立川市生活保護廃止自殺事件調査団が結成され、東京都に申し入れを行ないました。

2015年12月10日、東京都立川市で生活保護を利用していた一人暮らしの40代男性が自宅のアパートの部屋で自殺しました。

2015年12月10日、東京都立川市で生活保護を利用していた一人暮らしの40代男性(Aさん)が自宅のアパートの部屋で自殺しました。

立川市福祉事務所は、同年11月21日付けでAさんを就労指導に従わないという理由で保護廃止にしており、その通知書を12月9日にAさん宛に送っていました。この経緯から、Aさんは保護廃止の通知書を受け取った直後、絶望して自殺に至ったのではないかと考えられます。

この事件は、同年12月31日、立川市の日本共産党市議団控え室にAさんの知人と名乗る人より匿名のFAXが送られたことにより発覚しました。

その後、立川市議会の上條彰一議員(日本共産党)が立川市に対して事実関係を明らかにするように求めましたが、市側は個人情報の保護を理由に応じませんでした。

以下は上條市議による市への質問とその回答です。

そこで、弁護士や研究者らが中心となり、この事件の真相究明と再発防止を目的とする調査団を結成することになりました。

本日(4月11日)、立川市生活保護廃止自殺事件調査団(共同代表:宇都宮健児弁護士、後藤道夫都留文科大学名誉教授)が結成され、立川市の生活保護行政を監督する立場にある東京都に対する申し入れと記者会見を行ないました。

東京都に対しては、「質問状」と「要請書」の2つの文書を提出しました。それぞれ、下記で内容をご確認ください。

東京都の保護課長は申し入れの席上、「昨年、立川市から事故報告を受け、ヒヤリングを行なった。自分もケース記録などの書類を見た。(保護廃止に至る)手続き的なものについては、指導・助言すべきことはなかった。」と発言しました。

申し入れにも参加した上條市議によると、事件発覚直後、立川市の担当者と話し合いを行なった際、「懲らしめの意味で保護を切ったんですか?」と聞いたところ、「そうなんです」と認めたと言います。

また、Aさんに路上生活歴があることに関連して、「保護を切っても何らかの形で生きていけるのではないかと思った」という発言もあったと言います。

このような認識のもとに生活保護を打ち切ったのであれば、生活保護行政の責任を放棄した人権侵害以外の何物でもないと考えます。

申し入れ後の記者会見の場で、調査団の事務局を務める田所良平弁護士(三多摩法律事務所)は、「行方不明になり、連絡が取れないというような場合に保護廃止にするのはやむをえないが、そこにいる人の保護を廃止するのは、命綱を断ち切る行為であり、するべきでない」と指摘しました。

私も今回の事件の背景に、生活保護の利用世帯数を抑制しようとする政府の政策があることを見る必要があると発言しました。

また、過去にAさんの相談にのった民間団体の支援者が「Aさんから『死にたい』という発言を聞いたことがあり、うつ症状と思われる言動が認められた」と証言していることに関連して、「生活保護世帯の中で、Aさんのような人は『その他の世帯』と分類されるが、『その他の世帯』がみんな働ける状態にあるというわけではなく、中には隠れた障害や疾病が発見されていないだけの人もいる。隠れた障害や病気を見つけるために福祉事務所職員の専門性を高める必要性がある」と指摘しました。

調査団は東京都に「質問状」への文書回答を求めています。ぜひ多くの方のご注目をお願いします。

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【調査団による質問状の文面】

2017年4月11日

質問状

東京都知事 殿

東京都福祉保健局生活福祉部保護課長 殿

立川市生活保護廃止自殺事件調査団

共同代表 宇都宮 健児

同 後藤 道夫

去る2015年12月、立川市内で生活保護を受けていた方が、就労指導違反を理由とする生活保護廃止処分を受け、処分の翌日に自殺をするという事件(以下「本件自殺事件」といいます)が発生しました。我々は、この事件を受け、就労指導や保護の停止・廃止の在るべき運用を今一度確認すると共に、2度とこのような痛ましい事件が起こることのないよう、特定の職員に責任に矮小化することなく、構造的な要因も含めた原因の究明とこれを踏まえた再発防止策を講ずることが喫緊の課題であると考えております。

つきましては、下記のとおり、就労指導や保護の停止・廃止処分の運用の在り方(第1)並びに、立川市福祉事務所の人員体制と本件(第2)に関して質問いたしますので、後日文書にてご回答いただきますようお願い致します。

