問が呈されている、という。

『アメリカン・インタレスト』はさらに、論客ニーアル・ファーガソンの「ネットワークとヒエラルキー」という論文も掲載した。人類史をネットワーク社会(西側世界で強い)、階層制度(アジア社会で強い)のせめぎ合いで見る。ITの発展で広がり、強まるネットワーク社会。しかし、階層制度がこのネットワークをうまく利用したらどうなるのか――。ファーガソンの突き付ける疑問だ。

これらスケールの大きな分析は、学術論文のような緻密さはなく、大胆で荒削りだが、読者の思考を刺激する。その中心に置かれている問題は、やはり「中国」である。

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会田弘継

ジャーナリスト。1951年生れ。東京外国語大学英米科卒。著書に本誌連載をまとめた『追跡・アメリカの思想家たち』(新潮選書)、『戦争を始めるのは誰か』(講談社現代新書)、訳書にフランシス・フクヤマ『アメリカの終わり』(講談社)などがある。

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(2014年7月28日フォーサイトより転載)

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