子どもを持つことが不安になる世の中を変えたい――働くママの可能性を広げる「東京ワーキングママ大学」

日々仕事と子育てを両立する多忙な身でありながらも、社会的プロジェクトを立ち上げたきっかけは何なのか、プロジェクトを実現させるに必要な"チーム力"、そして"プロボノ"のコツとは?

ママになっても、自分らしく働きたい!――出産と昇進の年代が重なる女性にとって、仕事と子育ての両立は、永遠のテーマ。待機児童問題や、三歳児神話、"103万円・130万円の壁"問題など、厳しい現実に直面せざるを得ません。

そんなキャリア志向が高く、働く意欲の強い女性たちをサポートしようと誕生したのが、「東京ワーキングママ大学」です。"妊娠・出産で仕事をあきらめなくてもよい社会"を目指して、ママになってからのキャリアを支援するためのスクールを開講するというこのプロジェクトは、社会人としてそれぞれの場で働くママたち7名が"プロボノ"(職業上の知識を活かしたボランティア活動)の形で立ち上げています。

日々仕事と子育てを両立する多忙な身でありながらも、社会的プロジェクトを立ち上げたきっかけは何なのか、プロジェクトを実現させるに必要な"チーム力"、そして"プロボノ"のコツとは? 東京ワーキングママ大学創立チームの代表の大洲早生李さん、メンバーの莇(あざみ)陽子さん、西村直子さんに話を聞きました。

東京ワーキングママ大学の公式サイト

■ 働く女性の「子どもを持つ不安」に何ができるか

東京ワーキングママ大学の代表を務める大洲さんは、働くママが少ない日本の現状について、強い懸念を抱いていると言います。

「2009年12月に発表された内閣府の統計(男女共同参画社会に関する世論調査)で、『結婚しても必ずしも子どもを持つ必要はない』と考える20代の女性が6割に上ったということを新聞で知ったことが私の活動の原点となりました」

「この背景には、いろいろな理由があるとは思いますが、"大変そうで自分にはできない"といったように、子どもを持つことに対するネガティブなイメージが蔓延しているのだなと感じたんです。その延長線上に、第一子出産後に6割の人が仕事をやめている(国立社会保障・人口問題研究所「第14回出生動向基本調査」)という現状があるのかなと」

創立者の大洲早生李さん。3児のママでもあります。

そこで、大洲さんは「キラきゃりママ」というサイトを立ち上げ、働くママのリアルな日常を発信することで、少しでも仕事と子育ての両立に対する不安を取り除こうと活動を始めました。

「キラきゃりママを作ったのは2011年の2月末で、私が一番下の子を生む直前という大変な時期でした。そんな時期ではありましたが、一刻も早く取り組み、働くママの次世代育成を推進したいと考えたんです」

「キラきゃりママの活動を通して、自分自身の将来について一人で悩んでいる人がとても多いことがわかりました。Webサイトでの発信だけではなく、ママたちが悩みや不安などを共有し、ともに学び合う、リアルな場を作らなければいけないという想いが強くなり、東京ワーキングママ大学を立ち上げることにしました」

これからママになる20~30代の女性たちが目指したいと思える、働くママとしてのリーダー像を新しく創り出したいと語る大洲さん。

リーダーと言っても特別な人ではなく、むしろどこにもいて、周りの人たちに勇気を与える存在だと言います。

「東京ワーキングママ大学には、リーダー像を作るほかに、もうひとつ "セカンドキャリアを根付かせる"という目的もあります」

「出産を機に仕事を辞めてしまうと、その後の再就職は、とても難しくなります。たとえできたとしても、年収が下がるなど、キャリア形成において圧倒的に不利な状況に追い込まれてしまいます」

「一度仕事を辞めたとしてもチャンスがある世の中を作りたい、という想いが根底にはあるのですが、そこへ辿り着くまでに、まずは安易に辞めるのではなく、辞めるリスクも認識し、考えたうえで選択できる環境を作りたいと思っています」

■ 出産による「仕事の壁」を経験したメンバー

東京ワーキングママ大学設立に向けて本格的に始動したのは、2012年10月のことでした。当時フリーランスでアナウンサーの仕事をしていた莇(あざみ)さんは、自身の出産後の働き方を模索している最中だったそうです。

「アナウンサーの仕事は、本番以外にも打ち合わせがあったりして、子どもを連れて行けない状況がたくさんあります。さらに、フリーランスだと保育園にも入りにくいし、時間が不規則だし...。子どもを育てながら仕事を続けるのは、不可能に近いのではないかと、感じていました」

「やりたいことをやりたいのに、子どもがいるとできなかったり、制限されることがあったりするのってなんだかおかしい。そんな風に思っていたときに、東京ワーキングママ大学設立の話を聞いたので、ぜひ私もなにかしたいと思ったんです」

以前はフリーで働いていた莇(あざみ)陽子さん。仕事と子育ての両立はフリーで働く人には難しいものだった、と語ります。

一方、出産を機に会社を退職した西村さんは、東京ワーキングママ大学のメンバーとして活動することで、今後自分で稼いでいくための礎にしたいと言います。

「今後一生働かないかというとそれは一切ないのですが、またフルタイムでがっつり働くつもりもありません。この活動を通して新しい働き方を模索することは、自分の経験値を上げるきっかけになると思っていますし、そういう道を作っていきたいとも考えています」

