都市には記憶がある

都市には記憶がある。それはただの喩えではない。「都市の記憶」は定量的に示すことさえできる。

都市には記憶がある。

それはただの喩えではない。「都市の記憶」は定量的に示すことさえできる。

1.

スイス連邦工科大学アルベルト・ヘルナンドたちは、米国内の3千郡に関する1830年から2000年までの170年にわたる国勢調査をもとにモデルを構築した。

2015年に発表されたその報告によると、米国の都市のある年とそれ以前の年の人口成長率の間には相関があることがわかった。

相関はより近い年との間で高くなり、人口が大きな都市で高い相関がみられる。

たとえば今年の成長率は、10年前よりも昨年とより大きく相関している。

時間の経過とともに相関は薄れていくものの、その記憶はおよそ25年間持続している。

都市の人口成長率は、それ以前の年の成長率に依存していることになる。過去の成長率から将来の人口を予測することが可能になるともいえるだろう。

ヘルナンドたちはスペインについても同様のスタディを行なっており、2013年にその結果を発表している。

1900年から2011年にわたる約8千の地方自治体のデータをもとにしたそのスタディでは、スペインの都市にはおよそ15年の記憶があることが報告されている。

2.

都市の人口動態には途方もない数の要因が関係している。今年のニューヨーク市の人口は、市内外に住む多くの人たちが個人的な事情からそれぞれ様々な行動をとった結果だ。

ヘルナンドたちのモデルは、私たちがどんな環境下で、何を考え、どんな意思決定をするのかを問わない。集合的なレベルにおいて予測する。

ヘルナンドによると、「誰か1人の行動を予測することは不可能だが、1百万人が何をするのかを予測することはずっと簡単だ」。

多くの人が行動した結果に規則性が現れる例は少なくない。記憶は都市に住む私たちの中にあるのではない。私たちの行動の結果の都市そのものに記憶は存在する。

3.

今年の人口成長が来年以降に影響を与えるのはただの惰性にすぎない、望ましい条件下ではそうはならないはずだ。そう考える人もいるかもしれない。

今日の株価の動きが来週の値動きに影響すると考える人は少ないだろう。過去のデータから金融市場を予測することは難しい。明日の市場と今日の間には断絶があるかのようだ。

ところが市場にも記憶があるらしいことがわかってきている。

たとえば株価のリターンではなくリターンの絶対値には、過去との相関があることが指摘されている。値動きの方向を無視して値幅だけをみると、市場にも記憶がある。

1日、1週間、1年など間隔があいた2つの値に相関がみられることは「自己相関」とよばれている。市場の自己相関は時間とともに衰退していくが、長期間持続する。

S&P500指標の例では、およそ10年もの長期にわたって自己相関が確認されている。過去が市場の将来に影響を与えていることになり、値幅は予測できることを示唆している。

4.

コインを投げて1回目に表が出て、2回目にどちらが出るのかはそれぞれ独立している。そこでは過去と現在の間に関係はない。

同じように効率的市場仮説は、時系列上のどんな間隔でも値動きの自己相関はゼロになると考える。

だが実際の市場には「長期記憶」があり、過去が現在に影響している。このことは市場のふるまいを理解するうえでの手がかりとも考えられている。

市場と同じように、都市にも自己相関がある。それがヘルナンドたちが示したことだ。

市場の暴落後は値動きがしばらく荒くなることを私たちは経験的に知っている。大地震の後に大きな余震が続くのにも似ている。都市にも似たことが起きているのかもしれない。

5.

都市は記憶を失うこともある。

1890年から1950年の間の米国の成長には、南北戦争 (1861-1865年) 以前の記憶がみあたらない。ヘルナンドたちはそれを「外傷後健忘症」とよんでいる。

都市の記憶にとって最も大きな歴史的出来事は1929年の大恐慌だという。

それ以前の年との相関は大きく落ち込んでいる。

南北戦争や大恐慌のような歴史的な出来事が、都市成長に影響しているようだ。

米国では20世紀後半はほかの時期と比べて記憶の衰退は遅く、記憶はより大きい。

戦争や大恐慌のような歴史的出来事が少なく、比較的安定していたためだろう。

6.

ニューヨーク市の人口を予測するとき、私たちはニューヨーク市のことだけを考えがちだ。だが、ひとつの都市はそれ自体で完結しているわけではない。

ヘルナンドたちは、都市の成長には記憶のほかに、近隣都市も影響していると主張する。

2つの都市の成長率とその都市間の距離にも相関がみられる。215km以内に位置する都市の成長率には相関があり、スペインでは80km以内で同様の相関がみられる。

都市の成長はほかの近隣都市の成長にも依存する。その「ほかの都市」もまたほかの近隣都市の成長に影響される。都市と都市も相互作用する。

通話量の密度など、都市間の相互作用には予測可能な特徴がしばしば現れることが指摘されている。ジップの法則などの規則性もよく知られている

7.

物理学を専門とするヘルナンドは、彼らのアプローチを構成粒子間の相互作用を無視することができる「理想気体」から「実在気体」へのシフトに喩えている。

これまでの都市研究は記憶のないブラウン運動として行われてきた。しかし、そこには記憶や力の相互作用が働いているはずだと彼は考え、都市の自己相関を検証した。

この結果をふまえて、次の論文では都市成長そのものを記述することに取り組んでいると、ヘルナンドはメールのやりとりの中で教えてくれた。

火山噴火や洪水が拭い去ることができない跡を残すところからランドスケープは生成する。記憶がある都市は、そうした地形に近いものなのかもしれない。

(2015年5月7日「Follow the accident. Fear the set plan.」より転載)

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