問題は雇止めされた労働者ではなく雇止めした企業にある

長年働いてきた労働者を法の趣旨を無視して雇止めする企業をこそ、批判すべきである。
2月22日、みぞれの降るなか、昨年末まで働いていた職場の前で、雇止めは不当だと訴える渡辺照子さん
2月22日、みぞれの降るなか、昨年末まで働いていた職場の前で、雇止めは不当だと訴える渡辺照子さん
林美子撮影

同じ派遣先で17年間、派遣労働者として働いてきた渡辺照子さん(58)が、昨年12月末で雇止めになった。渡辺さんは、雇止めは不当だとして、働いてきた東京都内の会社に労働組合を通じて団体交渉を申し入れている。その渡辺さんに対し、「17年も派遣で働くのは本人の努力不足」といった批判がネット上で広くみられる。今回は、それらの批判は的外れであることを指摘したい。

的外れな理由としてまず、渡辺さんがどのように働いてきたかを紹介する。私は、雑誌「AERA」2016年4月11日号の「現代の肖像」で、渡辺さんのことを記事にした。2人の子どもを抱えるシングルマザーとして、職を転々としてきた渡辺さんは、40歳の時に政府系の調査会社で派遣労働者として働くようになった。

過労で倒れても正社員になれない

契約は3か月更新で、ボーナスや通勤手当は出ない。雇止め時点での賃金は、10歳下の正社員女性の3分の1程度だった。仕事の内容は事務だが、英語が使えない正社員にかわって海外からの訪問客の相手をしたり、月に100時間近い残業を続けたりしたこともある。疲労がたまって職場で倒れ、救急車で病院に運ばれた直後、当時の上司が正社員への転換を推薦してくれた。役員も好反応だったが、総務部門が「事務派遣は正社員にしない」と言い張ったという。渡辺さんは、仕事で役に立つのではと、貿易関係などの資格を自費で10種類ほど取得した。それも、賃金に反映されることはなかった。

そんな渡辺さんに、「だったら別の仕事を探せばいい」と言うのは簡単だ。だが、40代や50代の女性の職探しがどれほど困難か、ちょっと考えればわかるはずだ。日本の転職市場ではほとんどの場合、よほど技能をもつ人でない限り、年齢を重ねると賃金が下がる。現に、昨年末で職を失った渡辺さんに対し、派遣会社は新たな派遣先を提案したが、いずれも時給は300~400円下がるという。渡辺さんはその提案を受けず、元の派遣先との団体交渉に注力することに決めた。

渡辺さんが元の職場への復帰にこだわることを、会社にぶらさがっているかのように見て批判する声もある。これは全く逆である。渡辺さんを突き動かしているのは、怒りである。職場とは、単に労務を提供して賃金を受け取るだけの場所ではない。そこには自己実現や、仲間と一緒に働くことの喜びや、様々なことが詰め込まれている。人生の重要な一部分なのだ。だが、派遣労働者だということで会社は自分のことを差別し続け、最後は何の説明もなく雇止めにした。それは許せない、自分だけでなくすべての働く人を、一人の人間、まっとうな労働者として扱うべきだという憤りである。

一時的でない仕事に派遣労働を使うおかしさ

批判が的外れなもう一つの理由。日本での派遣という働かせ方自体に問題がある。派遣労働者を英語に直すと「dispatched worker」である。厚生労働省がこの訳を使っている。だが、海外にこれに相応する言葉はほとんどない。欧米では「temporary worker」などと呼ぶのが普通だ。まさに、本来はtemporary(一時的)な労働者なのである。つまり、季節労働や、誰かが育児休業中の代替要員など、ある程度期間が限られた仕事であることが想定されている。働く期間が限られ、働き手としてのリスクが高いから、一般的には常用労働者(正社員)よりも時給が高い。

ところが、日本の派遣労働は、事務など企業にとって常に必要な仕事で使うことが多い。3か月、時には1、2か月といった短期間の契約を更新して何年も働かせる。働き手はその間、「次の更新はないかもしれない」という不安にさらされ続ける。しかも、正社員よりも賃金や手当などの労働条件が悪い。派遣先の労働組合に入るのも難しい。派遣会社自身が働き手を正社員として雇って企業に派遣する場合や、通訳など高度な技能を持つ人の場合を除くと、派遣労働は、企業が働き手を安く便利に使いやすいようにするためにある制度と言ってもいいだろう。

派遣の働き方は「自由」か?

なお、派遣労働や有期契約の方が働き手にとっても「自由でいい」という人がいるが、誤解である。無期雇用の正社員は、いつでも自ら会社を辞めることができる。「会社に縛られる」と感じてしまうのは、今の正社員の働かせ方が、残業や配置転換、転勤命令にいくらでも応じることが前提になっているからである。だが、よく考えてみてほしい。たとえば、正社員で入社してから配置転換を断って退職するのは、働き手の方に選択権、主導権がある。派遣や契約社員で入社して、期限が来たというだけの理由で雇止めになるのは、会社の側に主導権がある。どちらの方が働き手の自由が多いかは明らかである。

いま、非正規で働く多くの人が「2018年問題」で揺れている。労働契約法の改正により、5年以上働いている有期雇用や派遣労働の人たちを、会社は今年4月から、本人の求めに応じて無期契約に転換しなければならなくなる。それを避けるために、無期転換の可能性がある人たちを事前に雇止めにしている。渡辺さんの雇止めも、その一環だろう。労働契約法の改正は本来、長年非正規で働いてきた人たちの雇用を安定させることが目的である。非正規で働く人を「自己責任」だと批判するのではなく、長年働いてきた労働者を法の趣旨を無視して雇止めする企業をこそ、批判すべきである。

(2018年2月27日 自治労コラムより転載)

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