BLOG
2019年04月21日 17時10分 JST | 更新 2019年05月04日 22時01分 JST

言葉の概念にはグラデーションがある。考えることの面白さを教えてくれる“風通しのいい”哲学書

《本屋さんの「推し本」 TSUTAYA・益子陽介の場合》

わたしたちは「言葉」を使う。

「言葉」で世界を理解し、お互いに「言葉」を交わし、意思を伝えあう。誰でも毎日やっている。そんなの当たり前だと思うかもしれない。

けれど、本当にそうだろうか。わたしたちは「言葉」を知っているのだろうか。

この1カ月のあいだ、1冊の本を少しずつ読んでいた。

鷲田清一『濃霧の中の方向感覚』(晶文社)。

鷲田清一『濃霧の中の方向感覚』(晶文社)

著者は、この3月まで京都市立芸術大学学長を務め、せんだいメディアテーク館長を務める哲学者。「臨床哲学」を提唱し、ひろく市民に開かれた哲学や対話のあり方を探りつづける実践者でもある。

本書には、「社会」「政治」「文化」「教育」「震災後のことば」「身辺雑記」というテーマにもとづき、新聞に発表されたものを中心に3、4ページのエッセイが収められている。

哲学者でありながらやさしい語り口。出てくる言葉は平易で、誰もが使ったことのあるものばかりだろう。なのにぼくは、これらの言葉を初めて知るような、清冽な感覚を味わった。

例えば、「自由」という言葉。「自らが何かを行う自由」として、主体的に使われることが多いだろう。また直接使わないにせよ、ふだんは意識すらしないほどに「自由」はこの手の内にあると思うかもしれない。著者はこう書く。

 

自由は、他人の自由をも認めること、ということはじぶんの自由を制限できるということを含む。ここからいえることは、自由は、この制限された自由をできるだけ多くの人が共有できるような社会の存在を前提とするということである。(P.183)

 

そして「弱さに従う自由」とは「気前のよさ」のことだと言ってのける。

「自由」という言葉は、ともすると自分勝手な行動やわがままを正当化する言葉としても安易に使われてしまう。あるいは意識すらしないことで誰かの自由を制限してしまうことがある。「公的な自由」「制限する自由」があって初めて「私的な自由」が成り立つ。「自由」という言葉はひとつでも、その概念にはグラデーションがある。

また例えば、「コミュニケーション」という言葉。企業はこぞって「コミュニケーション能力」を求め、ビジネス書の多くはその向上をテクニカルに指南する。相手と通じあう、共感することが無条件に奨励される。著者は、平田オリザさんの考え方を紹介しこう書く。

 

コミュニケーションは、他人と同じ考え、同じ気持ちになることではなくて、その逆、話せば話すほど他者との差異がより微細に分かるようになることだということ。その意味では、「話さない」のも確実に一つの表現だということ。(P.310)

 

ぼく自身この「コミュニケーション」という言葉に苦しめられてきた。うまく話せず、伝えたいことを伝えられない。説得や交渉が得意ではない。「コミュ障」なんて言葉もあるし、ぼくも頂戴したことがある。

しかし以前、平田オリザさんの『わかりあえないことから』(講談社現代新書)に出てくる上記のような考え方を知り、その呪縛からもいくらか解放されたように思う。

「コミュニケーション能力」というものは相対的な概念であり、時代や環境が変われば定義も変わるのだということ。「わかりあえない」という痛切な感覚がコミュニケーションの起点になりえるのだということ。

この哲学者が書いたエッセイを、ぼくはひとつのイメージを持ちながら読み進めた。

当たり前のように使っていた言葉や概念を頭から取り出して目の前に置き、距離を取る。様々な角度から光を当て、眺め、吟味してみる。そうしていると、それらの言葉や概念が揺らぎ出す。あらためて自分の頭に戻してそれらを使うとき、世界が少しだけ違ってみえる。

哲学を体系的に学んだわけではないけれど、これが考えることであり、本を読むことの醍醐味なのではないだろうか。

それらは決して学問として閉じられたものではなく、開かれたものであるし、そうあってほしい。

なぜなら誰ひとりとして同じ人間は存在せず、人の数だけ言葉と概念のぶれが存在するからだ。考えること、本を読むこと、人がいること、対話が生まれること。それらはとても愉快なことだ。

著者は大学の執務室を「十字路」に改造したらしい。

書棚やテーブルを取っ払い、壁には卒業生が描いたフレスコ画。教員や学生が漆喰塗りを手伝い、入口の扉は中が見えて出入りしやすいようガラス戸に取り替えられたという。

そこでは通りかかった教員、学生、著者が関わりあい、想定していなかったような執務室ができあがった。それはまた次なる想定外の出会いを演出する。著者の哲学に対する考え方からもそんな「風通しのよさ」を感じた。

ぼくの本屋もそんな「十字路」のような存在でありたいと思う。

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

今週紹介した本

鷲田清一『濃霧の中の方向感覚』(晶文社)

今週の「本屋さん」

益子陽介(ましこ・ようすけ)さん/TSUTAYA LALAガーデンつくば(茨城県つくば市)

どんな本屋さん?

「TSUTAYA LALAガーデンつくば」は、ひたちなか市にあるコーヒー専門店「SAZA COFFEE」との県内初のコラボとなる、BOOK&カフェスタイルの書店です。お子様連れのファミリー層のお客さまが多いため、休日はお店の前にある広場で書店イベントなども開催。広い店内には「お店に置いていない本はないのでは!?」と思うほど、豊富なジャンルの書籍が並んでいます。

ファミリー層に特化したお店なので、児童書と教育書コーナーは広く、お子様が伸び伸びと遊びながら気になった絵本が読めます。

益子さんはビジネス書が大好きということで、「ビジネス書コーナーに革新を!」と思わず手に取ってしまうような素敵な棚づくりを日々実践中、見どころの1つです。

撮影:橋本莉奈(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)