「ヤフーVS.アスクル」の親子ゲンカをどう見る? 経営共創基盤CEOの冨山和彦さんに聞いた。

親会社であるヤフーは、8月2日に開かれるアスクルの株主総会で、岩田彰一郎社長の取締役選任案に反対すると正式に発表している。

ネット通販大手「アスクル」の大株主である「ヤフー」は7月24日、8月2日に開かれるアスクルの株主総会で、岩田彰一郎社長の取締役選任案に反対すると正式に発表した。

ヤフー、アスクルはともに上場企業で、いわゆる「親子上場」の状態にある。日本の会社法では、アスクルの少数株主は支配的株主であるヤフーの意向に従うしかないが、コーポレートガバナンスの専門家からは「利益相反に当たる」との懸念の声が上がっている。

日本以外の先進国では、少数株主を保護するため親子上場に厳しい規制がかけられている。

ガバナンスの観点からヤフーとアスクルの「親子ゲンカ」をどう見るか。金融庁スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員を務める「経営共創基盤(IGPI)」CEO(最高経営責任者)、冨山和彦氏に聞いた。

——欧米で「親子上場」がほとんど見られないのはなぜですか。

メリットが少ないからです。欧米のほとんどの国では、子会社の少数株主の権利を守る規定が会社法に盛り込まれています。子会社の株式の過半を所有していても、親会社が自分たちの利益のために、少数株主の利益を損なうことは許されない仕組みになっています。

「資本主義は多数決」と思われるかもしれませんが、そこは立憲主義と同じ法理論が適用されます。立憲主義では、多数決で生まれる政府の権威や合法性が憲法の制限下に置かれています。たとえ少数であってもすべての国民の人権は憲法で保護されます。多数決と人権保護なら人権保護が優先される。これが世界の常識です。

この考え方を親子上場に当てはめると、取締役の選任を含め上場子会社の経営方針は株主総会の多数決で決まります。つまり親会社の思い通りに経営できるわけです。しかしその決定が子会社の少数株主の権利を損なう場合、少数株主の権利が優先される。それに反すると、親会社は子会社の株主から巨額の損害賠償を請求される。たとえ過半の株を握っていても、親会社の思い通りにはならないのです。だから、親会社は子会社を上場させるメリットが少ない。

——日本には、子会社の少数株主の利益を守る法律がないわけですね。

そう。そこは欧米に大きく遅れている。私はスチュアートシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードを決める会議などで「法制化すべきだ」と何度も言ってきましたが、経済界の反対にあい、未だ実現していません。今回のケースが、仮に「成長事業」である「ロハコ」(一般消費者向け通販サイト「LOHACO」)の帰属を子会社のアスクルから親会社のヤフーに移すものだとしたら「利益相反も甚だしい」ということになって、欧米ではなかなか認められませんが、日本では法律がないので、その気になればできてしまう。今回のケースが、日本でも親子上場のガバナンスを考えるきっかけになればと思います。

——親子上場そのものがダメというわけではないのですね。

そうです。親会社が大株主として上場子会社の価値を最大化することに忠実であれば。いわゆるフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)ですね。子会社からキャッシュを吸い上げるのはダメです。

株式を上場すれば、誰でもその会社の株を買えるようになるわけで、天下万民のお金が集まるわけです。だからこそ、素人がフェアに扱われないといけない。それが「パブリック・カンパニー(上場企業)」なのです。日本でも、政府がNISA(少額投資非課税制度)で個人投資家を増やそうとしているわけですから、個人投資家や少数株主は保護されなければいけない。

——かつて日本で親子上場が流行ったのはなぜでしょう。

大企業のポスト対策でしょうね。親会社で社長や役員になれず、子会社に出されても、そこが上場していれば、「俺も上場企業の社長だ」と納得するわけです。それ自体がおかしいわけで、日本でも日立製作所やパナソニックなど、まともなグローバル企業は親子上場をやめる方向に舵を切っています。日立では川村(隆、現東京電力ホールディングス会長)さん自身が、日立の社長になる前は上場子会社の社長をやっていて、その頃から「これはおかしい」と思っていたそうです。ソニーも相当なお金を使って上場子会社の株を買い戻しました。

——日本でもガバナンス改革は進んできたはずですが。

形だけの改革が多いのが実情です。株主総会で少数株主が会社に文句を言える仕組みはいろいろと作られました。しかし会社と大株主にすれば、年に1日、株主総会の日だけ我慢して文句を聞けば、あとは思い通りにできる。

——グローバルには少数株主保護が常識なのに、なぜヤフーはアスクルの少数株主の利益を守らないのでしょう

どちらが正しいかの真相はわかりませんが、結果的に紛争化したのは、アスクルの「独立委員会」(元パナソニック副社長の戸田一雄氏、前日本取引所グループ=JPX=CEOの斉藤惇氏など独立社外取締役で構成)が思いのほか手強かったということでしょうか。「プラス」(アスクルの生みの親で11.63%を保有する事務用品大手)がヤフー側についたことで、アスクル株の60%近くを握っていたので、単純に「多数決」が正義として支持されると思ったのかもしれない。

今回の件に孫(正義、ソフトバンクグループ社長)さんが直接関わっているとは思えませんが、(ヤフーの親会社である)ソフトバンクグループのレピュテーション・リスク(評判が下がるリスク)を考えれば、あまり下品なことはしない方がいい。フィデューシャリー・デューティーを果たさないと一流の投資会社としてリスペクトされなくなり、結果的にいい投資案件が回ってこなくなる。今のM&Aは買われる側がお金の出し手を選ぶ時代ですから、市場の評判が悪くなると買収もしにくくなります。

——8月2日のアスクルの株主総会では、ヤフーが岩田社長や独立社外取締役の選任に反対します。どう決着させればいいでしょう。

アスクルの株主総会で注目すべきは、ヤフーとプラスを除く株主の何割が岩田社長と独立社外取締役の再任を支持するかでしょう。少数一般株主も多数が選任に反対なら、彼らは去るしかない。しかし少数株主の大半が支持しているのなら、取締役にはなれなくても岩田さんが執行役として経営に関与することには正統性がある。子会社の独立社外取締役の人たちは、経済産業省のガイドラインでも示されている通り、ガバナンス上、一般少数株主を守る立場ですから、それを大株主が多数決の原理で不再任するのはもっと問題です。少数一般株主の支持があるなら、積極的に何らかのガバナンス関与を続けるべきです。

今回のケースは、ルノーと日産の問題に続き、親子上場が抱えるガバナンスの問題点が浮き彫りになった典型的なケースなので、(ヤフーを含む)ソフトバンクグループが範を示してくれることと、これを機に少数株主保護の制度整備が進むことを期待しています。

2016-04-14-1460596459-4876465-img_c79b12b47a6be4fe977e1ade365cdefe10533.jpg大西康之経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い〜JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)、「会社が消えた日〜三洋電機10万人のそれから」(日経BP)、「東芝解体 電機メーカーが消える日」 (講談社現代新書)、「東芝 原子力敗戦」(文藝春秋)、「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正」(新潮文庫) がある。
関連記事(2019年7月26日フォーサイトより転載)

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