公職選挙法とインターネット ~新しい言論空間の誕生~

公職選挙法とインターネットを利用した言論(報道・評論)がどのように自由になったのか、その意義は何なのかを解説します。

1 インターネット選挙運動の解禁

公職選挙法が改正され、前回の参議院議員選挙(2013年)からインターネットによる選挙運動(※1)が解禁されました。解禁前は、インターネットのホームページやブログなども「文書図画(※2)の頒布」(同法142条)にあたると解釈されて、選挙期間中(※3)の書き込み、更新が禁止(※4)されていました。

しかし、公職選挙法の改正で、「インターネットを利用する方法による文書図画の頒布」は自由となりました(同法142条の3)。改正後は、インターネットによる選挙運動は原則自由(※5)です。

実は、この法改正によって、選挙に関するインターネット上の言論(報道・評論)も実質的に自由に行えるようになりました。今回の参議院選挙では、選挙権年齢が18歳以上に引き下げられます。インターネットから情報を得ることが多い世代が、どのような情報に接して投票先を選ぶことになるのかは、民主主義の未来にかかわる非常に重要な問題です。

(編注:本記事は参院選前の2016年6月20日が初出の記事を転載したものです)

そこで、本稿では、公職選挙法とインターネットを利用した言論(報道・評論)がどのように自由になったのか、その意義は何なのかを解説します。

2 実質的に禁止されていた選挙に関するインターネット上の言論

公職選挙法148条1項は、選挙運動の制限について「新聞紙(これに類する通信類を含む。以下同じ。)又は雑誌が、選挙に関し、報道及び評論を掲載する自由を妨げるものではない」と定めています。

ところが、公職選挙法148条3項は、「前2項の規定の適用について新聞紙又は雑誌とは、選挙運動の期間中及び選挙の当日に限り、次に掲げるものをいう」として、新聞紙は毎月3回以上、雑誌は毎月1回以上、定期に有償頒布するものであることなどの条件を付けています。つまり、インターネットによって無償で情報発信をしている場合には、肝心の選挙期間中及び投票日は、公職選挙法148条の「新聞紙及び雑誌」には該当しないとされているのです。

公職選挙法には、選挙運動に当たらない言論(報道・評論)を一般的に制限した規定はありません。しかし、選挙に関する言論(報道・評論)が「選挙運動」にあたると解釈されれば、法改正前はインターネットの情報発信も「文書図画の頒布」にあたり、公職選挙法142条違反になる危険がありました。そのため、実質的にインターネット上での選挙に関する言論(報道・評論)が制限されていたのです。選挙期間中に選挙に関することをブログ、ホームページ、ツィッターなどで書くと公職選挙法違反になる危険があったのです。

しかし、法改正によって、インターネットを利用したものであれば、たとえ「選挙運動」にあたると解釈されても、原則自由ですから公職選挙法違反になる危険はなくなりました。

3 インターネットを利用するときの注意点

公職選挙法は、候補者に対して悪質な誹謗中傷をする等表現の自由を濫用して選挙の公正を害することがないよう、インターネット等の適正な利用に努めなければならないと定めています(同法142条の7)。

また、公職選挙法は、何人に対しても、署名運動の禁止(同法138条の2)、人気投票の公表の禁止(同法138条の3)を規定していますので、これらの禁止行為はインターネットを利用しても行うことはできません。

また、電子メールを利用する方法による選挙運動用文書図画については、候補者・政党等に限って頒布することができますが、候補者・政党等以外の一般有権者は引き続き禁止されていますので注意が必要です(公職選挙法142条の4第1項)。

この他に、投票日当日は情報発信しないなど、候補者・政党以外の第三者が選挙運動をするときに守るべきルールを守れば、選挙期間中もインターネットで選挙について情報発信が できます。インターネット選挙解禁の法改正は、選挙運動だけではなく、選挙に関する言論の自由の場も生み出したのです。

4 インターネット上に生まれた新しい言論空間

選挙運動で、「清き一票のお願い」や「対立候補者への批判」という情報だけがインターネット上で溢れても、有権者にとっては十分な判断材料があるとは言えません。むしろ、インターネット選挙解禁によって生まれた新しい言論空間には、これまでの選挙の常識であった「清き一票のお願い」、「対立候補者への批判」からの脱却が期待されます。

インターネットによってより多くの情報を知ることで、有権者はより賢く、より深く考えて、投票先を決めることができるようになります。インターネット選挙解禁によって生まれた新しい言論空間は、民主主義の未来を左右する非常に重要なものです。

インターネット上では、社会問題に取り組む様々な個人や団体が情報を発信しています。社会問題の解決には多くの場合、より有効な政策が必要です。社会問題と選挙を結びつけた情報があれば、自分の関心ある社会問題に関する情報を調べることで、政策から吟味して投票先を選ぶこともできるようになります。

また、各候補者・政党の政策を比較、論評する情報があれば、投票先を選ぶ際の判断材料の一つとなります。選挙期間中に、新聞・テレビだけではなく、インターネットを利用してさまざまな情報に接することで、自分の一票をどのように使うか、より良く考えることができます。

インターネット選挙解禁の真の効果があらわれるのは、これからです。選挙という民主主義の重要な機会に、良い情報を発信すること、そして、良い情報を受け取ること、その両方を私たち自身が行うことが、自分たちの社会を自ら責任を持って担っていくために必要なのです。インターネット選挙解禁は、新しい言論空間を生み出しました。それがより良い未来の選択につながるかどうか、その鍵は私たち自身が持っているのです。

以上

※1 選挙運動とは、「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」とされています。

※2 公職選挙法における文書図画とは、文字若しくはこれに代わるべき符号又は象形を用いて物体の上に多少永続的に記載された意識の表示をいい、その記載が象形による場合を図画といい、文字又はこれに代わるべき符号による場合を文書というものとされています。判例上、コンピュータのディスプレイ上に現れた文字等の表示も、公職選挙法上「文書図画」と解されています。

※3 選挙運動は、選挙の公示・告示日から選挙期日(投票日)の前日までしかすることができません(公職選挙法第129条)。

※4 文書図画の頒布に関する違反は2年以下の禁錮又は50万円以下の罰金に処すると規定されています(公職選挙法243条)。

※5 何人も、ウェブサイト等を利用する方法により、選挙運動を行うことができるようになります(改正公職選挙法第142条の3第1項)。ウェブサイト等を利用する方法とは、インターネット等を利用する方法のうち、電子メールを利用する方法を除いたものをいいます。例えば、ホームページ、ブログ、SNS(ツイッター、フェイスブック等)、動画共有サービス(YouTube、ニコニコ動画等)、動画中継サイト(Ustream、ニコニコ動画の生放送等)等です。

※6 公職選挙法148条1項ただし書の規定に違反して新聞紙又は雑誌が選挙の公正を害したときは、その新聞紙若しくは雑誌の編集を実際に担当した者又はその新聞紙若しくは雑誌の経営を担当した者は2年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処すると規定しています(公職選挙法235条の2)。しかし、148条3項の限定があるためインターネットによって無償で報道・評論するものは、「新聞紙及び雑誌」に該当せず、この罰則の適用を受けないと考えられます。

(2016年6月20日「NPJ」より転載)

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