「現在私は夫の扶養に入っていますので、法律上、103万円や130万円以内で働くことになります。現状の制度は、バリバリ働いていた人が家庭におさまることを後押しするようにできていますが、これって国家的な経済損失のように思えませんか。働きたいママが抱えるこうしたズレを解消することも、東京ワーキングママ大学の使命だと思っています」

■ リーダーが複数にならないチームづくり

東京ワーキングママ大学運営のメンバーは、キラきゃりママの活動で出会った人たちが中心だそうですが、大洲さんがメンバーを集めるときに気をつけたことは何だったのでしょうか。

「まずは『この指とまれ方式』で仲間を集めようと思いました。このプロジェクトを絶対に立ち上げよう!という意欲がある人じゃないとできないと思ったからです」

「あとは、キャラクターがバッティングしないことに気をつけました。例えばゴレンジャーだと、赤はリーダー役ですよね。自ら立ち上げた以上、私が赤だとして、残りのカラーを揃えるようにしました。黄色は"なごませ役"で、緑は"平和を保つ人"といった感じです。増強する時もカラーのバランスが偏らないように気をつけています」

今回のチーム・ビルディングのために、自らコーチングを受けながら、3ヶ月かけて各メンバーと信頼関係を築いていったという大洲さん。そこまで慎重になったのは、過去の失敗が大きいと言います。

「過去にリーダーが2人状態になって、チーム・ビルディングに失敗したことがありました。このときに、強い思いを持っている誰か一人がリーダーとなり責任の所在をはっきりさせないと、チームのバランスが崩れて難しくなることを学びました」

「私はこのプロジェクトは世の中に絶対必要だし、成功させようと思っています。二度と同じ失敗をするわけにはいきません。ストレングスファインダー(自分の強みがわかる有料のWeb診断)もみんなにしてもらい、それぞれの強みがどこにあるのかを把握するようにしました」(大洲さん)

そんな風に役割分担を明確にしたおかげで、ちょうどチーム・ビルディングを行っている時期に出産を控えていた西村さんも、不安にならずに済んだのだとか。

「プロジェクト始動の合宿に参加できず、Facebookでのやり取りをただ見ていることしかできませんでした」

「でも、私は前職での経験から、事務局を作ったり運営したりするのは得意、と大洲さんにも伝えており、それぞれの得意分野が活かせるようにチームが組まれていることがわかっていたので、実際に稼働するときになれば期待に応えられると安心できていました」(西村さん)

運営事務局担当の西村直子さん。第1子を出産されたばかりでした。

■ ママ同士だからこそ変えられる可能性がやりがい――「今の制度や慣習ではダメ」

ただでさえ忙しい働くママのみなさんが、経済的な対価のないプロボノを続けるモチベーションの源泉は、いったいどこにあるのでしょうか。

「今はちょうど世の中が変わりつつあるタイミングだと思うんです。政権も女性活用を全面に掲げ始め、私の周りのママたちも『(働きながら子どもを育てていくには)今の制度や慣習のままではダメだ』と漠然と感じ始めています」

「ひとりでは何もできなくても、強い想いを持っている人たちと一緒なら、世の中を変えられるかもしれない。そんな可能性を感じられるので、経済的な対価がなくても、すごくやりがいがあります」(莇さん)

「みんな働くママとして、不安や、現状への問題意識を持っているという共通点があるので、それが機動力になっている気がします」(西村さん)

とはいえ、プロボノである限り、みんなが常に同じテンションでいられるわけではありません。そこをコントロールするために、大洲さんは次のことに注意を払っているそうです。

「対価がない分、ひとりひとりの負担を減らしたり、バランスをとるしかないと思っています。細く長くしか、続かないんですよね。

そのためには、本業が忙しくて大変になりそうなときは早めに言ってもらって、リーダーとサブのような形で組んでもらい、ひとりの負担が軽くなるような工夫をしています」

「会社のように、日々顔を合わせてプロジェクトを進めていくわけではないため、適任とはいえ、各メンバーにこちらからあれこれとお願いはできません。ひとりひとりがリーダーシップを持って進めてもらわないと、うまく回りません。

このやり方は"みんながリーダーになれる"という、ママ大学自体の主旨にも合っているので、まずはこのチーム内でミニ東京ワーキングママ大学を実践していると思ってもらえればいいなと」

■「後ろめたさ」をなくし、ママも子どもも成長する学び場に

最後に、東京ワーキングママ大学が目指す方向性について、伺いました。

「まずは、セカンドキャリアに繋がること。例を挙げると『東京ワーキングママ大学を出て再就職できました』といった実際のアウトプットにつながるところまで、責任を負えるようになりたいです」

「次にサテライト展開も考えています。基本は東京、名古屋、大阪など大都市が中心となるとは思いますが、出張教室のような形でも、東京ワーキングママ大学の理念が全国に広がり、その地域ごとにマッチしたセカンドキャリアを築ける環境を作っていければと考えています」(大洲さん)

「働くママが子どもを預ける後ろめたさを解消するために、キッズ大学も立ち上げて、子どもたちも一緒に学び、成長するプラスような仕組みも作りたいと思っています。そこにいろいろな企業を巻き込んで、子どものための教室と託児所を兼ね合わせたものを用意していきたいですね」(西村さん)

(取材:椋田亜砂美、執筆:野本纏花、撮影:橋本直己

(この記事は、2013年10月02日のベストチーム・オブ・ザ・イヤー「子どもを持つことが不安になる世の中を変えたい――働くママの可能性を広げる東京ワーキングママ大学」から転載しました)

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