第1 就労指導及び保護の停止・廃止の在り方について

(1) 就労指導の前提となる稼働能力の有無・程度及びその把握について

① 就労指導の前提となる稼働能力の有無・程度は、年齢や医学的な面のみならず、職歴や、ホームレス経験の有無・期間などの生活歴なども考慮して、客観的かつ具体的に判断されるべきであると考えますが、いかがでしょうか。

② 精神疾患、依存症、軽度知的障害や発達障害の疑い、既往症など(以下、「精神疾患等」といいます。)、稼働能力の存在・程度を慎重に検討すべき生活保護利用者について稼働能力の有無・程度を判断するにあたっては、対象者に医療機関等の診断を促し、その診断結果を参照しつつ慎重に行われるべきであると考えますが、いかがでしょうか。

③ 上記の稼働能力の存在・程度を慎重に検討すべき生活保護利用者については、ケース診断会議等の組織的検討を経て判断すべきと考えますが、いかがでしょうか。

(2) 就労指導の内容について

① 就労指導は、稼働能力が存在することを前提に、具体的な稼働能力の程度に応じた内容でなくてはならず、同人の稼働能力を超える労働条件や職種への求職活動を指導してはならないと考えますが、いかがでしょうか。

② 就労指導は、対象者の職業選択の自由を尊重するものでなければならず、対象者の職歴やその有する知識、技能、経験等のみならず、同人の希望についても考慮した上でなされるべきと考えますが、いかがでしょうか。

(3) 指導指示違反を理由とする保護の停止・廃止について

① 保護の停止・廃止により対象者の衣食住が維持できなくなり、あるいは、必要とする治療や支援を打ち切られる等、その生存が脅かされるおそれがある場合には、指導指示違反(就労指導に限らない)を理由とする保護の停止・廃止をするべきではないと考えますが、いかがでしょうか。

② 指導指示違反を理由とする保護の停止・廃止が行われた場合、要保護状態が解消されるわけではないため、放置すれば心身の健康を害し、ひいては生命の危機に瀕する蓋然性があることから、福祉事務所は引き続き対象者の生活状況を把握し、必要に応じ職権で保護を再開すべきであると考えますが、いかがでしょうか。

③ 就労指導による保護の停止・廃止の目標値の設定は、個々の事情を無視した、不適切な就労指導を誘発する危険があるため、妥当ではないと考えますが、いかがでしょうか。

第2 本件自殺事件の原因究明について

構造的要因も含めた本件の原因究明のため、下記事項について立川市から事情聴取等を行ない、後日書面でご回答下さい。

1 前提事情

(1) 担当職員の人員体制等について

①配置職員の人数(生活保護担当全体、各係の人数、役職、正規職員と非正規職員の各人数、元警察、職安職員等の人数)

②各職員の経験年数、各職員の担当件数、

③生活福祉課の人事配置の方針、研修体制と研修内容

④上記①~③について改善が必要と考える点

(2) 国の生活保護行政、社会保障行政の姿勢に対する意見

2 本件事件について

(1) 稼働能力の有無・程度について

書面・口頭を問わず、就労指導を行う前の時点における次の各項目の事情をご説明下さい。

① A氏の健康状態、とりわけ精神疾患の有無、既往症、その他疾病の有無をどのようなものとして把握していたのでしょうか。

② A氏を支援した経験のある者によれば、A氏は対人関係を築くことが苦手で、「死にたい」等の発言もみられ、うつ症状と思われる言動が認められたとのことです。担当ケースワーカーはAのこのような言動を確認していなかったのでしょうか。

