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2019年03月06日 17時10分 JST | 更新 2019年03月06日 17時10分 JST

「誤魔化せていたものが誤魔化せない」、サッカー経験者にとっての東京マラソン

個人の能力が浮き彫りになるこの競技が、40歳を迎えるタイミングの自分にとって欠かせない存在となりつつある。

前半45分、後半45分。場合によっては延長前後半30分を戦うサッカーという競技。120分もの間、中短距離を走り続ける過酷な競技とも言えます。そんなサッカーにおいて走りきれる足を持つか否かは、いち選手にとって無視できないテーマ。

では、サッカー選手は長距離走と相性がいいのか。

かつての名選手のタイムを調べてみると、スペインの名門「レアルマドリッド」で活躍したラウール・ゴンザレス選手が、引退後にフルマラソンを走ったところ、3時間26分というタイムでゴール。また、元サッカー日本代表の北澤豪さんも3時間34分台というタイムで走る足を持っています。4時間切りは市民ランナーにとって憧れのタイム。さすが元サッカー選手。このまま本格的にトレーニングをすると3時間切りも夢ではないのでは(とは言っても、それ相当のトレーニングが必要かと思いますが)。

サッカー歴が30年になる筆者。大きな怪我なく今までプレーできたのは幸せなこと。大阪府立高槻北高校で大阪3位(1997年)をはじめ、フットサルチーム・カンカンボーイズで全国大会出場(2001年)、社会人サッカーになると茨木市選抜で大阪府大会優勝(2016年)と、ローカルな所属チームではあるものの、結果が出る楽しさを経験することができました。

過去の結果から、それなりに自信を得ることができましたが、ただ、それはボールをさばくための自信。走ることの自信ではありませんでした。むしろ、体力の無さが課題で、後半に失速気味。攻撃的なポジションのドリブル好きによくある傾向。戦術を優先する監督からすれば、計算しにくい難しい選手だったでしょう。

フルマラソンの最高タイムは4時間19分(2012年・ホノルル)。その後、いくつかのフルマラソンに挑戦しているものの、2019年現在、自己新記録を更新しきれずにいます。4時間切りが大きな目標としているのですが、なかなかこれにたどり着けず、周囲のランニング仲間に圧倒されっぱなし。ここ最近の月間走行距離は約150kmとそれなりにせっせと走っているものの、体調管理の意味合いが強く、どうにもこうにも。

そんな趣味がサッカー・フットサルとランニングという筆者が、両者に共通する“走る”ことの意味について、改めて考えてみました。

相手選手との駆け引きがサッカーを楽しくさせた

サッカーやフットサルに没頭できた理由の一つとして、試合中の“駆け引き”があります。オフェンシブなポジションを得意にしていたため、よくドリブルで勝負を仕掛けた。目の前のディフェンスに対して、ボールを一度さらして食いついたら逆方向に運び出す。もしくは複数回ボールをまたいでディフェンスの軸がぶれたら自身のタイミングでボールを運び出す。

チームメイトにパスを出す時は、その選手が次にどこに出すべきか見極めた上で渡した方が良い。自身から出すパスをあえて緩めに出し、相手選手のプレスを誘い出して、より3人目の選手がフリーになるよう考えたりも。この“駆け引き”が楽しいのです。

年齢が40歳に近づいたことで、若くてフレッシュなドリブラーと対峙することが多く、今や立場は逆転。辛酸をなめることも少なくなく。フェイントに引っかかり、足を滑らす機会も増えてきました。それでもなお、一試合に一度はこちらも仕掛けてみるという反骨心も。

「勝たせてもらう」がなくなったランニングという競技

そんな足技の競技にたっぷり浸かった筆者にとって、ランニンングは非常に有意義な時間。いや、気づかされることが多く、いつも謙虚にさせられるのです。いつも向き合うのは他人ではなく自分。「このペースで走っていたら最後までもつかな」「前回走った時よりも今日はしんどいな」といった自分との会話が自然と多くなる。それこそ、得意にしていた“駆け引き”のシーンがない。対峙する相手もいないし、その媒介となるボールもない。ただただ、自分との会話を重ねるだけ。

そして、自身のパフォーマンスが悪くても、他のメンバーのフォローがあって“勝たせてもらう”ことがあったのですが、ことランニングにおいてそれはない。これまで誤魔化せていたものが一切、誤魔化せない。それがこの競技の特異性であり、しびれる部分なのです。

