真夏だからフィギュア、真夏だから羽生結弦

ソチで見事金メダルを獲得した19歳の天才スケーター、羽生結弦選手。その数々の作品が収められたブルーレイとDVDが発売になりました。梅雨明けの強い日差しとともに、ひんやり心地よい贈り物が、皆さんの元にも届いているかもしれません。ここでは、映像作品集『羽生結弦「覚醒の時」』にも収められている、冬季五輪で演じたフリースケーティング『ロミオとジュリエット』を楽曲とともに振り返ります。イタリアはヴェローナに展開する対立する二つの名家、その両家族に起こる美しくも悲しい愛の結末を演じます。

ソチで見事金メダルを獲得した19歳の天才スケーター、羽生結弦選手。その数々の作品が収められたブルーレイとDVDが発売になりました。梅雨明けの強い日差しとともに、ひんやり心地よい贈り物が、皆さんの元にも届いているかもしれません。

ここでは、映像作品集『羽生結弦「覚醒の時」』にも収められている、冬季五輪で演じたフリースケーティング『ロミオとジュリエット』を楽曲とともに振り返ります。イタリアはヴェローナに展開する対立する二つの名家、その両家族に起こる美しくも悲しい愛の結末を演じます。

◆羽生結弦が表現するシェイクスピアの悲恋

羽生選手がフリーに使用した曲は、1968年フランコ・ゼフィレッリ監督がイタリアで撮影した映画『ロミオとジュリエット』のサウンドトラックから構成されたものです。ニーノ・ロータが作曲した美しいメロディは世界中で称賛され、主演のレナード・ホワイティングとオリビア・ハッセーの眩いばかりの美しさは、当時の若い映画ファンの心を掴みました。

ニーノ・ロータはイタリアが生んだ巨匠であり、映画音楽では、フェデリコ・フェリーニ監督作品のほとんどを手掛けています。他にも『太陽がいっぱい(1960年)』、『ゴッドファーザー<愛のテーマ>(1972年)』など、いづれも名曲ばかりです。

映画『ロミオとジュリエット』

羽生選手演じる『ロミオとジュリエット』ですが、冒頭の不穏な印象の曲は、ストーリー中ほどの、ロミオが親友マキューシオを殺したキャピュレット夫人の甥ティボルトを追いかけるシーンで使われています。羽生選手が少し強面で演技をしているのは、若さゆえに抑えがきかない怒りと憎しみを表現しているのかもしれません。

モンタギュー家の一人息子ロミオは、広場で起こった両グループの争いに巻き込まれ、親友であるマキューシオを目の前で殺されてしまいます。逆上したロミオは、止める友人たちを振り切り、敵グループを追いかけます。そして、結果的にティボルトを刺し殺してしまうのです。

サウンドトラックの中では、「The Death of Mercutio and Tybalt」という曲名が付けられています。まさに、『マキューシオとティボルトの死』です。この曲は、ロミオがジュリエットの死を伝え聞き、追放先から馬で駆け付けるシーンにも使われています。受け入れがたい事実と動揺が感じ取れます。

ストーリー全体に流れるテーマ曲は、甘く切なく、激しい愛と避けられない悲劇を予感させる美しいメロディです。キャピュレット家の墓地での亡骸との再会、仮死とも知らずに嘆き悲しみ、自らの命を絶つロミオ。まもなく目を覚ましたジュリエットが、短剣で胸を突き後を追うシーン。さまざまな運命のいたずらや不条理、心の機微や罪深さを、羽生選手は実に繊細に表現しているように思います。

演技後半のビールマンスピンの後に、ヴェローナの街に響く鐘をイメージした音が入っていますがお気づきになられたでしょうか。映画のラストにも、若い二人の死を悼む鐘が何度か鳴るのですが、実に効果的であり印象的です。

Romeo and Juliet (1968) - What Is A Youth (Music Video)

◆シェイクスピアの描いた時代

『ロミオとジュリエット』は、イングランドの劇作家ウィリアム・シェイクスピアによる戯曲で、初演は16世紀末だったとされます。その後さまざまな解釈で繰り返し上演され、オペラやバレーにもなりました。20世紀に入ると、数々の映画やミュージカル、テレビドラマにも展開されるようになります。

ストーリーの元になっているのは、ギリシア神話の『ピュラモスとティスベ』という話で、憎み合うふた家族の息子と娘が恋に落ち、駆け落ちを企てるところから始まります。待ち合わせた桑の木の下で、ちょっとした行き違いが起こり、若い男女は命を絶ちます。この神話は時代と共にさまざまに形を変え、やがて舞台が14世紀のヴェローナに設定され、時代のエッセンスを加えシェイクスピアの戯曲へと辿り着きます。

ウィリアム・シェイクスピア(1564年-1616年)

シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』に登場するふた家族は、史実に沿うように考案されています。当時大きな力を持っていたローマ教皇グレゴリウス9世。その教皇から二度の宗教的な波紋を受けた神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世。この両者の対立がベースになっています。イタリアの都市ヴェローナの支配層は、教皇派と皇帝派で真二つに分かれていました。話の中では、ロミオのモンタギュー家は皇帝派、ジュリエットのキャピュレット家は教皇派という設定になっています。

モンタギュー家とキャピュレット家にはモデルがあったようですが、実際に対立するふた家族の子供たちが恋に落ちたかどうかはわかりません。現在ヴェローナの町中には、ロミオとジュリエットで最も有名なシーンである「バルコニー」があり、世界中から観光客が訪れています。そして、だれもが名台詞「ロミオ、あなたはなぜロミオなの」とつぶやくそうです。羽生選手のファンのみなさんは、しばしバルコニーのすぐ下に「羽生ロミオ」がいることを想像してみてくださいね。

「ジュリエッタの家」のバルコニー

◆古典の中に見る新しい表現

羽生選手が"ロミオ"を演じるのは初めてではありません。2011年には、バズ・ラーマン監督が1996年に発表した映画『ロミオ+ジュリエット』のサウンドトラックを使っての演技に挑んでいます。この作品も『覚醒の時』に収められているので、比べてみるいろいろな発見があるかもしれません。

『ロミオ+ジュリエット』のロミオはレオナルド・ディカプリオが演じています。物語の骨格や台詞は同じでも時代が現代という画期的な作品でした。羽生選手が醸し出していた雰囲気や衣装は、映画の雰囲気に即して、ややラディカルな色合いを感じました。ソチでのプログラムを決める際に、「王道」である古典的な『ロミオとジュリエット』を選んだのは、開催地であるヨーロッパの持つ伝統を意識したものなのかもしれません。

演技終盤のイナバウアーは、愚かな人間たちを戒める十字架の様でもあります。ラストまでの流れは、もはやロミオでもジュリエットでもなく、シェイクスピア劇特有の「語り部」を演じているようにも感じられます。みなさんにはどのように映りますでしょうか?夏の暑い午後に、もう一度羽生選手に会ってみてはいかがでしょうか?

ニューヨークタイムズ紙のトップを飾ったイナバウアー

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◆いとうやまね

ライターユニット(いとうみほ+山根誠司)。著書には、『フットボールde国歌大合唱!』『サッカー誰かに話したいちょっといい話』(東邦出版)、『プロフットボーラーの家族の肖像』(カンゼン)、『蹴りたい言葉』(コスミック)、他がある。サッカー専門誌のコラムニストとして、またサッカー専門TV番組、欧州サッカー実況中継のリサーチャーとしても活動。フィギュアスケートは幼少時からのファンで、ジャネット・リンのジグゾーパズルをいくつも制覇した経験を持つ。

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