③ A氏の稼働能力の判断に際して、医療機関受診の促しや、医師の意見聴取等は行なわれていたのでしょうか。

④ A氏の稼働能力の有無・程度の判断に際して、ケース診断会議等の組織的検討が行われていたのでしょうか。

⑤ A氏の稼働能力の有無・程度に関する立川市福祉事務所の認識はいかなるものだったのでしょうか。

(2) 就労指導について

① A氏に対する就労指導(口頭、書面問わず)の時期と具体的な内容はいかなるものだったのでしょうか。

ⅰ 口頭の就労指導は該当部分のケース記録も開示してください。

ⅱ 書面による就労指導は指導指示書も開示して下さい。

② A氏に対する書面による就労指導の内容に関して、ケース診断会議等の組織的検討が行われたのでしょうか。

*ケース診断会議記録も開示して下さい。

(3) 保護停止・廃止処分について

ア 保護停止処分について

① 保護停止処分を行なう前提として、告知聴聞の機会は、いつ、どのようにして付与され、A氏はいかなる弁明を行ったのでしょうか。

*この点に関するケース記録も開示して下さい。

② 保護停止処分を行う前提として、ケース診断会議等の組織的検討は、いつ、誰が参加して行われ、どのような理由で停止の結論に至ったのでしょうか。

*ケース診断会議録に基づいてご説明下さい。同記録も開示して下さい。

イ 保護廃止処分について

① 保護廃止処分を行なう前提として、告知聴聞の機会は、いつ、どのようにして付与され、A氏はいかなる弁明を行ったのでしょうか。

*ケース記録も開示してください。

② 保護廃止処分を行う前提として、ケース診断会議等の組織的検討は、いつ、誰が参加して行われ、どのような理由で廃止の結論に至ったのでしょうか。

*ケース診断会議録も開示して下さい。

③ 保護停止処分から保護廃止処分までの間に、自宅訪問は実施されましたか。

④ 立川市福祉事務所は、保護廃止処分にあたり、廃止後の生活がどのようにして維持されていくものと認識していたのでしょうか。

⑤ 立川市福祉事務所は、保護廃止後、A氏の生活状況を把握するための何らかの措置を講じていたのでしょうか。

以上

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【調査団による要請書の文面】

2017年4月11日

要請書

東京都知事 殿

東京都福祉保健局生活福祉部保護課長 殿

立川市生活保護廃止自殺事件調査団

代表 宇都宮 健児

同 後藤 道夫

2015年12月、立川市内で生活保護を受けていた方が、就労指導違反を理由とする生活保護廃止処分を受け、その翌日に自殺する事件が発生しました。二度と同様の事件が繰り返されないよう、立川市福祉事務所を含む都内各福祉事務所を指導監督すべき立場にある貴庁において、全都の福祉事務所で下記事項を実現することを強く求めます。

1. 就労指導、指導違反に対する停止・廃止の在り方について

(1) 就労指導のあり方について

① 就労指導ないし就労による保護廃止数の目標値設定を直ちに中止すること。

② 精神疾患歴がある方やホームレス経験のある方など就労指導の前提となる稼働能力の制限ないし喪失が疑われる場合、稼働能力の有無・程度の判断は、ケースワーカーの独断にまかせることなく、精神疾患や軽度知的障害、発達障害の有無等に関する医師等の専門家の意見を踏まえて、ケース診断会議等の組織的検討の上で行うこと。

③ 就労指導は、形式的・画一的に行うことなく、当該保護利用者の稼働能力、家族の状況等の個別の事情を十分に踏まえて行うこと。

④ 就職活動が芳しくない人については、その原因の把握に努め、精神疾患、依存症、知的障害、あるいは同居家族の状況等、稼働能力を阻害ないし喪失させる事情の存在が疑われる場合には、上記②と同様に稼働能力の有無・程度を改めて把握すること。

⑤ 就労は、経済的な自立のために必要なだけでなく、社会参加や自己実現の機会でもあることを踏まえ、保護利用者の意思を尊重した就労指導を行うこと。また、様々な事情により稼働能力が喪失された場合でも、個人として尊重し、無理のない範囲で社会参加や自己実現を保障すること。

(2) 指導・違反に対する停止・廃止について

① 弁明の機会を付与する際は、形式的な質問と回答確認に留まることなく、十分な時間を確保し、本人の言い分を聴取し、これを記録に残すこと。とりわけ、知的能力の障害や精神疾患等により本人の言い分を独力で説明することに困難が伴う方については、聴取する職員の側において積極的に発問する等して、本人の言い分を丁寧に聴取するよう努めること。

② 保護の停止・廃止は、当該保護利用者の生存を危機的状況に追い込む具体的現実的危険性のあることに鑑み、就労指導違反のみを理由とする保護の停止・廃止は行わないこと。

③ 保護の停止・廃止を行った場合には、その後もその者の最低限度の生活が確保されているかを確認し、要保護状態に陥る場合には、再度の生活保護申請を促し、必要に応じて職権で保護を再開すること

2.保護の実施機関として適切に職務を遂行するための組織・人員体制について

(1) 職員研修の実施について

国民の人権、とりわけ憲法及び生活保護法に基づく国民の生存権保障と社会保障制度の意義を職員が充分に理解するための研修・教育に徹底すること。

(3) 人員体制の充実について

① 社会福祉専門資格有資格者を増員すること。

② ケースワーカーを増員し、ケースワーカー一人当たり80件を実現すること

以上

(2017年4月11日「稲葉剛公式サイト」より転載)

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