すべての責任は自分にあり、足りていないコンディションやモチベーションは自分でカバー。準備不足を悔やむことは何度となくあった(それと同時に、これまでチームメイトに恵まれ、サッカーやフットサルも勝たせてもらっていたことに気づく)。

勝負レース「東京マラソン」に挑んだ結果

そんな中、東京マラソンに参加する機会を得た。マラソン参加者3万7500人、10km参加者500人という日本を代表するレースの一つです。ボランティアや協賛企業の数が多いだけでなく、沿道には途切れることなく応援する方で溢れる。迷い無く勝負レースにしました。

フルマラソンで自己記録を塗り替えるには、後半バテてペースが落ちたとしても1kmを6分で走りたいところ。レース前には「守谷ハーフマラソン」や「京都マラソン」を走ってペースを確認。足がしっかりできていることを実感。毎月、コツコツと走っていることの成果が見えてきた。あとは全力で走るのみ。

東京マラソンのスタート地点は、都庁前。そのまま歌舞伎町をつっきって東側へ。防衛省や飯田橋駅を経て日本橋に。そこからは北に向かっては浅草雷門、南に向かっては富岡八幡宮へ。来た道を日本橋まで戻って銀座へ、さらに南下して品川駅まで行くと最後の6kmとなる。一気に、東京駅まで北上してゴール。都内の西から東へ、北から南へと、東京を十分に堪能できるコースは申し分なく、良いレース結果が期待できる。

この日は気温が低く、雨の中でのレースとなったものの、アップダウンが少なく、見どころの多いコースだったため、特に気にすることなく走り出す。手元の時計で見ると、35km地点までは6分前後で走れていた。先の京都マラソンでも同じペースでしたが、23km地点で体が重たくなるのを感じたものの、今回はそれがない。いい調子。4時間切りは難しくても、19分の自己新は狙えるかもと、心も弾んだ。

品川駅を目前にした35km地点、両足に異変を感じることに。太もも前部に痛みを感じるようになり、屈伸して誤魔化そうにも、次第にそれが通用しなくなる。それでも、40kmまではシューズのおかげもあってたどり着くことができた。シューズについては後述。

とはいえ、一度、崩れたリズムは取り戻せず、痛みが気になっては足を止め、周囲の「頑張れ!」「あと少し!」の声を受けては再び走り出す。これの繰り返し。残り約2kmはラストスパートと言わんばかりに、なくなってしまったはずの体力を使おうとする他のランナーを横目に、自身の不甲斐なさに直面する。

「また、これだ…」

自分の思っていたようにいかないことの連続。私にとってマラソンは「失敗の連続」とも言えるのです。小手先の駆け引きで相手も任すこともできないし、誰かのおかげで勝つこともできない。全て自己責任でやるしかないのです(当然のことですが)。

詳しいレース結果がまだ手元にないのですが、自己新記録には及ばす。今回も、悔しさを持ち帰ることに(また、次のレースがある)。

苦しくなった35-40kmの間。止まってはいけない緊張感の中、とにかく足を動かすことだけに集中。その都度、痛みが走るのは変わらないけど、止まっているよりも動いている時の方が楽になる感覚があった。

今回、使用したシューズは、アシックス『METARIDE(メタライド)』。その構造には、「できるだけ長い時間走り続けられるようにランナーを支える」というメッセージが込められていると聞いていました。重心が自然と前傾して転がっていくような設計になっているので、足の力がなくなった時に、この効果に気づく。ゆりかご状の構造がスムーズに前方へ重心移動させ、そのまま推進力へと繋がるのです。ずっと一人でやるしかないランニングだと思っていましたが、サポートするギアは日々進化中。チームメイトではないけど、良いギアに恵まれると良い走りができそうな気がする。

社会に出て約20年、これまでの方法ではうまくいかない

個人の能力が浮き彫りになるこの競技が、40歳を迎えるタイミングの自分にとって欠かせない存在となりつつある。

社会に出て20年近く、それなりの駆け引きのシーンはありました。その駆け引きに屈すると、「自分に何が足りないか」、必然的に目を向けることになります。

駆け引きだけでは勝負できない。個の力を向上させなければ。

仕事の場でそう気づかされる。そして、趣味の場でも。これまでやってきた方法ではうまくいかない。ちょうど、今のタイミングがもう一度“個人の力”を見直す機会なのかなとも思うのです(ちょっと遅いけど)。