伝統の「下津井わかめ」を甦らせたい。瀬戸内の海産物問屋、廃業からの挑戦。

安い韓国産のわかめや、油の流出事故などにより、わかめの養殖をおこなう漁師はわずか2人にまで減少していた。
余傅吉恵(よでんよしえ)さん
余傅吉恵(よでんよしえ)さん
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美しく豊かな海の恵みと共に暮らしてきた瀬戸内海。その瀬戸内海に面する岡山県倉敷市の港町・下津井は、江戸時代に北前船の寄港地として栄えた土地だ。その下津井で、伝統の名産品「下津井わかめ」を復興させようというプロジェクトが進んでいる。チャレンジしているのは、地元の海産物問屋・吉又商店の代表・余傳吉恵(よでんよしえ)さん。郷土の宝でもある下津井わかめを広めることで、漁業を盛り上げ、地域を活性化したいとクラウドファンディングに取り組んでいる。

瀬戸内の潮の流れが作り出す、薄くやわらかな下津井わかめ

瀬戸大橋のふもとにある下津井は、児島半島南端の地区。江戸から明治にかけては、北海道や日本海から米や魚を積んだ北前船が、大坂に向かう途中の寄港地として、大いに栄えた港町だった。時代の流れと共に北前船がなくなった後も、瀬戸内海の豊かな資源に支えられ、漁業が人々の暮らしを支えてきたという。

しかし、日本が高度経済成長期を迎えると、瀬戸内海は工業地帯へと変貌。豊かだった海では魚が穫れなくなり、その代わりとして環境の変化に強いわかめの養殖が盛んになる。それが、ここでしか獲れないという下津井わかめだ。

穏やかな瀬戸内海だが、下津井の海は灘に囲まれ、潮の流れが一日中早い。その潮の中で育つわかめは、ほかの地域のわかめと違い、薄くやわらかな食感に仕上がるという。余傅さんの生家でもある吉又商店は、そんな下津井わかめなどを扱う海産物問屋のひとつだった。

吉又商店
吉又商店
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寂れゆくまちを特産品で救いたい

「一時は地元の名産として盛んに行われていた下津井わかめの養殖ですが、昭和40年代になると韓国産の安いわかめとの価格競争で苦戦を強いられるようになりました。追い打ちをかけるように工場から油が流出する事故が発生し、ほとんどの漁師さんがわかめの養殖をやめてしまったんです」
と、余傅さんは下津井わかめが廃れた経緯を語る。

吉又商店の主である余傅さんの父親が亡くなったことも重なり、廃業。余傅さん自身は教職の道に進み、わかめとは無縁の生活を長年送ってきた。

そんな余傅さんが、下津井わかめの再興に奔走するようになったのは、8年ほど前。
「教職を早期退職し、これからの自分の人生を考えていたときでした。当時、母の世話もあり実家のある下津井に頻繁に戻るようになり、限界集落のようになって、寂れて元気のないまちをなんとかしたいと思うようになったんです」

下津井の海を寂しそうに眺めている老漁師の姿を見かけたとき、自分がこのまちにできることはないか、という思いを強く感じたという。

太陽と海の恵みがつくり出す栄養満点のわかめ

そんなときに、余傅さんの頭に浮かんだのが、ここ、下津井でしか獲れない下津井わかめだ。

「今の世の中、ここでしか獲れない、ここでしか食べられないというのは、大きなアピールポイント。ほかのわかめとは全然違う下津井わかめを売り出せば、きっとまちの復興の起爆剤になると考えました」

当時、下津井わかめの養殖をしていた漁師はたった二人だけ。余傅さんは早速、持ち前の行動力で交渉したり、新たに養殖をしてくれる漁師を探したりしたという。現在、漁師2人の協力を得て、下津井わかめの生産をスタート。「素干し製法」という昔ながらの作り方にこだわることで、下津井わかめの価値を更に高めたいと考えている。

「ほとんどのわかめは水揚げしたら、すぐに湯通しします。色止め効果とお湯でわかめを柔らかくして加工しやすくするためです。薄い下津井わかめはお湯に通さなくても加工ができるので、ひとつひとつを天日干しにする素干しができるのです」

下津井わかめ
下津井わかめ
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すべて手作業になるため、量産は難しいが、その分栄養価も高く仕上げることができるという。

「湯通しすると流れてしまう海の恵みのミネラル分も、天日干しならそのまま残るので、栄養がたっぷりなんですよ。せっかくお日さまと海がおいしい下津井わかめを作ってくれているので、その味と栄養をまるごとたべてもらいたい」と余傅さん。

デニムのまち児島とコラボして地域全体で盛り上がりを

加工は地元の障がい者が働く作業場に依頼。ここでも手作業で、わかめの芯を外したり、カットしたりして、商品に仕上げている。

「今回のクラウドファンディングでリターン商品としてつくったふりかけは、この製造過程で出る商品にならない細かい部分を利用したもの。料理をしない人が増えているので、もっと手軽にごはんにかけるだけ、おにぎりに混ぜるだけというような食べ方ができるようにと考えました」

余傅さんの奮闘は、下津井わかめだけにとどまらない。隣接する児島地区は昔から繊維のまちとして有名で、今はデニムの聖地として若者からも注目を集めているエリアだ。そこで児島とのコラボを意識して、パッケージもデニムを取り入れたデザインに仕上げたという。

児島の町並み
児島の町並み
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わかめをきっかけにもっと観光客が訪れるまちに

「多くの人に下津井わかめを知ってもらって、もっと食べてもらえるようになったらうれしい」と余傅さん。

そうすることで、地元の漁業も活性化して、まちに下津井わかめを使った料理を出す店や、古民家を利用した宿泊施設などが増えて、観光客がたくさん訪れるまちになったら…と夢は膨らむ。

「美しい瀬戸内海の海を望み、豊かな自然に囲まれた下津井は本当にいいところ。このまちがこのままなくなってしまうことがないように、その魅力を全国に発信していきたい。私ひとりではやれることに限界がありますが、賛同して協力してくれる人も増えてきました。若い人たちも巻き込みながら、新しい感覚で、もっともっと下津井のよさをみなさんに伝えていきたいですね」

瀬戸内海
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(工藤千秋)

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